第三百七十四話 よく見ているレインボー隊

 時間は少しだけ遡り、バセット領に到着したアリスはノアに教えられたアリス工房の事務所でオリバーとお茶を飲んでいた。


「今更なんすけど、この作戦、エグくないっすか?」

「エグいよ。だって、考えたの兄さまとカイン様だもん。あの二人は本っ当にえげつない!」

「っすよねぇ……ドロシーのトラウマに拍車がかかるんじゃないっすか……」


 ただでさえドロシーは教会が怖くて、未だに口が利けないのだ。それを蒸し返すような事をして本当に大丈夫なのか?


 大きなため息を落としたオリバーに、目の前でこんな時でもお菓子を貪るアリスが、珍しく真顔で言った。


「拍車かかると思うよ。私だって本当はこんな事したくないし、多分誰もしたくないよ。でも、シャルルの言葉を思い出して。ドロシーのルートの分岐が不穏な物になってるって言ってたでしょ?」

「っすね」

「今だから言うけど、ダニエルだって本当はあそこまで酷い怪我は追わないんだよ。確かにゲームでも大怪我にはなる。でも、あそこまでの怪我じゃなかったはずなんだ。あれじゃあ大怪我って言うか、ちょっとほんとにこの世にお別れ言いかけてたでしょ?」

「……」


 アリスの言葉にオリバーはあの時のダニエルの容態を思い出して頷いた。後一歩エマの魔法が遅れていたら、きっともうこの世にダニエルは居なかった。


「という事はね、あれはゲームが起こした事じゃないって事だよ。でね、それがドロシーにも起こるかもしれない。シャルル達が昨日言ってたでしょ? 元の世界にゲームが融合してるって。それって、もう私達がいるのはゲームの世界ってだけじゃないって話なんだよ。本当はドロシーを攫いたくなんてないし、トラウマをさらに植え付けるなんて事もしたくないけど、本物の女王がドロシーを狙ってるって分かった今、こうでもしないと女王が本当にドロシーを攫っちゃう。隠したって、どこかで絶対にドロシー誘拐事件は起こるって事だよ。あっちに捕まっちゃったら、ドロシーは本当に殺されてしまうかもしれない。本当に奴隷商に売られてしまうかもしれない。それどころか、この世界を出たらそもそもどうなるか分からないのに、外に連れ出された時点でドロシーは消えちゃうかもしれない」

「……そっすね……消えるかもしれないんすよね……俺達は」

「そうだよ。亡骸も何も残らない。本当に居たのかどうかも分からなくなっちゃうかもしれないんだよ。だからオリバー、もうちょっとだけ我慢してよ。もうちょっとだけ、心を鬼にして。全部終わったら、皆でドロシー達に謝ろうね。許してもらえないかもしれないけどさ」


 そう言ってアリスはオリバーにお気に入りのお菓子を差し出した。オリバーは頷いてそれを一つ受け取ると、咀嚼してモヤモヤする気持ち事飲み込む。


「まぁでも、やりきれないよね。私も嫌だなぁ~こんな事するの」


 ポツリと言ったアリスの横顔は、いつもの破天荒なアリスの横顔ではなくて、ただの普通の一人の女の子の顔だった。それを見てオリバーもようやく何かに納得する。


 この作戦を立てる時、誰も彼もがこんな顔をしていたのを思い出したのだ。


「こんなにも心の痛い任務は初めてっすよ」


 誰かを暗殺しろと言われた訳じゃない。誰かを裏切れと言われた訳でもない。それなのに、こんなにも嫌な気持ちになる任務は初めてだ。


 どちらともなくため息をついた二人は、お互い顔を見合わせて真顔でお茶を飲んだ。

 


 この頃、フォルスでは丁度昼食の時間だった。


 遠巻きに見ると全員が和やかに席について談笑しているように見えるはずだ。


「こらアリス、そんなに食べたら動けなくなるよ」


 ノアがそう言って視線を移した先にはアリスのドレスを着たレッドが座って一生懸命食べる振りをしている。そんなレッドアリスに後ろからげんこつを落とすのはブルーキリだ。流石に顔の色でバレると困るので、レインボー隊はぱっと見肌色に見える布を被らされて肌色の手袋をしている。


