第四百七十六話 最終決戦

「思い切り使ってください! 王子もレスター王子もキャロライン様も!」

「ありがとうございます、トーマスさん。さあ、いきますよ。反撃開始です」


 アランはそう言って印を結ぶ。


 それと同時にあちこちに落ちる雷が矢に姿を変え、一斉にシャルルに襲い掛かった。


 突然の反撃にシャルルはバランスを崩しドンから飛び降りると、すぐさま盾を作り防御に入る。その隙にドンはあちこちに火を噴き建物を壊して回っていた。


「すまん! トーマス、助かる!」 

「あ、ありがとうございます!」


 ルイスとレスターは頷き合って『業火』を発動させた。王都の街に今も燃え広がる炎を消す為だ。


「レスター、俺の合図に合わせて『業火』を使ってくれ! 火を食い止める!」

「はい!」


 レスターはルイスと共に『業火』を使った。


「ありがとう、トーマス! ルイス、レスター! 私の氷を溶かして水に変えてちょうだい!」

「キャロ!」

「キャロライン様!」


 街のあちこちにキャロラインの作った巨大な氷柱が出来上がった。それに二人の業火をかけると、氷はあっという間に溶けて大量の水になり、くすぶっている火を溶かしていく。


 シャルルが防御に回ればこっちのものだと最初にシャルルに飛び掛かったのはアーロだ。


 アーロは仕込み杖をシャルルに振り降ろし、そのマントを引き裂くが、シャルルはすんでの所で避けてアーロに向かって片手を向けた。


 その途端、一体何が起こったのかアーロの体が後方に吹き飛ぶ。


「ゴホッ……駄目か」


 やはり流石フォルス大公だ。そう簡単にはいかないようだ。アーロは激しく壁に体を打ち付けたが、どうにか立ち上がる。


「シャルル! もう止めて!」


 アリスは叫んだ。そんなアリスを見てノアとキリが絶望的な顔をする。


 普段のアリスなら戦いの最中に絶対にこんな事は言わない。まるで聖女のように両手を組んでそんな事を言いだすアリスに、誰もが目を疑った。


 そんなアリスを見てシャルルだけが嬉しそうに目を細める。


「ああ、いいですねぇ。強制力はどうやら私に味方をしたようです!」


 シャルルはそう言って丸腰のアリスに向かって火の矢を打ち出した。


「アリス!」


 ノアは急いでアリスの前に滑り込むと、その矢を全てファルシオンで叩き落していく。そんなノアにシャルルは声を上げて笑い出した。


「おやおや、あなたはアリスを守るのが精一杯のようですね! でもそんな事してていいんですか? 数が十五を切れば、あなた達の負けですよ? 誰か一人でも死ねば、その時点でまたループが始まる。何を遠慮しているのか知りませんが、あまり悠長な事をしていると――こちらも本気をだしますよ?」


 シエラを奪われた痛みを思い知ればいい。シャルルは両手を空に向けた。その途端、空から焼けるように熱い雨が降って来た。


「くそ! オスカー、ドンを止めるぞ!」

「分かった!」


 カインとオスカーは熱湯の雨の中、まだ建物を壊しているドンに向かって反射をかけた。もしかしたら、シャルルに何か魔法をかけられている可能性を考えたのだが、ドンの勢いは一向に止まらない。


「ドン! 負けるな! お前は俺達の仲間だろ!」


 カインの叫び声に、ふとドンが足を止めた。


 カインをじっと見下ろして何か言いたげに口を開く。それを見た瞬間、オスカーがカインを抱きしめてその場から飛びのいてドンから距離をとった。


「オスカー、何……っ⁉」


 オスカーに無理やり抱きしめられたカインは顔を上げて今まで自分が居た場所を見て顔色を変えた。そこは焼け焦げて真っ黒になっていたのだ。


「……さんきゅ」

「うん……駄目だね。言葉が全く通じない……」

「くそっ!」


 ドンに手なんて出したくない。怪我すらさせたくない。それでも、限界かもしれない。こんなにもはっきりとゲームの強制力を恨んだのは初めてだ。


 そんなカイン達を見てシャルルが笑った。


「こうなる事を予想していなかったんですか? 最終決戦はストーリーの一部だというのに! 強制力が働くことなど、すぐに予想できたでしょう?」

「お喋りしてる暇はないよぉ、シャルル大公~!」

「そうだよ! 余所見してる暇なんてないでしょ⁉」


 いつの間にかシャルルの後ろに回り込んでいたユーゴとリアンがシャルルに切りかかった。その切っ先が油断していたシャルルの頬に傷をつけたが、あと一歩の所で躱されてしまう。


