第四百七十四話 おかしなアリス
「アリス、騙しててごめんね」
ノアが隣のアリスを撫でながら言うと、アリスは顔を上げて笑った。
「もういいよ! さっさと終わらせてシャルルと仲直りしよ! そんで、偽シャルルも早く出してあげようね!」
「……そうだね。皆が笑ってるのが、一番いいもんね」
「うん! よーっし! そうと決まれば早速準備だ!」
両方の拳を振り上げたアリスに、まだ戸惑っていた仲間たちは釣られたように気合いを入れだす。
そんな中、オリバーだけがまだ神妙な顔をしていた事には、この時には誰も気づかなかった。
学園に戻ると、アリスはすぐに身支度を始めた。とは言え、相手はシャルルだ。本気を出す訳にはいかない。
けれど、手を抜きすぎる訳にもいかないので、匙加減が難しい。
あぐらをかいて部屋の真ん中で腕を組んで考えこむアリスに、キリが温かいココアを持ってきてくれた。
「お嬢様、考え事をするのは構いませんが、その恰好はまるでおじさんですよ」
「おじさん⁉ こんなピチピチの乙女捕まえておじさん⁉」
「どこの世界にそんな、タオルを肩から下げて胡坐をかいて腕を組んでるピチピチの乙女が居るんです?」
「居るよ! 何ならミアさんだって部屋ではこんなだよ!」
言ってからそれはないな、と思いつつアリスが顔を上げると、キリが心底迷惑そうな顔をしてこちらを見下ろしている。
「前言撤回してください、お嬢様。ミアさんは、たとえおじさんだったとしても、そんな恰好はしません!」
「……えー……突っ込みが斜め上から過ぎて返答に困るなぁ……」
ミアがおじさんだったらそもそもキリがこんな風に庇う事はないだろうし、そもそもミアがおじさんだったらだなんて想像が出来ないのだが。
流石のキリも自分の発言がおかしかった事に気付いたのか、フイとそっぽを向いてしまった。
「二人とも、明日最終決戦なのに呑気過ぎない?」
二人の会話をそれまでずっとソファに座って聞いていたノアは肩を震わせながら言う。
「だって兄さま! キリが私の事おじさんって言うんだもん!」
「仕方がありません。お嬢様がミアさんの事をおじさんだと言うので」
「分かった分かった。分かったから二人とも落ち着いて。そんな同時に話さないで」
同時に話し出してこちらに詰め寄ってくる二人をどうにか落ち着けて、ノアは両隣にアリスとキリをそれぞれ座らせた。
この二人は昔っからすぐにこうやって喧嘩をするのだ。キリの怒りの沸点は昔はチョコレートだったが、どうやら今はミアらしい。随分成長したなぁ! などとノアが考えているなんて事は、きっとキリは知らない。
ちなみにアリスの怒りの沸点は今も変わらず食べ物の事が多い。これは多分、一生変わらない。
ノアはアリスとキリの肩に腕を回して二人同時に抱き寄せた。抱き寄せられた二人はノアの胸の辺りでまだ睨みあっているが、そんな二人にノアは声を出して笑う。
「二人ともおっきくなったなぁ!」
「兄さま……二つしか変わらないよ」
「俺は一歳しか違いませんが」
「いやいや、年齢的な事じゃなくてさ。昔っからこうやって喧嘩したら仲直りさせてたなって思ってさ」
「それはだって……兄さまの圧が強くて……」
「それは同感です」
「え、嫌々仲直りしてたの? 二人とも」
きょとんとして言うノアに、アリスもキリも互いの顔を見合わせて同時にフンと鼻を鳴らす。
「いいよ、喧嘩しても。その度にこうやって仲直りさせてあげる」
「……うん、ありがと」
「……どうも」
何だか腑に落ちない二人だが、確かにノアにこうやって無理やりにでも仲直りさせてもらわないといつまでも意地を張る二人である。そういう意味ではありがたいのかもしれない。
ノアはようやく落ち着いた二人の頭にそれぞれキスをして、もう一度強く二人を抱きしめた。