「な、なぁ、俺そろそろ噴き出しそうなんだけど」


 そんな様子をじっと見ていたカインが言うと、ルイスも隣で肩を震わせている。


 レッドとブルーはさっきから息がぴったりで、本当にアリスとキリがそこにいるようだ。


「こうやって見てると、レインボー隊が普段どんだけ僕達の事をよく見てるのかが分かるね」


 そう言ってリアンは一人黙々と食事している振りをしているグリーンオリバーを見て言う。


「全くです。オレンジユーゴもそのまんまですよ」


 ルーイの隣では暇そうに石ころなんて蹴とばしているオレンジユーゴ。時折皆が食べている食事をチラリと見る所もそっくりだ。


「流石、アランとアリスの魔法の融合ですね。こんな事も出来るなんて驚きです」

「本当に凄いわ。この子達はもうレンタルしてるの?」


 シエラの言葉にアランは首を振った。


「まだです。最後の調整に入った所なので、もう少しですよ。ただ、既に問い合わせが殺到しているので、シエラさんも欲しいなら予約しておいた方がいいかもしれません」

「するする! アラン様に頼めばいい?」

「はい、承ります。可愛がってやってくださいね」

「もちろん! 楽しみね、シャル!」


 嬉しそうに手を叩くシエラを見て、シャルルも嬉しそうに頷いた。シエラは純粋にレインボー隊を楽しみにしているようだが、シャルルはいずれ自分達の子育てを手伝ってもらおう、などと考えている次第である。


 と、そこに突然机の上でアランにサラダを取り分けてやっていたパープルが蹲った。それを見て全員の間に緊張感が走る。


「来たね」

「ええ」


 それと同時にノアのスマホが鳴った。ノアがスマホを確認すると、相手はエマだ。


「もしもし? 珍しいね、エマちゃん。どうかしたの?」

『ド、ドロシーがさ、攫われた! すぐに探すの手伝ってほしいんだ!』

「ちょっと落ち着いて、エマちゃん。どういう事? ドロシーが攫われた? 誰に?」

『分かんない! 分かんないけど、突然消えたの!』

「消えた……ドロシーちゃんだけが?」

『ううん、桃が、黒い覆面してた奴二人がドロシーを攫ったって、でも、誰かは分からないよ!』

「なるほど。エマちゃん、桃はそれを見てたの? 他に何か犯人に特徴はなかったか聞いてみて」

『わ、分かった! ちょっと待ってて……え? 模様があった……? 背中に? あの模様⁉ あ、もしもしごめんなさい! 桃が、ドロシーを連れてった奴らの背中にマリカ教会の模様があったって……ねぇ、どういう事……?』


 グス、と鼻をすすりだしたエマに、ノアは出来るだけ優しく言った。


「桃は教会の模様が犯人の背中にあったって言ってるんだね? じゃあエマちゃん、その服は誰でも簡単に手に入るのかを調べてみてくれる? 僕達は今皆でフォルスに居るんだけど、今君達はマリカに居るんだよね?」

『うん、そう……ひっく……すぐ、来れる?』


 ノアと今までに話した事なんてほとんど無い。それなのに、何故か不思議と頼りたくなってしまうのは、ダニエルが真っ先にノアに連絡をしろ、と言ったからだろう。


「これからすぐ出るよ。フォルスからマリカ教会は近いから、夕方には着くと思う。まずは警ら隊に連絡をして、他に誰か目撃者が居なかったかを探すんだ。それから、何か他にも不審な事は無かったか、それも聞いて回っておいてくれる?」

『ん……分かった。ぐす……待ってる』

「うん。それから、これは皆に伝えておいて。絶対に一人にはならない事! ちゃんと一つの場所で固まっていて。いい?」

『うん』

「それじゃあね、切るよ? すぐ向かうからね」

『ん……ありがとう……』

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