第三百七十六話 ドロシーの奇跡
けれど、キリの考えは甘かった。目を覚ましたドロシーは、その小さな体を駆使して天窓の隙間からまんまと小屋の外に抜け出したのだ。
「……」
一体何が起こっているのか。ドロシーは小屋の前で同じ服を着た男達が何故か戦っているのを屋根の上から身を潜めて見ていた。
ドロシーを攫った男たちは二人。相手は森の奥から次々に集まってきている。
「さっさと観念した方がいいんじゃねぇのか~?」
いたぶるような覆面男にキリは舌打ちをする。剣が少しも通らないのだ。やはりあれはドラゴンの剣に違いない。ドラゴンの剣にはこちらもドラゴンの剣を使うしか無いのか。
それにしても多いな!
キリはため息を落として森のどこに潜んでいたのか、あちこちから集まってくる覆面達を見てゴクリと息を飲んだ。
「おい! 結界張ったぜ! これでどっからも見られないでいたぶれるぞ! 狩りを始めるぞ!」
それを聞いてキリもユーゴも、屋根の上のドロシーもゴクリと息を飲んだ。
「これでこいつらが見つからない理由が分かりましたね」
「こんな時でも冷静で頼もしいねぇ、君は」
目隠しの結界を張る奴がいるのか。それが分かっただけでも収穫だが、それよりも今はここからどう逃げ出すかが肝心だ。そもそも結界を張られてしまっては、魔法の切符を使っても結界を解かない限りここから抜け出す事も出来ない。
「どうしたもんかねぇ……キリ君、何か作戦ある?」
「全くありませんね。結界をお嬢様がどうにか破ってくれる事を祈るばかりです」
そう言って、キリは剣を構えなおして息を飲んだ。
「ほんとにここ⁉」
「この辺のはずなんすよ!」
「でも何にもないよ! ちょっと、間違ってんじゃないの⁉」
「間違えてないっす! ドロシーが直接送ってきてんすから!」
そう言ってオリバーはスマホに視線を落とした。こんな時の為に改良されて仲間たちに配られたスマホは、それぞれの位置が分かる優れものだった。
「っとにもう! じゃあ何⁉ 結界でも張ってあんの⁉」
「……アリス、それっす。多分、目くらましの魔法がかかってんじゃないっすかね。普段見えないって言ってたし……」
「え! 私、もしかして天才?」
「目くらましか……弱ったな」
そんなものが張られているという事は、間違いなく非常事態が起こっていると言う事だ。ストーリーではオリバーは二十人ほどの敵と戦ったという。もしかしたら、それを実行させられるのではないか。ゲームの強制力がいらぬ所で働いているのではないだろうか。
ふとそんな事を考えていたオリバーの隣で、突然アリスがゴソゴソとポシェットの中から何かを取り出した。
「……何してんすか?」
「ん? 兄さまに持たされてるの。何か不思議な魔法とかで誰かが私の邪魔をしようとする時は、これ使いなさいって」
そう言ってアリスは丸い何かに徐にお湯沸かせ~る君小型版を取り出して火を付けた。そしてそれをポイ、と結界があるであろう場所に放り込んだのだ。
「はい、伏せて!」
「え? は?」
オリバーは言われた通りアリスの隣に伏せると、次の瞬間、ドーン! という物凄い音と光で辺りが真っ赤に染まった。それに次いで空に大きな花が咲き、真っ赤な狼煙が上がる。
すると、それまで目の前には木しか無かったのに、突然小川が姿を現した。どうやら結界が解けたようだ。
アリスとオリバーは顔を見合わせて頷き合うと、アリスは結界を張っていた人物を探しに、そしてオリバーはドロシーを探しに別の方向に駆け出した。
「な、何だ⁉ そ、空が……赤い……」
突然の轟音と血のような空の色に驚いた覆面達は、思わず戦いの最中だと言う事も忘れて空を見上げた。それを見てキリがポツリと言う。
「来たようですね」
「だねぇ。じゃ、僕達はドロシーちゃんを連れて退散しますか」
「……そうはいかないようですよ」
そう言ってキリが正面を見ると、林の奥からここには居る筈のない大きな虎を連れた覆面が現れた。虎は気が立っているのか低い唸り声を上げ、じりじりとこちらに詰め寄ってくる。
ドロシーは屋根の上からそれをずっと口を押えて見ていた。手前の覆面達はドロシーを守ろうとしてくれているようだ。何故かは分からないが。
そんな二人を取り囲むように覆面達はどんどん増えていき、挙句の果てには虎まで出て来たではないか!
