第五百八話 アリス投入!

 ルカは全員の顔を見て大きく息を吸った。


「分かった。では皆、思う存分暴れてくるのだ!」

「っしゃ! 行ってきます!」


 それを聞いて、もちろん一番に天幕を飛び出したのはアリスだ。長い剣を肩に担いで、あっという間に戦場のど真ん中まで走って行ってしまった。


「相変わらず健脚だな。この崖をあのスピードで駆け降りるのか……」


 ルイスはそう言ってそっと崖を見下ろすが、とてもではないがここをあのスピードでは駆け降りれない。


「まぁそこはアリスちゃんだから。俺達も行こう、ルイス。アランにも少し休憩させないと」

「だな。シャルル、アランの代わりを頼めるか?」

「勿論です! 行きましょう、皆」


 シャルルが立ち上がると、目には見えない妖精達が動く気配がした。


 仲間たちはそれぞれの配置に付き、第一陣で戦っていたキャロラインとリアンとオリバー、そしてアランを休ませる事にした。


 この後、エミリーが言う様に向こうの第二陣がやってくるのならば、それまでに少しでも敵を減らしておかなくてはならない。


「ルイス、気をつけろ。私もここから業火を使う」

「ええ、お願いします。では、行ってきます」


 ルイスはそう言ってルカに頭を下げると、剣を抜いて歩き出した。


 シャルルとの闘いでどれほど自分が役立たずかを身に染みて感じたルイスは、あれから毎日、カインと剣の鍛錬をしていた。執務が終わると学園に行き、アリスに直々に剣を習っていたのだ。アリスはそれはもうスパルタだったが、おかげで随分剣技が様になったとルーイにもお墨付きをもらった。


 歩き出したルイスを、ふと誰かが掴んだ。振り返るとそこには涙目でこちらを見上げてくるキャロラインがいる。


「気をつけて、ルイス。必ず、必ず無事でいて」

「分かってる。そんな顔をするな。ちゃんと戻ってくる」

「絶対よ? 約束よ?」

「ああ。ここまで敵を減らしてくれてありがとう、キャロ。次は俺の番だ」


 そう言ってルイスはキャロラインの髪をそっと撫でて毛先に口付けると、大きく息を吸い込み言った。


「よし! 出撃するぞ!」


 ルイスが言った途端、控えていた騎士達が声を上げる。それと同時にルーイが口笛を鳴らし、蒼の騎士団も動き出した。


「一体何をしているの? ちゃんと本気出してるのかしら、あの人達」


 アメリアは護衛達に守られて天幕に居た。ずっとここで高みの見物をしていたのだ。


 大陸レヴィウスから連れて来た兵に、戦争が一切無かった弱小騎士共が敵う訳がない。ずっとそう信じていた。


 だからアメリアはこちらの兵士が多少減っていたとしても気にも留めなかったのだ。まだ実力を出していないだけだ。いざとなったら、兵士たちをさらにオピリアと『自白』で洗脳してやればいい。そう思い込んでいた。


 後ろから、何かをパキリと踏む音がした。ふと振り返ると今までアメリアを護衛していたはずの兵士が居ない。


 アメリアは慌てて立ち上がり、叫ぼうとした所で後ろから誰かに口を塞がれる。


「んん! んんんん!」

「何言ってるのかさっぱり分からないわ。ねぇレオ、この女、一発殴って黙らせてもいいかしら?」


 蒼の騎士団メンバーのイヴリンが言うと、レオは苦笑いを浮かべて言った。


「ダメだ。お前が殴ると気絶で済まない。ノアの坊が意識を失わず捕まえて来いって言ってたからな。そのまま連れてくぞ」

「あら、坊やが? なら仕方ないわね。何しでかす気なのかしら」


 イヴリンはそう言ってアメリアの口を塞いだまま、軽々とアメリアを持ち上げた。イヴリンもまた、アリス程ではないにしろ異常なほどの力持ちだ。


 その華奢な体のどこにそんな力が? と思う程なのだが、その秘密をイヴリンは決して教えてくれない。恐らくそういう系の魔法を使っているのだろうと、仲間内では専ら噂になっている。

 


 蒼の騎士団がこっそりアメリアを捕まえていた頃、とうとう戦場にアリスが投入された。


「ひゃっはーーーーーー! 待たせたなーーー!」

「……誰も待ってませんよ、お嬢様」


 さっきまではしおらしく逃げ惑っていたアリスが再び戦場にやってきた事で、兵士たちはすっかり油断していた。もうこんな少女を戦いに投入するしか無いのか、と。


 ところが、それは大きな間違いだったと気付いたのは、味方の兵士たちがすっかり減ってしまった時だった。


 アリスはとにかくすばしっこかった。そして少しも手と足を休めない。どこからともなく切りかかって来るアリスに、兵士たちの陣形が簡単に壊されてしまう。気が付けば崖下に追い詰められていて、目の前にはニヤニヤ笑うアリスが居る。


