第四百二十六話 任務完了

「この不思議な人形は、次のチャップマン商会で取り扱う子供用の人形です。彼らはそれぞれ自我を持っていて、時には友人のように、時には兄弟のようにあなた達の心を癒してくれるでしょう。そんな人形がどうして今回ここ、シュタで配る事になったのかと言うと、厳選な抽選でこの土地が選ばれたからです。とは言え、彼らはまだレンタルはされていません。なので、あなた達には是非、この子達の親、兄弟、友人の代わりになっていただいて、色んな意見を聞かせて欲しいのです。お願いできますか?」


 一応ここらへんは最初にも説明したが、心配性なダニエルは念には念をおしておきたい。そんなダニエルの心を知ってか知らずか、あちこちから笑い声と拍手が聞こえてきた。


「ありがとうございます。彼らに出来る事は沢山ありますが、彼らは決して危ない事や物には近寄りません。彼らが近寄らない物には、決して触れないで下さいね。約束できますか?」


 その言葉に箱を抱えた子供達が一斉に手を上げる。それを見てチャップマン商会の面々は満足げに頷いた。


「最後に、先ほども言ったように彼らには自我があります。例えば乱暴に扱ったりイタズラを彼らにしたりすると、彼らは決してやり返したりはしません。ただ、黙って出て行ってしまいます。そして、彼らが動くのは契約をした子供達の魔力と連携しています。なので、どうか最後まで大事にしてやってくださいね」


 ダニエルの言葉を聞いて、それぞれの親たちが頷いて自分の子供達に言い聞かせている。それを見てダニエルは思った。きっと、今日送り出したレインボー隊はここでずっと大事にしてもらえるだろう、と。


 シュタは『街』と言うよりも『町』で、とても小さい。世界の中心と呼ばれるだけあり、禁足地があまりにも多く人が住める所が少ないからだ。そんな小さな土地なので、もちろん住んで居る人たちも少なく、何よりも信仰心に厚いのが特徴だとカインに聞いた。


「では、親御さんたちにも何か無いといけませんね! 今日はうちの商品全品半額で販売させていただきます! それから、新しい商品、フライドポテトも販売しますので、よければ食べてみてください!」


 ダニエルが言うと、大人たちは歓声を上げて喜んだ。このシュタには何せ噂のチャップマン商会がやってくるのは初めての事である。


 ここに到着した時、領主に今日来た趣旨と販売許可を取りに行くと、領主は目を輝かせてすぐに許可をくれた。そんな領主は一家揃ってダニエルの真ん前を陣取っている。


 商品の販売を開始すると、大人たちはこぞって買い物をしにやってきた。全品半額なんて滅多にしないが、その埋め合わせはライト家がもってくれる事になった。


 今回の作戦に無理やり協力をしてもらうのだから、それぐらいはしたいとロビンから直々にダニエルに連絡があったのだ。


「フライドポテト出来たよー!」


 エマが言うと、初めて見るフライドポテトに興味津々な子供達が肩や頭にレインボー隊を乗せてやってきた。そんな子供達にマリーが試食だと言って少しずつ配ると、子供達は食べるなりそれぞれの親に小銭を貰いに走って行く。


 ノアの言う通り、フライドポテトの原価はかなり安く、小さな子達でも十分お小遣いの範疇で済む値段に抑えることができた。これにはダニエルもホクホクである。


「本当はハンバーガーセットも持ってきかったんだがなぁ」


 ダニエルが大繁盛している馬車を見ながら言うと、接客に早々に音を上げたダンがそれを聞いてにこやかに笑った。


「この上さらにハンバーガーも作ろうとしてたのかい? マリーとエマが倒れてしまうよ」

「はは! 確かに。でも、すんげー売れ行きだな……フライドポテト、追いついてないし」

「あれは子供は好きだろうからね。大人だってうっかりハマりそうだ」


 戦利品を持ってそれぞれ帰路についていく人たちを見送りながらダンはにこやかに言った。


「さて、あっちも上手くいったみたいだな。後はコーネルの連絡待ちか。それにしても、本当にこの奥にもう一つ教会なんてあるのかね。こっからじゃ何も見えないんだが」


 視線を教会の奥に移したダニエルが言うと、ダンも珍しく険しい顔をして頷いた。


 教会の奥には確かにさらに奥に続く小道が見えるが、その小道は突然途切れてその奥には森がある。試しにここに到着した時にダニエルがあの道の先に行こうとしたが、あの小道を最後まで行くと、また小道の入り口に戻されるのである。


