第三百五十一話 前世の記憶

「だから今回のアリスはゲームが始まる前に思い出したのかもしれませんね」

「どういう意味?」

「あなたが居たから。全てを知っているあなたがアリスの目の前に現れた事で、アリスは何かを思い出したのかもしれません。だって、寝ぼけて琴子時代の物を小さい時から書いたりしていたんでしょう?」

「そう、だね」


 言われてみれば、アリスは思い出す前から寝ぼけて色んな物を書いたりしたりしていた。それを面白がっていたが、実際はそうではないのかもしれない。この世界にやってきたノアが、幼いアリスに何かを言ったか、したか……。


「僕はアリスに何か言ったのかな……だから思い出した?」

「かもしれません。あなたの記憶が無いので何とも言えませんが、アリスのスイッチを押したのはあなたかも」


 そう考えると全てに納得がいくのだ。今までのアリスは側にノアが、ゲームの事を知っている人間が居なかった。


 けれど、強制力が魔法で出来ていると分かった今、その魔法をノアが解いたのだとしたら、アリスがゲームよりも前に思い出した理由にも説明がつく。とは言え、随分時間がかかっているが。


「やっぱり僕の記憶が鍵なのか……ああ、もう。困ったなぁ」


 ノアは机に頬杖をついて大きなため息を落とした。


「ふと思ったんだけどさ、もしかして偽シャルルってそれを確かめるためにアリスちゃんの前に姿を現したんじゃないか?」

「一番初めにアリスの前に現れた時の事?」

「そう。思い出したかどうかを調べる為にさ。そう考えたら、偽シャルルは敵ではない、よな?」


 カインの言葉に皆がまた考え込む。分からない事だらけである。最早どれから手をつければいいのか。


「とりあえずさ、出来る事やってくしかないって事だけは分かったよ。今一番危ないのはドロシーだよね。そこどうにかした方がいいんじゃないの?」


 リアンの言葉に、それまで考え込んでいた全員が頷く。


「それはそうですね。あと、最後の決戦の後に本格的なゲームとは関係ない戦いがあるかもしれない、とも思っておいた方が良さそうです」


 作り物ではない、本気の戦争が起こる覚悟もしておかなければならない。シャルルの言葉に皆は無言で頷いた。それまでに解決してどうにか女王を捕まえたい所である。


「あ! 忘れてた!」


 突然、アリスが叫んだ。その声に仲間たちは体をビクつかせ、アリスを見る。


「アリス、急に叫んだら驚くでしょ? で、どうしたの?」

「手紙だよ! 師匠に渡す手紙書いたのに、偽シャルルに渡すの忘れちゃった!」

「ああ、本当に書いたんだ。どっかに置いといたら勝手に持ってってくれるんじゃない?」

「どうやって?」

「さあ?」


 そもそも、偽シャルルはどうやって手紙を届けるつもりだったのか。姿を現せないのに、そんな事が果たして出来るのだろうか? 謎である。


 と、その時、ヒラリと一枚の紙が落ちて来た。紙の隅にはあのフラグで出現した小道具たちと同じように、花冠の印刷がされている。


「ど、どうしてこれがここに……ん? アリスあてみたいだな」


 紙を躊躇う事なく拾ったルイスは、内容を読んでアリスに渡した。それを受け取ったアリスは、ふむふむ、と頷いている。


「兄さま、偽シャルルからのお手紙だったよ。あの黒い本が入ってた所に手紙入れとけって」

「……あそこは一体どこに繋がってるの?」


 まるで、かの有名な引き出しのようだ。そこまで考えてノアは、はたと気付く。あれは何だった? 何かのキャラクターだったような気がする。確か青くて丸い……。


 こんな事が前にもあった気がする。そう、ノアだけが知っていたあの有名な童話の話だ。


「キリ、大分前に僕が言った童話のタイトル、覚えてる?」

「? いつ頃の事でしょう」

「フィルちゃんが初めてアリスの歌を聞いた時、僕が裸の王様って童話の話、したよね?」

「ああ、確かリアン様が素直な人にしか良さが分からないんじゃないか、とか何とか言ってた時ですよね?」