「ねぇねぇ、もう一歩下がってみなよ! せっかく作ったんだから、ちゃんとかかってほしいなぁ!」


 アリスはそう言って体勢を低くして剣を横向きに構えた。敵兵はそれを見て思わず身構えたが、アリスが剣を横に薙ぎ払った途端、剣の先端から溢れ出た雷撃が敵兵たちを吹き飛ばし、皆で作った罠に転げ落ちて行く。


「お、おい、今のはどうやったんだ? アリス」


 それを見ていたルイスが青ざめて聞くと、アリスはいつもの調子でテヘペロをして見せる。


「衝撃があると雷出るからそれを応用したんですよ! ルイス様もやってみます?」

「カイン、意味分かるか?」

「うーん……要は衝撃波使ってスイッチ押したって事じゃない? ルイス、俺達には無理な技だよ。衝撃波出せるほど早く剣振れないから」

「あ、ああ……だな。よし、俺達は正攻法で行くぞ!」


 ゾッとしながら言うルイスに、カインも青ざめて頷いた。そんな事をしているうちに、アリスはさっさと次の隊列を崩しにかかっている。


「ふははははは! お前らの陣形など、あってないようなものだーーー! そーれ!」


 アリスは真正面から次の隊列めがけて突っ込んでいく。ついでに兵士達に持ってきていた香辛料爆弾をお見舞いすると、途端に兵士たちが顔を押さえて呻き出した。


「なっ! き、貴様、何をした⁉」


 言いながらこの陣の隊長を務めていた兵士が目を瞑ったままキョロキョロしていると、アリスの高笑いと「香辛料爆弾だよ~」という楽し気な声が聞こえてきた。


「こ、香辛料……だと⁉ ひ、卑怯な!」

「戦争に卑怯も糞もあるか! 何なら奇襲かけてきたそっちのが卑怯でしょ! はい、おやすみ~」


 アリスは目が開けられなくて右往左往する兵士達を片っ端から剣で殴りつけて感電させていく。


「あいつだ! あの女を止めろ!」


 男はここでようやく気付いた。あの少女を止めなければならない、と。


 あれを野放しにしていたら、第二陣がやってくるまでにこちらが先に殲滅されてしまう。そう思う程、少女は強い。戦争において騎士道などが全く役に立たない事もちゃんと心得ている。


 男の声に兵士たちは隊列を崩してアリスを追った。そこを狙って仲間たちが動き出す。ノアに言われたのだ。アリスの動きを見て先を読め、と。


「俺達を忘れてもらっては困るな!」


 ルイスは自分とカインの剣に業火を纏わせて兵士達に切りかかった。業火は少しでも触れると対象を焼き尽くすまで消えない。それこそ水にでも飛び込まなければ。


 けれど、ここには皆で作ったドロドロの沼しかない。一度入れば後は地獄だ。もがけばもがくほど沈んでいく恐ろしい沼だった。それでも焼け死ぬよりはマシだと次々にそこへ業火で焼かれた兵士たちが飛び込んでいく。


「ルイス様、カイン様素敵~! ふ~!」


 メインヒーロー達が一生懸命チマチマと兵士達を沼送りにしている横で、一応ヒロインアリスは何十人も一度に片づけていく。


 それを見てルイスとカインは頬を引きつらせながら言った。


「あまり褒められている気がしないな」

「……言えてる。むしろ馬鹿にされてる気さえするね」


 いや、あれと比べてはいけない。分かっているのだが、未だに心のどこかで黙っていたら可愛いのに、などと思ってしまうルイスとカインである。


 早くライラのように全て受け入れられたらいいのだが、それをするといつかライラのようにアリスの後光が見えてしまうような気がしてならない。


「アリスお前、本気で千人斬りする気か?」


 アーロが言うと、アリスはエリザベスと同じ笑顔でコクリと頷く。


 そんなアリスを見ると、まるでエリザベスがこれをやっているような気がして気持ちがザワつくアーロだ。


「そうか。だが、ある程度の体力は第二陣が来るまでは残しておけよ。そろそろだぞ、多分」


 そう言ってアーロが素早く周りを見渡すと、いつの間にか指令を出していた男が消えている。恐らくだが、こちらの戦況を外に伝えに行ってるのではないだろうか。


 アーロの言葉にアリスは頷くと、また駆け出した。

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