第三百四十七話 自分で作った初めての友達

 その声を聞いてミカはやれやれと言った感じで立ち上がり、ふと笑みを零した。


『レスター坊は厄介なのを連れてきたのぉ』

『!』


 レスター坊と呼んだミカに思わず抱き着きそうになる衝動を堪えて隣のカライスを見ると、カライスも目を細めている。


『カライス、お前は本気か?』


 ハーデの言葉にカライスはコクリと頷いた。そんなカライスの態度にハーデはやっぱり一つだけ頷いて、レスターを見る。


『レスター王子、カライスを頼みます』

『! はい! こちらこそ、よろしくお願いします!』


 まだカライスだけだが、エントマハンターが仲間になってくれた! これでレスターはちょっぴりだけど、胸を張って帰る事が出来る。


 何よりも、皆にカライスとロトとルウの事を紹介したい。自分にも素敵な友人が出来たのだ、と。自分だけの力で友人を作る事が出来たのだ、と。

 

「人間界はそんな事になってるのか?」


 ルウは大きすぎて家に入れなかった為、村の広場の真ん中に座り込んでお茶をすすりながら言った。しかし小さなカップだな! そう言ったルウにミカは、お前が大きいんじゃ! と言って怒鳴る。


「そうなんだ。オピリアっていう植物も外から持ち込まれたみたいだし、その犯人も掴まってないのに、虫害が増えて来てる。このままじゃダメだって分かってるんだけど、僕達だって虫を殺してしまいたい訳じゃないから困ってて」

「そうなのか? こんな言い方したらあれだけど、人間は簡単に虫なんて殺す薬作れるだろ?」


 カライスの言葉にレスターは頷いた。そういう薬も出来ると聞く。でも、それはアリスとノアが許さなかった。


「それじゃあダメなんだって。出来れば共存をしたいって言ってた。ノアがね、気候とかその年の餌の量とかで特定の虫が増えるのは仕方ない。でもだからって永遠に増え続ける訳じゃないんだから、殺してしまうのはどうかと思うって。だから君達にお願いに来たんだよ」

「なるほどな。確かに俺達の力は虫除けってだけだからな。殺虫効果はないんだ」

「うん、そこがいいんだよ」


 そう言って笑ったレスターにカライスは泣きそうな顔で笑う。


「楽しみだな。早く皆に君達を紹介したいよ、ね? カライス、ロト」

「俺もレスターの友人に会いたいぞ!」

「お、俺もか⁉」

「当然だろ! 俺達はもう親友だ! 運命共同体だぞ! どこまでも一緒だ!」


 胸を張ったロトにカライスはおかしそうに涙を浮かべて笑って頷く。


 そんなカライスをミカは目を細めて、ハーデは戸惑ったような顔をしていた。そしてそれは、他の仲間たちもだ。気がつけば村の者が皆広場に集まってきていて、じっとレスター達の話に聞き耳を立てていたのだ。


『カライスは幻の島に行くのか?』

『らしい。向こうで小麦に虫がついて困ってるそうだぞ。その為に俺達の力が必要らしい』

『俺達の力って、それが原因で迫害されてんのにか?』

『や、でもこの状況でそれ言えるか? 俺達は本当に迫害されてんのか?』


 信じられないとでも言いたげな顔をして辺りを見渡すと、乳飲み子を抱えたエントマハンターの側に花の妖精が寄って行って、その頬を突いて喜んでいる。赤ん坊は頬を突かれた事を喜び、そんな様子を母親は嬉しそうな泣きそうな不思議な顔をして見ていた。


 違う所ではエントマハンターの青年がむき出しになった二の腕をさっきからしきりに岩の妖精に撫でられて戸惑っている。


『何食ったらこんなムキムキになるんだ……しかし綺麗な色だな。俺なんて見て見ろ、このツヤのない灰色……ゴツゴツだし……』

『お前は岩だからしょうがねーだろうが! いやでもほんとに綺麗な色だな。ちょっとそこで回ってみてくれ』


 言われるがままに青年がグルリと回ると、光の加減で肌が光る。それを見て鉱石の妖精たちは手を叩いて喜んでいる。


『……案外、簡単な事なんじゃなぁ……』


 ポツリとミカの言った言葉にハーデはようやく諦めたように頷いた。


 ああは言ったが、ハーデだって若い頃はカライスのように無茶をしようとしてミカにこっぴどく叱られた身だ。だからカライスの気持ちも分かるし、里を守りたいという長老の言い分も分かる。


