第五百六話 アーロの復讐
しかもユアンが捨てたエリザベスの実家であるバセット家は、今やアリス工房のおかげでかなり潤っていると聞くし、何よりもバセット家の時期当主は王家との繋がりもあるのだ。
そこと懇意にしているアーロ。これを見逃さない手はない。何とかうまく取り入って、おこぼれに預かりたい。
そんなキャスパーの願いが届いたのか、ふと目の前のアーロが微笑んだ。
「そうだったのか、お前も災難だったな。そう言えば、お前は昔こんな事を言っていたな? 金もいいが、長生きがしたい、と」
「は? あ、ああ……そ、そりゃ長生きはしたいが……も、もしかして許してくれるのか⁉」
アーロの慈悲深い笑みを見てキャスパーは顔を輝かせた。
バカ素直なアーロ。ずっと一人の女を追いかけて簡単に騙されるなんて、今も昔も変わらなさすぎて笑える。
キャスパーがそんな事を考えながら顔を上げると、アーロは目の前の大きな木の幹を撫でながら言った。
「だ、そうだ。好きにしてやってくれ」
アーロがそう言った途端、その大きな木から地鳴りのような低く呻くような声が聞こえてきた。
『そうか、次の養分はこの男か。よしよし、何百年と可愛がってやるからなぁ』
「⁉」
声の主が誰か分からず辺りを見渡したキャスパーの体が突然引っ張られた。
「な、なんだ⁉ や、止めろ! 放せ! 止めろぉぉぉぉ! アーロ! た、助けてくれ! なんでもする! なんでもするから!」
キャスパーは必死になって体に巻き付く木の枝から逃れようと身を捩るが、木は少しも力を弱めない。ふと見ると木には大きな穴が出来ていて、既にキャスパーの腰の辺りまで飲み込まれている。
「じゃあな、キャスパー。長生きしろよ」
アーロが言うと、キャスパーは意味の分からない言葉を発しながら頭のてっぺんまで木に飲み込まれてしまった。木はまるでキャスパーを嚥下するかのように波うち、しばらくすると木の幹に今まさに叫び声を上げているようなキャスパーの顔が浮かび上がる。
それを見ていつの間にか集まっていた蒼の騎士団の連中はゴクリと息を飲んだ。
「これ、死んでんのか?」
レオが言うと、アーロはゆっくり首を振った。
「いいや。よく見て見ろ。ゆっくりとだが口が動いてるだろ?」
アーロに言われてキャスパーを覗き込むと、確かに分かるか分からないかのスピードでキャスパーの顔は動いている。
「ありがとう、美味くもないだろうが、許してくれ」
『構わんぞ~。久しぶりの栄養だなぁ。十分美味い美味い』
「そうか、それは良かった。まだしばらく煩いとは思うが、我慢していてくれるか」
『分かったぁ。この礼はちゃんとするからなぁ~』
木はそう言ってグルリと向きを変えた。彼らはこの場からは動けない。こうやってたまにここに迷い込んできた人間や妖精を捕まえて養分にして暮らしている。
アーロがこの木の存在を知った時、キャスパーは必ずこの木に与えようと思っていた。ユアンのように処刑してしまえば早いのだろうが、一瞬で終わらせるのが嫌だった。死んでしまえばそれで終わりだ。反省もくそも無い。そんな簡単に終わらせてなどやるものか。
「さあ、行こうか。そろそろアリスを暴れさせてやらないとな」
「そうだった! もう爆発寸前だったぞ!」
レオが苦笑いで言うと、アーロは声を出して笑った。
「そうか。それは困るな。よし、俺達も暴れようか」
アリスが戦っている姿はあのシャルルと戦った時に目の当たりにしたが、あれはヤバイ。しかも仲間たちの話ではあれでも本気ではないと言う。一体全体彼女は何者なのだ。
「ノア様! こちらへどうぞ!」
アメリアの元から逃げてきた体を装って泥をまとって現れたエミリーを見て、ノアはニコッと笑った。
その顔を見てエミリーは思わず頬を染める。馬鹿でもいい。顔がとてもタイプなのだ。
エミリーはそんな事を考えながらノアの服を掴んだ。その手をキリが止めようとしたが、ノアはそれを制した。それにさらに気を良くするエミリー。
