第三百五十七話 初めてのバセット家
苦笑いを浮かべたカインに、アリスがジリジリと詰め寄って来た。
「確認って何のです? 何を確認する必要が?」
「怖いし近い近い! 爵位の件を確認に行ったんだよ。家系図を見に行ったついでにバセット家の爵位の話が出たんだ。ほら、もしかしたら既に現当主のアーサーさんに話がいっちゃってて、それ受けちゃってたら困るでしょ? だから念を押しに行ったの。まだ受けないでって」
「な~んだ! そっか、だよね! 今受けちゃったら困るもんね! 父さまうっかりさんだからな~」
「お嬢様にそれを言われるのはアーサー様も心外だと思うのですが」
「なにおぅ!」
「……お前たちはいつも平和だな」
さっきまでの話を思い出したルイスがポツリと言うと、キリがチラリと視線を寄越した。その目は何か言いたげだ。もしかしたらキリのサーチにアリスの事も追加されたのかもしれない。
そう思ったルイスは、キリに小さく頷いて見せた。それを見たキリもまた頷いて、いつもの様にアリスの頭にげんこつでグリグリしている。
もしも今までもこんな風にステータスに追加されていっていたのだとしたら、それでも何も変わらず接するキリは相当な役者である。
「そう言えばさ、王子はいいとして次期宰相、ちょっと話があるんだけど」
「何故俺を仲間外れにするんだ!」
「ルイス、落ち着いてちょうだい」
拳を振り上げるルイスをキャロラインは宥めつつ、困ったようにリアンに続きを促した。
「ん? どうかしたの? リー君」
「うん、ドロシー誘拐計画立てるの手伝ってよ」
リアンの言葉にルイスとカインは顔を見合わせて、全く同じタイミングで叫ぶ。
「「はぁ? ドロシー誘拐計画ぅ⁉」」
同時に叫んだ二人にリアンは顔を顰めて耳を塞いで言った。
「そ。で、そのままほとぼり冷めるまでドロシーを隠すの」
「な、な、何でそんな話になったんだ?」
震えながら言うルイスに、カインは何かに気付いたように手を打った。
「もしかして、あちらに誘拐される前に先にこちらで誘拐事件を起こしてしまおうという事?」
「さっすが。次期宰相は冴えてるね。シエラに聞いたんだ。ルートストーリーは誰が起こしても認識されるって。だからダニエルは外から来た人間が起こした事件でもちゃんとエマとのハッピーエンドに繋がったんだって。だったら、ドロシーの誘拐事件だって、向こうに攫われる前に起こしてしまえば、オリバールートにそのまま入る訳でしょ?」
「なるほど。で、ストーリーを破綻させないように先に進めてしまおうと言う事か」
「当たり。どうもシエラの話では、ゲームの強制力はこの島全土にかかってるみたいなんだよね。だから、この計画が上手くいけば、ゲームが終わるまでは強制力が逆にドロシーを守ってくれるみたいなんだよ」
「なるほど……俺達がフラグ折って回ったみたいな事が起こるって事か……」
「そうみたい。だからそこを逆に利用としようと思ってさ」
それを聞いてようやくルイスがソファに腰を下ろす。
「その計画なんだが、俺は実行犯からは外しておいてくれ。上手くやれる自信が皆無だ」
「大丈夫、王子達とアリスは元から外れてるから。絶対顔に出ちゃうだろうし、適任なのはキリとかユーゴさんとかルーイさんだよ。表立って顔バレしてる人達は今回は絡まないようにするつもり。何かあったら困るし」
もちろんお芝居での誘拐事件だが、どこからどんな噂が立つか分からないのだから、ルイスやキャロラインに変な事はさせられない。それならば、あまり名前が出ていない人達で実行するのが一番良いに決まっている。
「では、決まりですね。私とユーゴさんが犯人役をします。そのままバセット領にドロシーを拉致するので、モブさん、助けに来てください」
「っす」
