第四百三十八話 敵か味方か

 アリスの出自について全てを話し終えた時、既に知っていたシャルル以外は皆表情を歪めていた。


 ライラとシエラなど、涙を滲ませて互いを慰めるように背中を撫で合っている。シエラにとっては自分の分身のような存在である。アリスの身に起こった事は、とても他人事のようには思えないのだろう。


「……確かに女王とは何の関係もない話かもしれんが、そうか……それでユアンは処刑されたのか」

「他にもリズさんみたいな目に遭った人が沢山居るって事だよな……他の人達はもう大丈夫なのかな……」

「アリスさん……そんな生い立ちがあったんですね……」


 口々にアリスの生い立ちについて嘆く仲間たちに、リアンだけは相変わらず冷めた顔をしている。


「あんた達さ、これ聞いたからってアリスへの態度変えたら承知しないからね」

「リー君? 急にどうしたんすか?」

「いや、何かアリスの事可哀相とか思ってそうだなって思って。そういう同情、あいつはすぐ見抜くよ。そういう態度の方があいつの事を傷つけるんだからね」


 下手な同情ほど傷つける事はないし、アリスは誰の子でもアリスだ。それは何も変わらない。バセット領の猿で時々ゴリラなのだ。それ以上でも以下でもない。


「リー君の言う通り、僕達はこの事はアリスには一生言わないつもりだし、これからも今まで通りアリスの友人で居て欲しい。それに、今回僕が話をしたいのはそこじゃないんだよ」


そう言ってノアは昨夜バセット家で起こった事を話し始めた。そしてそこにアーロが居た事も、アーロがリズをユアンの元から連れ帰った張本人だと言う事も。


 それを聞き終えたカインは怪訝な顔をして集めて来た資料の内容を思い出していた。


「アーロはさ、どうも遊び倒してたみたいなんだよな。挙句の果てに身勝手に婚約破棄をして廃嫡されてんだよ。それがちょうど、ノアの話を聞く限り、リズさんの事件が起こった直後なんだよな」

「みたいだな。という事はこのアーロって奴はリズを好いていたという事か」

「それが親友に奪い取られた挙句、妊娠したと思ったら放り出された訳だ。アーロがユアンを恨んでたとしてもおかしくはないよな」

「でもじゃあ何であっち側についてんのさ? シュタの指導者挿げ替えたのもキャスパー逃がしたのもアーロだって言ってなかった?」

「そうなんだ。だから余計にアーロの目的が全く分からない。ノア、お前はどう思う?」

「僕にもさっぱりだよ。ただ、母さんはアーロと全く連絡が取れないらしいんだ。でも僕は連絡が取れないというよりは、アーロの家の人が故意に連絡を取らせなかったんじゃないかなって思ってる。もしもアーロが母さんを好きだったという事をバレンシア家が知ってたんだとしたら、向こうは母さんのせいでアーロがおかしな事を始めたと思い込んでるかもしれない。それに、世間では母さんは長男が死んで今も保養所に居る事になってるんだよ。もしかしたらアーロもそう思い込んでるのかもしれない」

「なるほどね。で、今のバセット領の様子を見に来たって、そういう事?」

「ん……多分、ね」


 リアンの言葉にノアは頷いた。アーロはバセット家の場所を知っている。


 遠目から様子だけでも見ようと思ったのかどうかは分からないが、何にしても要注意人物である事には変わりない。


「アーロは顔半分を仮面で覆ってた。黒髪で身長は僕よりも少し高いぐらいだったよ。あと、フェアリーサークルの使い方が分かった。羽根を千切ってサークルにすると発動するみたいだよ」