「明日、頑張ろうね。皆の未来のために」
「うん!」
「はい」
ようやく見えて来たゴールに向けて、三人はその日は遅くまで語り合った。幼い時の話やこれからの話を沢山。
だからこの時は三人とも知る由もなかった。自分達の未来にぽっかりと大きな穴が開いてしまうかもしれないだなんて事、考えもしなかった――。
いよいよ、最終決戦の日の朝、アリスは珍しく男爵家の朝食を頼んだ。それを見たリアンがゴクリと息を飲んで、ノアにコソコソと話しかける。
「あいつ、どうしたの?」
そんなリアンの言葉にノアは少し不安気にアリスを見て言った。
「分からない。でも、朝からあんな調子なんだよ……昨日の夜は普通だったんだけど」
「えー……ちょっと止めてよ。ほぼあいつが頼りなのに」
「聞いても、何でもない、しか言わないんだよね」
朝、アリスは自発的に着替えを済ませ、髪を梳かしていた。それを見たキリがゴクリと息を飲み、小声で、夢か……? と呟いていたのをノアは聞き逃さなかった。
「アリス、それだけで足りるの?」
何だか不安になったキャロラインが言うと、アリスはにっこり笑って頷く。その仕草は何だか少しゲームのアリスと似ていて、キャロラインは嫌な予感がしつつルイスとカインに視線を送った。
「変……だな」
「うん。でも、俺達は特に何ともない……よね? アランは?」
「僕も特には何も……でも、確かにちょっと嫌な感じですね」
顔を見合わせた三人が言うと、アリスは立ちあがって自分で食器を片づけ始める。そこに自分の朝食を食べ終えたキリがやってきた。
「お嬢様、それは俺の仕事です。置いておいてください」
「キリ! いいよ、大丈夫。これぐらいはちゃんと自分でやらないとね。いつまでも甘えてられないし」
そう言ってにっこり笑うアリスを見て、キリが引きつった。確かに普段はもう少し人間に進化してくれないか、と思っているキリだが、実際にこうやって突然人間に進化されると、嬉しいというよりも恐怖の方が先に立つ。
「ノ、ノア様」
「うん、やっぱり変だね」
顔を見合わせる仲間たちの元に、ライラが遅れてやってきた。小走りで近寄ってきて、アリスを見るなり眉を寄せる。
「すみません、遅れてしまって。アリス、どうかしたんですか?」
「分かるの?」
リアンの隣に腰を下ろしたライラにリアンが問うと、ライラは神妙な顔をして頷いた。
「分かるよ! 大地の化身じゃないじゃない! アリスの後ろにいつも見える後光が、今日はないよ!」
「普段あいつの後ろにそんなの見えてんの⁉ そっちのが心配だよ!」
思わず突っ込んだリアンを無視してライラが何かを考え込み、思い出したように手を打った。
「そうだ! あの時と似てるんだわ!」
「あの時? どういう事なの? ライラ」
キャロラインが問うと、ライラは強い視線をキャロラインに送る。
「あ、はい。あのフラグを回収してた時です。スイッチが入ると、後光が消えてたんです」
「!」
「⁉」
それを聞いてノアとキリが息を飲んだ。仲間たちも皆、ライラの言葉にギョッとした顔をしている。
「まさか……何かのスイッチが入……ってる?」
「マズイね、これは……」
カインとノアが言うと、全員が頷く。ゲームのアリスはとても普通だった。ちょっと積極的ではあったが、まともだったのだ。
つまり、今のアリスはいつもの破天荒さが完全に抑えられてしまっている状態だという事に皆が気付いた。これでは果たしてシャルルに勝てるかどうか分からない。
「……とりあえず、皆移動しましょう。空がどんどん暗くなってきてます。危ないのでライラさんとミアさんはこちらで――」
言いかけたアランに、ミアとライラが飛びついてきた。
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