 一瞬怯んだシャルルに、反対側からルーイが切りかかった。ルーイが振り下ろした剣はシャルルの腕を切り裂き、印を解く。すると、それに呼応したかのように熱湯の雨が止んだ。


「くっ!」


 シャルルは腕を押さえ詠唱した。


 こんな所で死んでたまるか。シエラの仇を何一つ取っていないのに、またあんな想いをするのは嫌だ! 


 思い出すのは最初のアリスを見送った時の事だ。


 何も出来ないまま打ちひしがれている間にループが始まり、それからずっと何度も何度もアリスを救おうと足掻いて来た。


 けれど、どれも上手くいかずまたループが始まる。もう無理だ。自分にはアリスを救う事など出来ない。そう――思っていた。


 そんな時に現れたのがシエラの元になったアリスだ。


 記憶を取り戻したシエラは、一途にシャルルだけを想い続けて処刑台に上った。その顔には少しの後悔もなくて、シャルルはそんなシエラを心の底から救いたいと願い、やっと……やっと救い出せたのだ。


 それをあんなあっさりと……本当にシエラが裏切っていたかどうかも分からないのに、あの男が――。


 シャルルはアリスを守るノアに目をやった。


 同じ目に遭えばいい。アリスが居ない世界が、愛する人の居ない世界が、どれほどに苦しいかを思い知ればいいのだ!


「終わらせましょうか、ノア」


 それが合図だった。シャルルは真っすぐにアリスに狙いを定めて四方八方から炎の矢を撃った。


「っ! アリス! っ!!」


 ノアは力いっぱいアリスを突き飛ばした。


 次の瞬間、全身が熱い何かによって貫かれた感覚がして、その場に膝から崩れ落ちる。 


 シャルルの炎の矢はノアの体に刺さった瞬間、真っ赤に焼けて消えてしまった。ただ、熱と痛みだけは全身に残っている。


 中からジワジワと何かに蝕まれる感覚を、ノアは知っていた。


「に……さま……?」


 アリスは呆然とその場に座り込んでいた。


 一体、何が起こった? アリスは聖女の筈だ。アリスの言葉でシャルルは正気を取り戻し、改心して自らの力を全て解放してこの世界を救うのではなかったか? 


 それが何故、今、目の前で最愛の兄が全身から血を流して倒れている?


 ぼんやりと何が起こったのか分からないでいるアリスを押しのけて、キリがノアを仰向けにして服を破り始めた。


「ノア様! ノア様、しっかりしてください!」

「キ……リ……」


 ノアはかろうじて目を開けて涙を浮かべるキリを見て笑った。


 可愛い弟のような存在のキリにこんな顔をさせてしまうなんて、自分は兄失格だな。ぼんやりとそんな事を考えていると、目の端にまだ座り込んでこちらを見ているアリスが見えた。


 ノアはどうにか手を動かしてアリスを呼んだ。アリスはそんなノアを見て、恐る恐る這って近寄ってくる。


「アリス……僕の……アリス。ごめ……ね。また約束……やぶ……って」

「……」


 何を言ってるんだ? ノアは。約束って何だった? そもそもノアは、アリスの何だった?


 アリスはそっとノアの髪をかき上げて頬を撫でた。こんなに温かいのに、ノアはどうしてこんなに辛そうなんだろう? どうしていつものように笑わないんだろう?


 アリスに頬を撫でられたノアは、アリスのドレスの裾を握って小さく笑った。

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