ドロシーはスマホを操作してオリバーにメッセージを送ろうと思った。ところが、震える指先が滑り、スマホが屋根を伝って下に落ちてしまったのだ。
「!」
ドロシーは隠れようとした。ところが、それよりも先に屋根にドロシーが居る事に覆面男の一人が気付いてしまったのだ。
「おいおい、そんな所に居たらあぶねぇだろうが。俺達が遊んでやるから降りて来いよ」
「へへ、遊ぶってか、いたぶるの間違いだろ?」
覆面をしていても分かる男達の下卑た笑いにキリが舌打ちする。
「どうしてヒロインという人種は大人しくしてられないんでしょうか」
「そういう性格なんだろうねぇ……でも、ちょっとこれは困ったねぇ」
正面にはじりじりと近づいて来る虎。そして左右には小屋の裏側に回り込もうとする覆面。絶体絶命である。
その時、屋根の上からか細い声が聞こえてきた。驚いてキリとユーゴが見上げると、ドロシーが喉を押さえて必死になって何か言おうとしている。
そして――。
「オ、リバ……オリ、バー!」
ドロシーは涙を拭って叫んだ。自分では叫んだつもりだ。長い間話せない振りをしていたドロシーは、声の出し方をとうに忘れていた。
けれど、スマホが無い今、使えるのは声だけだ。
ドロシーは体を震わせて喉を押さえて必死になって声を出した。さっきのはダムが完成した時に見た花火だ。きっと、オリバーが側まで来てくれている。絶対に!
オリバーはふと、足を止めた。何かが聞こえた気がしたのだ。とても小さな声だ。でも、何となく知っている気がして振り返ると、その声を辿るように駆け出した。
どうか、どうか無事で居て。そんな願いだけでオリバーは走る。
か細い声を頼りに走っていたオリバーの目の前に小さな小屋が現れた。小屋の屋根の上にはドロシーが居る。どうやらオリバーは小屋の裏側に出て来たようだ。小屋の裏側には覆面が二人、梯子を駆けて屋根に登ろうとしている。
オリバーはそれに気付いて音もなく梯子に近づくと、梯子を倒して落ちてきた男達が叫ぶ間もなく首筋を打って落とした。そしてまだ必死になって叫ぶドロシーにオリバーは叫ぶ。
「ドロシー! 飛び降りろ!」
「⁉」
ドロシーは突然背後から聞こえてきた声に驚いて振り向いた。そこにはオリバーがドロシーに向かって両手を広げている。
「ドロシー! 捕まえるから! 大丈夫だから、早く!」
「う、うん!」
ドロシーは意を決したように目を瞑って屋根の端からオリバーに向かって飛び降りた。それを見た途端、小屋の正面に居た覆面達が騒ぎ出す。
オリバーはドロシーを連れてその場を足早に立ち去ると、そのまま街道に出た。すると、そこには花火を見たドンブリが仲良くお座りをして待っている。
「ドンブリ、ドロシーを頼むっす。すぐにダニエルんとこに連れてってやってほしいっす」
「キュ!」
「ウォン!」
「オリバー、オリバーは? 一緒に……行かないの?」
掠れた声でオリバーの袖を掴んだドロシーの頭をオリバーは優しく撫でた。
「ここ片づけたらすぐ向かうっすよ。それまでいい子にしてて」
「……分かった……気をつけてね」
そう言って心配そうに視線を伏せたドロシーとは裏腹に、オリバーは思わず笑みを浮かべてドロシーを抱きしめた。
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