第五百十話 仲間たち
流石のアリスの顔にも疲れが見え始めた。敵陣営はそれでも手を一切緩める事はない。
そんな状況に崖上からアランと共に矢を放っていたシャルルがポツリと呟いた。
「ここまで……でしょうか……」
「……」
その言葉にアランもそっと視線を伏せた。あまりにも圧倒的すぎる。
諦めたくない。せっかくループを抜けてここまで来たのだ。それなのに、どうしてこんな事になっているのだ! どうしていつまで経っても未来に夢を、希望を抱かせてくれないのだ!
シャルルの声が聞こえたはずもないのに、突然アリスが空に向かって怒鳴り声を上げた。
「ふざけるな! 夢ぐらい見させろ! 私達の未来だ! 誰にも手出しさせるもんか! 行くぞ、アリス! 未来を掴みとれ! よし! ゴー!」
「アリス」
「キレましたね、お嬢様」
突然叫びだしたアリスにノアとキリが呟くと、アリスの声を聞いて仲間たちが我に返ったように呟いた。
「そうだな……アリスの言う通りだ! お前達! 最後まで諦めるな!」
「そうだった。俺達はこんな事で負けやしない! もっと悲惨な目に一杯あっただろ!」
「アリスの言う通りよ! 私達の未来は、まだ始まったばかりなんだもの!」
「認めたくないけど、あいつの言う事は正しいよね。こんな所ライラに見られたら何言われるか分かったもんじゃない」
「っすね。俺も、ドロシーには見せられないっす。行くっすよ!」
勝てるかどうかなど分からない。
けれど、最後まで諦めたくない。
仲間たちが走り出そうとしたその時、空が光り、凛としたすっかり聞きなれた声が上空から聞こえてきた。
「随分お待たせしてしまいましたね。さあ皆さん、世界を救いましょうか」
「!」
突然の声にその場にいた全員が空を仰いだ。空は雲一つない抜けるような青空だ。
そこに、ポツンと浮かんでこちらを見下ろす青年がいた。
銀色の髪を靡かせ、美しい刺繍の入った衣装はおよそ戦場には似つかわしくない。
シャルだ。
シャルはこちらを見下ろしてにっこり笑うと、何かを詠唱して腕を振り下ろした。それと同時に空に亀裂が走り、大きな岩が現れて一瞬で投石機を全てぺしゃんこに壊してしまう。
「な、な、な、だ、誰だ⁉ あんな者の報告はなかったぞ!」
敵兵の隊長は焦った。何せ目の前で自慢の投石機が一瞬で全てぺしゃんこになってしまったのだ。あちらの戦力は前もってアメリアの兵士の中に紛れ込ませた者達から聞いていた。
けれど、その中にこんな奴は居なかったはずだ。ここからでも分かる、謎の男の魔力は強大すぎる。
それに、アリスの情報だって無かった。まさかあんな少女が一人でほぼ半数ほどの兵士を殲滅させてしまうなどと、誰が予測出来たというのか!
敵兵は突然現れたシャルに完全に呆気に取られていた。だから気付かなかったのだ。
あちこちから続々と妖精達が集まってきていた事に。
「ぎゃあっ! 何だ⁉ 誰だ⁉」
突然一人の兵士が足を抑えて蹲った。それに続いてバタバタと兵士達が崩れ落ちて行く。ふと足元を見ると、小さなアリたちが男の足に群がっているではないか!
