第五百一話 女王軍
巨大なフェアリーサークルを作り、さらに肉体への変化を防ぐために兵士に一枚は妖精の羽根を持たさなければならないのだ。
数がいくらあっても足りないと考えた女王は、妖精自身の魔力を使う事を考えた。
フェアリーサークルはくぐる時にとてつもない魔力を必要とするのであって、一度入ってしまえば時間の流れは落ち着くという事が実験していて分かったからだ。
そしてその情報を得たアリス達は考えた。捕らえられた妖精を助けるには、一度ここに連れてきて貰う必要がある、と。
『だったら、あっちが全員やってくるのを待って妖精だけとりあえずルーデリアに送ればいいんじゃないの?』
そう言ったリアンに妖精王はすぐさま頷き、作戦が書き換えられたのだ。
そもそも妖精王の力を使えば一旦全員おびき寄せて一度に始末してしまえるのでは? と妖精王に聞いた所、それは出来ないと断られてしまった。
『我の力も万能ではない。命をむやみに奪う事は出来んのだ。代償がなければ。ノアはよく知っているだろう?』
『ええ。ですが、それは生き返らせる時だけだと思っていました』
ノアが言うと、妖精王は首を振って言った。
『逆もまた然りなのだ。殺したのならば、生まれさせなければ。いっぺんにここに赤子が二千も三千も生まれたら大変だろう?』
『……それはそうですね……』
想像してゾッとした仲間たちを見て妖精王は笑った。
『そうだろう? だが、代償がなくとも滅ぼす事は出来るぞ! ただし、その時はこの星ごとだが』
要は皆殺しである。それはもっと困る! 慌てて頭を振った仲間たちを見て妖精王は声を出して笑った。
『すまんな、肝心な所で力が使えずに。だが、無作為に雷を落としたりする事は出来るぞ。天変地異を装ってな』
『装ってって……』
呆れたようなリアンに妖精王はフンと鼻を鳴らす。
『仕方なかろう。何をするにも名目がいるのだ。権力者とはそういうものだ。だがもちろんその場合はお前達にも当たってしまう可能性は大いにあるのだが』
『ちょっと! 絶対止めてよ⁉ 捕まってる妖精送ったら後はじっとしててよね⁉』
『うむ』
腕を組んで頷いた妖精王にリアンはホッとしたように胸を撫でおろし、ポツリと言った。
『あ、でももしもこっちが負けた時はさ、天変地異起こしてよ。少しでもあっちの数を減らしてやって。残ってる人達の為にも』
『……リー君、そなた……分かった。その時は約束しよう』
『うん、ありがと』
もしも万が一こちらが負けてしまったら、女王の軍はすぐにでも島に進撃するだろう。その時、島の人達の負担を少しでも軽くしておきたい。あちらに置いて来た仲間たちの為にも――。
こんなやりとりがされた三日後の深夜、これである。もしかしたら最後になるかもしれないというのに、リアンはライラに何の挨拶も出来ずにここに居る。
「リー君、大丈夫? 眉間の皺凄いけど」
「そう?」
「……」
カインの言葉にリアンは低い声で言った。目が据わっていてはっきり言って怖いし、さっきからずっとクロウを擦り合わせて戦う気満々である。
「リアン様、そのクロウに増幅が掛かっています。それを付けたままであれば、あなたの魔法もかなり使えるだろうとトーマスさんが言っていました」
キリが言うと、リアンは無言で頷く。
時間が時間なだけに、一応仲間たちには全員メッセージを送ったが、ここにはダニエルもレスターもまだ来ていない。きっとまだぐっすり夢の中だろう。それは仕方ない。まさかあちらが本気で奇襲をかけてくるなんて思ってもなかったのだから。
けれど、万が一の時の為に常に仲間たちは騎士達と王達とは連絡を取り合っていた。本気でスマホを開発しておいて良かったと思った瞬間だった。
目の前で既に自分達が包囲されているとも知らず、続々と女王軍はやってくる。