 ノアの言葉にカインは眉根を寄せた。


「羽根を千切る? それじゃあ、三千以上の兵士こっちに寄越す為のサークル作るなんて、どんだけ羽根が居るんだよ⁉」

「相当いるだろうね。呑気に一人ずつなんて来ないだろうから、まぁせめて百人はいっぺんに通れるぐらいの規模の物は作る気なんじゃない」

「ふざけんな! 命がありゃいいって問題じゃないんだぞ!」


 カインはそう言って行き場の無い怒りを机にぶつけた。そんなカインの背中をルイスが宥めるように叩いている。


「落ち着け、カイン。気持ちは分かるが、妖精王も言っていただろう? 結界があって入れないと。どうにかしてその結界を破る方法はないものかな……」


 ルイスの慰めにカインは我に返ったかのように椅子に座りなおすと、皆に頭を下げる。だが、カインの怒りは皆にも分かるので、誰もカインを咎めたりはしなかった。



 アリスとキャロラインとミア以外が集まって重大な話し合いをしている中、アリス達は眠っている赤ん坊をただうっとりと眺めていた。たまにムニャムニャと顔を顰める様も可愛い。


「はぁはぁ、キャロライン様、なんで、なんでこんなに可愛いんでしょうね……はぁはぁ」


 鼻息を荒くして赤ん坊に顔を近づけるアリスをキャロラインがやんわりと手で制した。


「アリス、あなたの鼻息でテオが起きてしまうわ」

「だってだって! 可愛いんですもん~~! はぁ、絶対美少年になるな、これは!」


 アリスの言葉にキャロラインとミアが大きく頷く。


「私もそう思うの! やっぱりアリスから見てもそう思う⁉」

「思います! これは全てを約束された顔立ちですよ!」

「良かった! 姉の欲目じゃないのね!」

「だから言ったじゃありませんか、お嬢様! テオ様は絶対に美少年になると! 見てください、こんな赤ちゃんなのに鼻筋もしっかりしてるし、唇の形もいいしぱっちり二重だし……大きくなるのが今から楽しみすぎます!」


 うっとりと手を組んで言うミアに、テオがぱちりと目を開いた。そして覗き込む三人を見て、うぇ、と泣き始める。


 それに気付いたのはテオの枕元に居たテオ専用のレインボー隊、グレイだ。グレイがテオの手に触れると、テオは途端にグレイを揉み始める。


「あら、お腹が空いてるみたい。母様を呼んでくるわ」

「分かるんですか⁉」


 アリスが言うと、キャロラインは誇らしげに頷いて見せた。


「ええ。テオがグレイちゃんを揉むときはお腹が減ってるの。見てて、もうじきグレイちゃんの手をしゃぶり始めるわよ」


 キャロラインがそう言った瞬間、テオはグレイの手を自分の口に持って行く。そんなテオを見てミアが嬉しそうに微笑んだ。


「こんなちっちゃいのに、ちゃーんと自分の事表現出来る、賢い子なんですよね~?」


 そう言ってミアがテオを抱き上げて、よしよしと揺すると、テオは嬉しそうに笑った。こんな小さなうちから女子達を虜にするテオの行く末が心配である。


 しばらくしてキャロラインと共にやってきたオリビアがミルクをあげている間、アリス達は三人でキャロラインの私室に移動してお茶をしていた。


 話題はもちろんテオについてである。そこに気づけばチームキャロラインも混ざって皆でテオを褒め称えている所に、オリビアがヘンリーとテオを連れてやってきた。


「外まで聞こえていたんだが、少し君達はテオを持ち上げすぎではないか?」


 苦笑いを浮かべてそんな事を言うヘンリーの口元は、言葉とは裏腹にとても嬉しそうだ。


「あなた、自分で言うのもなんだけれど、こんな綺麗な子はちょっと居ないわよ。キャロラインの時も思ったけれど、うちの子はどうしてこんなにも美しく生まれてくるのかしら!」

「そりゃオリビア様とヘンリー様の子ですからね! 約束されてますよ! ねぇ?」


 アリスがにこやかに言うと、皆無言で頷く。それを聞いてオリビアとヘンリーは顔を見合わせて嬉しそうに笑った。


 オリビアからは何だかミルクの甘い匂いがして、アリスはちょっとだけ鼻の奥がツンとするのを感じていた――。

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