かと思えば、どこからともなく飛んでくる矢が、兵士達を撃ち抜いた。神経毒でも塗られているのか、掠っただけで痺れて立てなくなる。
その時、どこからともなく地鳴りのような音が聞こえて来た。兵士たちは一斉に地鳴りのした方を見て息を飲む。
こちらに向かって駆けてくる大きな妖精の姿を見て、唖然として口を開ける。
大きな妖精は戦場に辿り着くと、片手を上げて言った。
「待たせたな! ルウだ!」
「ルウ! という事は、レスターも来たのか⁉」
「遅れてすみません! 皆を呼びに行ってたんです!」
驚いたような嬉しそうなルイスに答えたのはレスターだ。
レスターは連れて来た妖精達を見てくれと言わんばかりに両手を広げる。
すると、あのドロドロの沼からやはり大きな妖精達が幾人も姿を現した。その中にはロトの母親、ジールの姿もある。
続いてレスターの声を聞いて戦場を囲む林の中から出て来たのはエントマハンターと花や鉱石の妖精達である。
「遅れて悪かった。矢に毒を塗るのに手間取ってしまった」
「そうか! じゃああいつらが突然倒れたのは――」
「あっちは俺達だ。戦士妖精を集めてたんだ。リアン! 悪いな、頼まれてたもん持ってきたぞ!」
感動したルイスの言葉を遮ったのは、天幕から駆け降りて来たダニエルだった。
「ダニエル! おっそいんだよ!」
「わりぃ。でも、アリス! 森の仲間を連れてきてやったぞ!」
ダニエルが叫んだ途端、崖下が光った。フェアリーサークルだ。
そこから、見事な銀の装飾で出来た鎧を付けたルンルンやウルフ一家、パパベアやシベリア達が飛び出してくる。
「グォォォ!」
「ウォウォウ!」
動物たちを見てアリスは顔を輝かせた。
「皆ーーーーー! 来てくれたの⁉ ありがとうーーーー!」
アリスが駆け寄ると、パパベアが乗れと言わんばかりに体勢を低くした。アリスはそんなパパベアに飛び乗って、敵兵に突っ込んでいく。
「わははははははは! 皆、好きに暴れろ! 行くぞ、野郎どもー! 反撃開始だーーー!」
次々にやってくる仲間たちに一気に元気を取り戻したアリスが叫ぶと、どこからともなくドンの声がした。
「ギュギューーーーーーーー!」
その声を聞いて仲間たちが空を見上げると、南の空から数十匹の色とりどりのドラゴンがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
先頭はドンとスキピオだ。そのすぐ後ろのドラゴン達には、今まで全く姿を見せなかったレインボー隊がまるで竜騎士のように一頭に一人ずつ乗って手を振っている。
それを見てアリスは叫んだ。
「レインボー隊! 合体だ! 修行の成果を見せてやれーーーーー!」
意気揚々と叫ぶアリスの声を聞いて、レインボー隊はドラゴンから飛び降りて空中でレインボーアッシュに合体すると、驚く兵士達に殴り掛かって行く。その動きは驚くほど滑らかで、思わず仲間たちも唖然としてしまった。
そんな光景を見て、ノアが構えていた剣を下ろしてポツリと言う。
「勝った……ね」
「ええ、恐らく」
「じゃ、皆を避難させよっか。巻き込まれたら敵わない」
もちろんまだ油断は出来ないが、ノアはルイスとキャロライン、そしてカインとルカに天幕に下がってもらった。後はもう、高みの見物をしていてくれ、と言って。
「な、何なんだ! 何なんだ、一体⁉ どうなってるんだ! 投石機を早く直せ! 数ではこちらが勝っている!」
隊長は叫んだ。一体何がどうなっているのかさっぱり分からない。ついさっきまで、形勢はこちらが有利だったはずだ。それなのにほんの一瞬だった。
あの空に浮かぶ男が現れた途端、形勢が変わった。一体何が起こったのだ!
「数……なるほど。今更数を増やした所で何が変わるでもないと思いますけどね」
男の叫び声が聞こえたのか、シャルがそう言って手を空に翳した。すると、空に巨大な魔法陣が浮かび上がり、そこから黒い覆面を被った何かがまるで雨のように際限なく降って来る。
そんな様子を見ていた森の動けない妖精達も声を上げた。
「おぉい! 俺達も手伝うぞ~! その代わりこいつらを養分にしてもいいかぁ~?」
「構わん。好きなだけ持って行け」
森の奥から聞こえてきた言葉にアーロが答えると、地中から木の根が飛び出してきて、兵士の足に絡まりズルズルと森に引きずって行こうとする。
「や、止めろ! だ、誰か! 助けてくれ!」
「おい! 根っこだ! その木の根っこを切りおとせ!」
必死になって根っこを切り落とそうとしていた男の体に、違う根が絡まりつく。それが合図だったかのようにあちこちから木の根が飛び出して来た。
「に、逃げろ! 無茶だ! こんなのに勝てる訳がない!」
「そ、そうだ! 森に火を点けろ! 森を燃やしてしまえ!」
一人の兵士の提案に火の魔法を使える者が一斉に森に向かって火を放った。ところが――。
「そうはいかぬぞ、お前達」
「え……? う、うわぁぁぁ!」
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