『爺ちゃん、父さん、俺はレスター達と行く。レスター達がやろうとしてる事が成功したら、その時は俺が呼びに来るから、その時は皆で一緒に行こう。それまで俺が人間と縁を繋ぐ』


 カライスの言葉に若いエントマハンターは目を丸くしてゴクリと息を飲んだ。そして誰からともなく手が上がる。


『俺……俺も行っていいか?』

『お、俺も!』

『私も見たい! 外の世界!』


 次々と上がる声にレスターは目を輝かせ、ロトとカライスは驚いていた。


 ついでに同じようにそっと手を上げようとしたルウの手を、ロトは必死になって止めている。


『お前はダメだ。ダメだぞ!』

『何故だ!』

『せめて小さくなれるようになってからだ!』

『ロトめ、自分がチビだからって偉そうに。見てろ、半年で小さくなってみせる! ミカ、修行に付き合え!』

『何故ワシなんじゃ! 他の者に付き合ってもらえ!』


 こう見えてミカもいい歳だ。老体に鞭を打ちたくない。


 そんなミカとルウのやりとりに誰ともなく笑い声が漏れた。ルウを哀れに思ったのか、花の妖精や鉱石の妖精、そしてエントマハンターまでもがルウに力を貸してやるから、と言って彼女を慰める。


 レスターはそんな光景を見ていそいそとスマホを取り出した。すぐに皆に報告しなければ!

 


 フィルマメントにカインがすぐさま電話をして様子を聞くと、フィルマメントからは意外な言葉が帰って来た。


『レスターはどうやら上手くやったみたい。フィル達、ハンターの里の入り口まで来たけど、何か楽しそう。任せておいて大丈夫だと思う』

「そっか、良かった。途中で切れたから何かあったのかと思ったんだ。そっちはどう? やっぱりフェアリーサークルは増えてる?」

『増えてる。しかも規模がどんどん大きくなってて、フィル一人じゃ対処出来ない所もある。パパに相談して、魔力の強い妖精を集めてる』

「分かった。やっぱり誰かが外で手引きしてるんだな……ありがとう、フィル。帰ってきたらフィルの好きなお菓子沢山用意しとくよ」

『うん! カイン、やっぱり大好き』

「はいはい、ありがとう。それじゃあ、くれぐれも気をつけてね」


 そう言って電話を切ったカインはルイスの部屋に戻り、今フィルマメントに聞いた話を皆に話した。


「なるほどね。まぁ妖精界で起こってる事は僕たちにもどうしようも出来ないもんね。でもエントマハンターとレスター王子が無事に会えたのは良かった。やっぱりレスター王子に行かせて正解だったね」

「本当に、何事も無くて良かったわ!」

「ああ、そうだな」


 手を組んで喜ぶキャロラインをルイスは眩しそうに目を細めて見ている。やっぱりキャロライン程、情に厚い人は居ない。血の繋がりもないレスターの事をここまで喜べるなんて、本物の聖女だ。


「とりあえず、僕達は明日からの事を考えよう。ライラちゃんは教科書について宰相様から何か連絡があったんでしょ?」

「そうなんです。お猿さんシリーズの原本が全て欲しいと言われたので、明日ベルと送りに行く予定なんです」

「そう、じゃあ他のが世に出るのも時間の問題だね。あと、ドロシーにも見張りがついたよ。それについてちょっと話したい事があるってシャルルが言ってたから、今日はもう遅いし、明日昼から集まれるかって」


 手帳を開きながら言うノアに皆頷いた。明日は休みだ。いつもなら会議の時間まではそれぞれの時間を過ごしているが、もうそんな悠長な事は言っていられない。


 自分達が卒業するまでに、片づけなければいけないが山ほどあるのだから。どうやらそれには流石のルイスも気付いたようで、ふと口を開いた。

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