第四百十一話 聖女さまのキャラブレ
「カインはどうやっても目立つからね。アランもオリバーも良い感じだし、それじゃあ分けようか。まずアリス、アリスはいつも通りキャロラインとミアさんと行って。そこにリー君、ライラちゃん、オリバーお願い」
「うん!」
「はい!」
「了解っと」
「っす」
「で、残りはルイスの方ね。僕達の方が人数も多いしセレアルに行くよ。くれぐれも気をつけて。シャルル、君はどちらとも連絡を取りつつ状況見てどっちかに行って」
「ええ」
「お願いね。それじゃあ、皆、準備いい?」
ノアの言葉に全員がコクリと頷くと、それぞれの行き先を妖精手帳に書き込んだ。
グランの領主、エドワードは事前に聞いていたものの、突然現れた一行を見て驚いた。
「凄いですね……本当に一瞬なんですね」
「こんな形で申し訳ありません」
すかさず頭を下げたキャロラインに、エドワードは笑顔で両手を振った。
「とんでもない! それにしてもよくお似合いですよ、皆さん」
そう言ってエドワードは男装しているアリスとキャロラインとミアを見て目を細めた。
「そ、そうでしょうか? 男性の衣装は初めて着るので、所作がいまいちよく分からないのですが」
戸惑ったようなキャロラインに、エドワードはさらにおかしそうに肩を揺らす。
「所作だなんて! 大丈夫です、完璧ですよ。それにしてもやはり聖女様は何を着ても美しいですね。それにアリスさんも……違和感ありませんねぇ」
「えっへへ! 完璧でしょ⁉ もっと褒めていいよ!」
キリが居ないからここぞとばかりに褒めてもらおうとするアリスを見て、横からリアンが呆れた視線を送る。
「……あんたさ、勘違いしてるかもだけど、褒められてないよ?」
リアンの言葉にアリスは、なんで? と首を傾げているが、明らかにエドワードは戸惑っている。この顔は褒めてはいない。
そんなエドワードの視線は今、リアンに釘付けだ。
「えっ……リアン社長⁉」
一行がここに突然現れた時、一番に視線が行ったのはリアンだ。今回はまた随分綺麗な子を連れてきたなぁ、などと思っていたが、声を聞いてそれがリアンだと知ったエドワードは、驚きすぎて後ろに一歩下がる。そんなエドワードの後ろではケルンがエドワードと同じような顔をしていた。
思わず漏れたエドワードにリアンは思わずいつもの様に突っ込む。
「今気づいたの⁉ 遅くない⁉」
「いや、す、すみませ……いや、無理ですよ! 気づきませんよ! はぁぁ……久しぶりに驚いた気がする」
「エドワードさんの気持ち分かるっす。口閉じてればどっからどう見てもただの美少女っす」
「モブまで! 僕は男だってば! いつか女装なんて似合わないようになるんだからね!」
そうは言ったものの、三十過ぎても未だに女装が似合ってしまうリトを思い出して顔をしかめたリアンに、ライラが悪気無く言う。
「リー君、それは諦めた方がいいと思うの。だって、リー君はきっとずっと可愛いもの」
「……」
あまりにも嬉しそうにそんな事を言うライラに嫌味の一つでも言おうかと思ったが止めた。恐らくそれは当たっているだろうから……。
「さて、ではそろそろ行きましょうか! 皆待っています」
「はい!」
キャロラインはいつもの様にドレスを翻そうとして自分が今男装中だという事を思い出し、ルイスのようにすればいいという事に気付いて颯爽と歩き出すと、それを後ろから見ていたアリスが口元に手を当てて目を輝かせている。
「ほぁぁ……ライラ、ミアさん……私、新しい扉開きそう……」
「わ、分かります! 私もさっきからずっとドキドキしてるんですよ~!」
「私にも分かるわ……ああ、どうしよう……本でも書こうかしら……」
脳内に溢れる男装キャロラインの物語を思い浮かべてライラが思わず両手を握りしめると、それを聞いたアリスとミアがライラに詰め寄って来て真顔で言う。書けたら読ませて、と。