「ここは危ないから、私と一緒に戻りましょう!」
「戻る? どうやって? 妖精王の力でフェアリーサークルは閉じられてしまったのに」
首を傾げて言うノアに、エミリーは満面の笑みを浮かべて言った。
「いいえ! 私、実はずっとあなたの為にアメリアの元に居たんです。アーロもアメリアもキャスパーも知らない情報を、私は知ってるんですよ」
エミリーは何もアメリアに従順に従っていた訳ではない。今回の戦争の裏側も実は知っている。もうすぐしたら仲間の兵士にアメリアは殺される。ルーデリアがやったと見せかけられて。そうなったら、第二陣がこちらにやってくるのだ。あのメイリングの戦争であちらの戦意を根こそぎ奪ったと言われる大型の武器と共に。
エミリーはそれを説明しながらノアの袖を引いて森の奥に入って行く。
ここに来た時、教会側の兵士がここに小さなフェアリーサークルを作っていたのを見たのだ。ここにノアと入ってレヴィウスに戻り、ノアに王位を継がせる。そうすれば、ようやくエミリーの王妃になるという念願が叶う。
「兄さまー!」
エミリーが俯いてほくそ笑んでいると、あの忌々しいアリスの声が聞こえてきた。その途端、ノアが見た事もない笑顔で振り返ってアリスの名を呼ぶ。
「アリス!」
「どこ行くの⁉ その人、誰⁉」
ノアの袖を握りしめたまま震える子ウサギのような瞳をする女の人にアリスは見覚えがあった。あの失礼な女の人だ!
思い出したアリスはキッとエミリーを睨みつけた。リアンが言っていたのだ。エミリーは多分、ノアが好きだ、と。
「兄さまをどこ連れてく気?」
アリスの言葉にエミリーはさらにしおらしくノアの腕にしがみついて目に涙を浮かべる。それを見てアリスはギョッとした。物凄い演技力だ!
何となく野生の勘でこの人は嘘つきだと本能が告げている。出来れば関わりたくないが、大事なノアをみすみす連れて行かせる訳には絶対にいかないのだ!
そんな事を考えながらエミリーを睨むアリスの反応にノアがクスリと笑った。
「いや~まさかアリスに取り合いされるなんて思いもしなかったな。感動して泣きそう」
「……ノア様?」
何故か嬉しそうなノアを見上げてエミリーが首を傾げると、ノアがふと真顔でエミリーを見下ろしてきた。
「君は本当に、昔も今も愚かだね。ペラペラと何でも簡単に話してしまうんだから。嘘つきで思い込みが激しくて、秘密も守れず約束も守れない。そんな女が果たして本当に王妃になれると思ってる? その点で言えばまだアメリアの方が王妃には向いてたよ。君はね、良くて一生メイド止まりだよ。それもかなり底辺のね。それから、僕を誰だと思ってるの? 王政が無くなったとしても、レヴィウスの第四王子だよ? 気安く平民に名前を呼ばれる筋合いは無いし、触れるなんて以ての外だ。それに今更どれほど弁解してみせても、君のやった事は重罪だ。騎士達、この者を捕えろ」
ノアが言った途端、いつの間にかやってきていたカップリング厨会員の騎士団が一斉にエミリーに剣を向けた。
「な、な、何で……だったら! だったらその女だって不敬罪のはずです!」
エミリーは何が起こっているのかよく分からないままアリスを指さすと、ノアはこれ見よがしにまだハムスターのように膨れているアリスを抱き寄せておでこにキスする。
「アリスは特別だよ。君やそこらへんの女子と、いや、人間と一緒にしないでくれる? 僕の人生はこれからもずーっとアリスのものなんだよ。この子の相手するにはよそ見してる暇なんか一瞬もないんだから。ねぇ? アリス」
「そうだよ! 私と兄さまとキリは三人で一人なんだからね! あんたが入り込む隙なんかないんだから! この泥棒猫! ひゃーー! 人生でこんな事言う日が来るなんて!」
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