「妖精には見えてるんだろう?」

「みたいだな。でもカインが言ってたよ。あそこには出来るだけ妖精は近寄らせないようにしてくれって。だからあんまコキシネルとケーファーにはやらせたくなかったんだけど、俺らじゃそもそも見えねぇしなぁ」


 腕を組んでため息をはいたダニエルの元に、コキシネルとケーファーが言い合いをしながら戻って来た。そんな二人を見てダニエルもダンもホッと胸を撫でおろす。


「お帰り、二人とも。悪かったな、変な事頼んで」

「いいヨ。私達もチャップマン商会の仲間だかラ」

「そうダ。お前達が行けない所には、俺達が行ク。お前達を守るのが俺達の役目ダ」


 真顔でそんな事を言うケーファーとコキシネルに、ダニエルは静かに首を振った。


「お前らそれは違うぞ。俺達ももちろん守って欲しいが、何よりも自分達の身の安全も必ず確保するって約束してくれ。チャップマン商会のメンバーは大きな家族なんだ。お前達だって、もう俺達の家族なんだからな」

「!」 


 そんなダニエルの言葉にコキシネルとケーファーは一瞬驚いたような顔をして、次の瞬間には嬉しそうに顔を綻ばせて笑う。護衛の仕事はただの契約のはずだった。それでもこんな風に言ってくれるのか。


 契約期間は今の所戦いが終わるまでと言う事になっているが、それが終わってもここに居たい。いつか、契約が切れた時にダニエルに相談してみよう。


「さて! それじゃあ俺達も行くか! このまま南下して次の街に行くぞ!」

「待って! 途中で他の商会に会って商品補充しないと!」


 ダニエルの声を聞きつけて駆けて来たエマが売上表を嬉しそうに掲げた。ほとんどの商品が売り切れ状態である。


「すげぇな。分かった、じゃ、近くに誰か居ないか見てみる。はぁ~ギルドさまさまだな! いちいち戻らなくていいのはめちゃくちゃ便利だ!」


 ダニエルはそう言って近くの商会の検索を始めた。アランが開発した企業向けのスマホは、それぞれの位置が分かるようになっている優れものだ。どこかでギルドに入っている商会の商品が売り切れたら、こうしてお互い補充し合い、また販売に行く。


 これを言い出したのはエマだ。こうする事で今までいちいち王都まで商品を取りに戻っていた手間が省けた。それぞれの商会はそれぞれに拠点を持っているので、大変便利である。


 ちなみにダニエルを陥れようとしたフォルスの商会も最近ギルドに加入した。ダニエルの悪い噂を流した当主本人が、わざわざ単身でやってきてダニエルに頭を下げたのだ。


 けれど向こうの事情も分からないでもなかったダニエルはその事を水に流し、手を組む事に決めた。その事に関して色んな人に色々言われたが、今はそこの当主とも酒を酌み交わす仲だ。


 彼は酔うといつも言うのだ。ウチに本当に娘が居たらなぁ! と。


 よくよく聞くと、あの時そんな噂を流したのも、本当にそうなったらいいのにな、という願望も多少混じっていたらしい。全く迷惑な話である。


 そんな訳でフォルス一大きな商会とも今は上手くやっている。何よりも銀が安くで入手できるのは大変ありがたい。向こうからしてもギルドに入ってから売り上げが倍に伸びたと言うのだから、やはり溜飲を下げて手を組んで良かった。


 こうして、ルイスから受けた依頼を遂行しつつ、チャップマン商会はシュタを離れたのだった。

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