そんな二人に思わずライラが頷いていると、後ろから呆れたリアンとオリバーに急かされてしまった。
グランの小麦畑には、色とりどりの羽を持つ妖精達と肩を並べて笑い合う領民達がそれぞれ鍬や鋤を持って立っていた。
「お~い! 皆~! 手伝いに来たぞ~!」
楽しそうな領民達を見てアリスが駆け寄ると、皆は一瞬誰だか分からなかったようで首を傾げ、次の瞬間、ポンと手を打つ。
「アリス様!」
「しー! 今はアリオだよ!」
「ア、アリオ……?」
確かに何故かアリスは男装しているし、よく見れば他の皆もそうだ。その中にキャロラインを見つけた一同は驚いたような顔をして頭を下げようとして、それをキャロラインに止められた。
「わ、私はえっと……そ、そう、キャロタだ。そ、そんな挨拶はしなくていい……ぞよ」
「……」
何だかよく分からんがキャロラインも皆もおかしな事になっている。
それに気付いた領民と妖精達はこぞって無言で頷いた。それを見てキャロラインがホッと胸を撫でおろしている。
「ねぇ、お姫様もネーミングセンス皆無なの? てか、キャラブレ酷くない? ぞよって。そんな仙人じゃないんだからさ」
「っすね。俺もびっくりしてるっす。アリス以上のキャラブレっすね」
勉強中のアリスのキャラブレも酷いが、キャロラインの男装時のキャラブレも相当である。
「まぁ何でもいいけど、遅れてごめんね、皆。そろそろ始めよ」
「……しゃ、社長⁉」
「それはもういい! 僕は今日はリー子だよ!」
「リー子……」
「リー君も大概っすね」
引きつる領民とオリバーにリアンは拳を振り上げて怒鳴った。
勘違いしないでほしい。自分はアリスとキャロラインに倣っただけだ。そう思いつつ名前など考えていなかったリアンは顔を赤くして怒鳴る。
「あいつらに倣ったんだよ! 名前なんて好きに呼んでよ。ほら、始めよ!」
「おぉー!」
今度こそ動き出した領民たちに釣られたように妖精達も動き出す。皆手にはそれぞれ不織布をもち、すっかり準備万端だ。
目の前に広がる一面の小麦畑を見てまだ小さな苗たちにアリスは目を細めた。
これが来年の夏前に黄金に輝く穂になるのかと思うと感慨深い。植物だって動けないけれど生きている。だからこそ、守ってやらなければならない。
「じゃあ不織布を使った作物の防寒対策の説明するね! まずは水に漬け込んだ不織布で――」
アリスがその場に座ると、円になるように次々にその場に全員が腰を下ろしてメモを手にアリスの説明を真剣に聞いている。
不織布の防寒対策は簡単だ。一畝ごとに間隔を空けて短い支柱を立ててそこに不織布をかけるだけである。ただそれだけの事だが、この広いグランの小麦畑の全てにそれをするとなると物凄い手間である。本来なら小麦のような縦に伸びる作物にする防寒対策ではないが、贅沢は言っていられない。
アリスが全て話し終えると、妖精の一人が感心したように言った。
「何で水に不織布漬けとけって言われてたのかずっと考えてたんだけど、こうしないと水すら通さないって事なのか……」
「そうなんだよ! そこがポイントなの! 真新しい不織布は水すら通さないからね! この作業大事!」
熱弁するアリスに妖精は感心したように頷いて手帳に書き込んでいる。その手帳はコロンボン製だ。思わずアリスがその手帳を凝視すると、妖精は恥ずかしそうに頭をかいた。
「俺達はあんまりメモを取るって習慣がないんだけど、こっち来たら皆メモ取っててさ。何か今まで忘れたらそれが自然って思ってたんだけど、書き残しておくのもいいなって。それにこの手帳は聖女様が使ってるんだろ? 一番安いやつだけど、こうやってると皆で一緒に何かしてるって気がしていいんだよ」
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