「そう。あれ、多分琴子時代の童話だと思う。アリス、裸の王様って童話、知ってる?」

「う~ん……童話は分かんないかも……」


 それを聞いてノアは頷いた。やっぱり、アリスはキャラクターなのだ。


 そして転生しているのはノアだ。あの童話を十六歳になるまでタイトルも知らないなんて、中々珍しいと思うから。


「なるほど……僕はちょこちょこ思い出してるって事か。何の気なしに」

「どういう事ですか?」

「そのまんまの意味だよ。そこから僕に繋がるかどうかは微妙だけど、じゃあもしかしたら僕が暗闇が苦手なのもそこに関係あるのかな」


 何故か真っ暗な場所が苦手なノア。ほんの少しの明かりでもあれば大丈夫だが、完全な闇は怖い。


「それはさ、幽閉されてたからなんじゃないの? 夜になると真っ暗だろ?」

「うーん……そうなのかな?」


 レヴィウス時代の話ではないような気がするのだが。ノアは首を捻った。やはりここは母親に何かヒントをもらうしかないのだろう。こうなったらアーサーにも話してしまおうか。


 そう考えたノアはそれをアリスとキリに告げた。


「そ、そ、それしちゃったら兄さま追い出されるんじゃないの⁉」

「そうです! 何言ってるんですか! 絶対にダメです!」

「う、うん、ごめん。じゃあもう少し黙っとく」


 二人に詰め寄られたノアは何度も頷いて詰め寄って来る二人を押さえた。そんな光景を見ていたカインがふと口を開いた。


「別に聞かなくてもさ、城に行ってお前んちの家系図見せてもらえば? どうせもう王達にはバレたんだし、今なら見れるんじゃない?」

「その手が! シャルル、僕をお城に連れてって」


 そう言えばそうだ。城では全ての貴族の家系図が管理されているはずだ。万が一にも系譜詐称などが起こらないように。その事を思いだしたノアがシャルルに詰め寄ると、シャルルは驚いて頷いた。


「そ、それは構いませんが、あなただけ行ってそんなもの見せてもらえます?」

「もちろん、ルイスも連れて行くよ。何ならカインも」

「俺達は別に構わんぞ」

「俺もいいよ。それにもっかいちゃんと見ときたいしね」

「そういう訳だからシャルル、よろしく!」

「は、はい。じゃあシエラ、少し待っていてもらえますか?」


 両手をノアに強く握りしめられたシャルルはたじたじと頷いてシエラに言うと、シエラは笑顔で頷いた。


「もちろん! 気をつけてね」

「兄さま、行ってらっしゃい。すぐ帰ってきてね!」

「うん、見て来るだけだから。皆に迷惑かけないようにね」

「はぁい」

「では、行きましょうか」


 シャルルはそう言って、妖精のメモ帳にお願いごとを書き込んでノアとルイスとカインの服を掴み、そのまま目の前から消えてしまった。後には金色の粉が舞っている。

 


 部屋に残された一同は、それぞれに大きなため息を落とす。


「皆、お茶のお代わりでも飲む?」


 キャロラインの言葉に皆はコクリと頷いた。それを見てミアとキリとトーマスがお茶の準備を始める。


「あなた達も座りなさいな。ずっと立っていて疲れたでしょう? もう一脚ソファを用意すべきね。ミア達も、それが終わったら座ってちょうだい」


 そう言ってキャロラインはユーゴとルーイ達も座らせてもう一度ため息を落とす。


「飢饉は大丈夫かしら……洪水もドロシーも心配だわ。今までは時期も分かっていたし、まだ安心も出来たのだけれど……」

「ですよね……ちょっとずつズレて来ちゃってて、いつ起こるのかも分かんなくなっちゃってるし……もう私のゲームの知識もあんまりあてにならないかも……」

「っすね。やっぱ俺、ドロシーん所に行った方がいいかもっす」


 もう母親に心配かけるから、とか言ってられない。


 女王が暗躍していて、さらにその女王がドロシーに目を付けたなどと聞いたら、居ても経ってもいられない。オリバーの言葉にリアンは神妙な顔をして頷いた。

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