誘拐された先がバセット領なら色々と安心である。噂でしか聞いた事がないが、領地内を狼が闊歩しているというのだから大丈夫だろう。
「あ、ねぇモブ。そうと決まればモブの匂いの染みついた枕カバーとかちょうだい」
突然のアリスの言葉にオリバーは顔を顰めた。
「え、嫌っす。何でなんすか」
「お嬢様、主語からちゃんと話しましょう。スタンリーさんにいつも言われているでしょう?」
「そうだった! うちの狼達にモブの匂い嗅がせたいから枕カバーちょうだい」
すかさずテヘペロをするアリスに、キリのげんこつが降ってくる。ちゃんと言ったのに! 何故殴る⁉
そんなアリスの心の声が聞こえたかのようにキリが申し訳なさそうな顔一つせず言う。
「すみません、何かイラっとしたので。そういう訳なのでモブさん、枕カバーの提出お願いします。あ、洗わないでくださいね。そのままでいいいです」
「……っす」
何となく嫌だが、狼に噛み殺されるのはオリバーとて嫌である。渋々頷いて翌日、キリに枕カバーを渡したのだが、渡したあとにリアンに言われた。
『あんたも馬鹿正直だね。何も本当に枕カバー渡さなくても、ハンカチとかで良かったでしょ。おまけにそんな使えない枕カバーなんてもらっちゃってどうすんの』
と。全くもってその通りである。相手は狼なのだから、匂いを覚えるのなどハンカチで十分なのだ。渡した枕カバーの代わりにキリに渡されたのは、どこにも枕を入れる所がない、アリスお手製枕カバーという名の雑巾だった――。
無事にバセット家に辿り着いたノアとシャルルは、誰にも見つからないようにコソコソと裏口から回り込んで、まるで盗人のようにバセット家に侵入していた。
裏口のドアを開けていつものように家の中に入ろうとして、ノアがピタリと足を止める。裏口を開けたすぐ内側で、待ち構えていたように驚くほど大きな狼が居たのだ。
「ノ、ノア? あなたの家、室内で狼を飼ってるんですか……?」
すかさずノアの後ろに体を滑り込ませたシャルルは、ありえないほど体高の高い狼を見て息を飲んだ。フォルスにも狼は居るが、ここまでは大きくない。というか、これは本当に狼?
「いや、流石にうちも狼は室内では飼わないよ。ていうか、もしかして君、ヴァイスの兄妹?」
低い唸り声をあげるバカでかい狼はどう見ても普通の狼ではない。これはダイアウルフだ。まだ若そうな見た目から、おそらくヴァイスの兄妹なのだろう。
「ぐるるるる」
低い唸り声で近寄ってくる狼に、ノアは腕を組んで狼に向かって笑顔を浮かべる。
「誰に向かって唸ってるの? 今すぐ追い出しても構わないんだよ?」
「ぐる……くぅん」
「……」
その言葉を聞いて狼はノアの前に大人しく伏せた。それを見ていたシャルルは引きつってノアに言う。
「あなた、もしかして服従系の魔法を使えたりします?」
洗脳系に近い魔法だが、服従系はもっと質が悪い。何となくだが、ノアなら使えたとしても不思議でもない。そんなシャルルにノアは笑顔で言った。
「嫌だな、使えないよ。そんな魔法。ところで、どうしてうちにダイアウルフが居るのかな?」
首を傾げたノアに目の前のダイアウルフが小さく鳴いた。そのお腹が少しだけ膨らんでいる所を見ると、どうやら妊娠しているようだ。まさかとは思うが、ここで産むつもりか!
ノアは頭を抱えて大きなため息を落とした。こうやってまたおかしな事になっていくのだな、と。
「ねぇシャルル、他のバセット家もこんなだったの?」
何故こんな事になってしまうのか本気で分からない。もしかしてそういう設定だったのかと思う程だ。
そんなノアの疑問にシャルルはすぐさま首を振った。
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