空には既に闇夜に紛れて妖精達がアレックスの作ったオピリア特効薬を持って待ち構えていた。女王軍が全て揃ったら、薬を撒き正気に戻った兵を大陸に戻すのは転移魔法を使う者達の仕事だ。
そしていよいよ、ぐったりとした妖精達を連れた兵士が現れ始めた。
それを見てピクリとアリスの眉が動く。どれほど酷い目にあったのか、妖精達は体中痣だらけで生きているのかどうかも分からない者も居る。
そんな妖精の様子を見て眉をひそめたのは何もアリスだけではない。こちら側の人間は皆、アリスのように怒りを露わにしていた。妖精達は今や友人だ。かけがえのない友人達なのだ。
「皆、落ち着いて」
ノアが言うと、今にも飛び出しそうだったアリスがグッと息を飲む。
「まだだよ。全員を助けるんでしょ?」
「うん」
それからも次々に兵士たちはやってくる。その人数を見て、ようやくどうしてこんな深夜に向こうがやってきたのかが分かった。
「聞いてた話より多いな」
カインの言葉に全員が頷いた。これではまるで大人と子供ではないか! そう思う程度にはあちらの数は多い。
そして最後にようやく、キャスパーとエミリー、そしてアメリアが姿を現した。それを見て兵たちは歓声を上げて喜んだが、アメリアとエミリーとキャスパーだけは何かに気付いたように眉根を寄せている。
それを見てノアが妖精王に合図を送った。その瞬間、無理やり連れて来られた妖精達の姿が消え、空から金色の粉が一斉にばら撒かれた。
突然の事に兵士たちは歓声を上げていたのをピタリと止め、互いに顔を見合わせて口々に話し出す。
「な、なんだ⁉ おい、あいつらが消えたぞ!」
「死んだのか? 最後の力使い果たした……とか? それにこの粉なんだ?」
「そんな! じゃあどうやって俺達あっちに戻るんだよ!」
一人の兵士が言うと、他の兵士達も騒ぎ出した。
何度も何度もフェアリーサークルの実験をしたせいで、年を取ったり子供に戻ってしまった仲間たちを見て来たのである。慌てるなという方が無理だ。
「お前達! 落ち着くのです!」
「聖女様!」
騒ぎ出した兵士の中から一歩、アメリアが前に進み出て来た。
アメリアのドレスは真っ白だが細かい模様がとても派手だ。おまけに金色のティアラをつけて腕にも首元にも装飾品をつけて大変豪華である。
それを見てカインとノアがポツリと言う。
「え、あれが聖女?」
「僕も今ビックリしてるんだけど……聖女ってあんなゴテゴテしてんのかな」
カインとノアの勝手なイメージ聖女はどちらかというと清廉なイメージだったのだが、アメリアを見る限りそれとは程遠い。う~ん、と本気で悩みだした二人に後ろからリアンが小声で突っ込んでくる。
「今はそんな事どうでもいいでしょ! で、こっからどうすんのさ⁉」
「まぁもうちょっと様子見ようよ」
ノアの言葉にリアンは渋々頷くと、また後ろに戻って行く。視線をアメリアに移すと、アメリアはいかにも優し気な笑みを浮かべて兵士達を見渡した。
「安心なさい。戦いに勝てばもう戻る必要などないのです。何故なら私達は選ばれし者達なのですから。神の島に移住し、オピリアを作り、毎日幸せに暮らすことが出来るのです。そして大陸にもオピリアを分けてあげましょう。皆で幸せになる為に」
そう言ってアメリアが最後の仕上げだとでもいいたげに微笑んだその時、兵士の一人から声が上がった。
「嘘だ! あれは幸せになる為の薬なんかじゃない!」
兵士はそう叫んで頭を押さえて呻いた。
吐気が酷い。頭の中が何かにかき混ぜられたみたいにぐちゃぐちゃになっていく。そしてふと思い出した。何故こんな所に自分が居るのかを。
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