第三百三十九話 長すぎる片思い歴

「はぁ⁉ 親子三人で今更川の字で寝ろって⁉ どんな拷問だよ! 俺は馬車で寝る!」


 そう言って最後までゴネたが、それもまるっと無視されて、王宮からやってきていたメイド達に急かされてダニエルは引きずられるように部屋へと連れ去られてしまった。可哀相が過ぎる。


「私達は同じ部屋でいいわよね?」

「もちろん!」


 コクリ。


 マリーとエマとドロシーは久しぶりの三人部屋に喜んだが、あぶれたフランはケーファーとコキシネルと同室になった。


「フランか……寝相とイビキが心配ダ」

「ウン。怪獣みたいだったら部屋から追い出ス」

「追い出さないでくれ! 頼むから!」


 縋りつくフランを引きずるように三人も部屋から退出してしまった。残されたのはバセット家だ。そんな三人を見てキャロラインとカインが言った。


「あなた達はどうする? 今までは兄妹だと思っていたから同じ部屋だったけど……」


 そう言ってキャロラインはノアとアリスを見た。この二人に何かあるとは思えないが、一応ここはやはり部屋を分けた方がいいのだろうか? となるとアリスはキャロラインと同室……か? ライラが居れば救いだが、ライラもまた家族と同室になってしまった。アリスとの同室は勘弁したいキャロラインである。


「だよな……う~ん……ノア、そこらへんどうなの?」


 自制心はきくの? と言いたかったカインだが、女子がいる手前はっきりとは聞けないカインである。そんなカインとキャロラインにノアは軽く笑った。


「何を心配してるのかと思えば! 大丈夫だよ、今まで通りで」

「そうなのか?」

「そうなの?」

「うん。だって、アリスまだ僕の事兄としてしか見てないし……」


 ポツリと言ったノアの顔は、今までのどんな時よりも悲しそうだった。それが何だか余計に切なくなる。


「ノア……あなたも苦労するわね」

「……お前も大概、荊の道を歩んでるよな……」


 一体何年越しの片思いだよ、と言いたくなるがそれはあえて伏せておいた。外の世界も合わせたら、多分物凄い片思い年数だ。


「私、兄さまと一緒に寝る~! キリ一人でベッド使っていいよ!」

「それは助かります。ありがとうございます」

「……ごめん、毛布もう一枚用意しといてくれる?」


 呑気な二人にキャロラインは肩を竦め、カインは同情的な視線をノアに送る。


「容赦のない妹と従者を持つと大変だなぁ」


 ポツリと言ったカインの脇腹を、隣で聞いていたオスカーが黙って小突いた。何でもそつなくこなすノアだが、この二人にはとても弱い。そういう意味では一番可哀想な役回りである。


 そんな訳で、バセット家はいつも通り三人部屋になり、明け方にやっぱりノアがアリスにベッドから叩き出されたのだった。

 



 湖の妖精ジールに見送られ、レスター達はエントマハンターを探して南へ向かっていた。


 最初はヴァイスと二人きりだったレスターだったが、ロトが仲間になり、ジールからレスターを守れと言われたからかどうかは分からないが、湖を出た辺りから生まれたばかりの湖の妖精達が何だか面白そうだと沢山くっついてきた。


「ばいす~すき~」

「ぼくも~ばいすすき~」

「あたしれすたーすき~」


 覚えたての言葉が楽しいのか、そんな事を言いながら妖精たちはヴァイスとレスターにしがみついてくる。あっちこっち引っ張られてヴァイスはたまに困ったようにキューンと鳴いているが、そんなヴァイスも妖精達に悪気が無い事が分かっているのか、決して追い払ったりはしない。


「全く、うるさい奴らだぜ」


 ロトはそう言ってレスターの肩の上でパンを齧っている。


「賑やかで楽しいよ。ロト、ジャムもリュックに入ってるから開けていいよ。皆にも分けてあげてね、そろそろテント張ろう」

「おお! あの甘い奴だな! よいしょっと。しょうがねぇな。チビども、ほら並べー」

「きゃぁ! じゃむー!」

「ぱんにぬるのすきー!」


 キャアキャア言って列を作る妖精達を眺めながらレスターはニコニコと今日の寝床にテントを張り出した。きっとそろそろ日が落ちる筈だ。


 ここに来てかれこれ二週間。もうすっかり妖精界の生活にも慣れてしまった。意外とすぐに順応するレスターである。


 妖精界は本当に不思議な所で、ずっと日が落ちない日もあれば、一日中夜の日もある。夕方ばかりが続く日もあり、太陽が二つ同時に上る日もある。ロト曰く、どちらかが偽物の太陽で、あれも大きな妖精なのだと言っていた。とにかく妖精界は不思議に満ちている。そんな所を自由に旅できるのはとても貴重だ。


「皆、ちゃんとご飯持った? いただきます、するよ」


 テントを張り終えてお湯を沸かしたレスターは、アリスに持たされたレトルト食品を温めつつ皆に声をかけた。


「おう、いいぜ。おいチビ! まだ挨拶してないだろ!」

「いたぁい! ロトがぶったぁ!」


 挨拶もせずに食べようとした妖精にロトがげんこつを落とす。それに泣き出す妖精。何だかとても平和である。


 レスターは温まったシチュー(今日はクリームシチューだ)を器に入れて皆の前に差し出して言った。


「喧嘩しちゃダメだよ。挨拶はすっごく大事なんだよ。だから皆もちゃんとしようね」


 レスターの声に妖精たちはシチューの器を囲んで座り、口々に挨拶をして我先に、とシチューの中にパンを千切って突っ込んでいる。


「ロトもありがとう、嫌な役やらせてごめんね」

「お、おう、いいって事よ! そういうのは俺様に任せとけ! ほらヴァイス、お前のジャーキーな」

「ウォウ!」


 いつもの様に皆で食事を囲む小さな友人たちにレスターは目を細めながら、今日もレトルトのシチューに舌鼓を打ってテントに入った。


 深夜、突然外で見張りをしていたヴァイスの唸り声で目を覚ましたレスターは、パチリと目を開いた。


 レスターの寝袋の中には小さな妖精達がぎっしり詰まっている。このおかげで毎晩とても暖かいレスターだ。思わず笑みを零しそうになったレスターは、それどころじゃない事を思い出して慌てて寝袋から皆を起こさないように這い出て、短剣を手にしてテントを出た。


「ヴァイス、どうしたの?」

「ウォウ! ウォンウォン!」


 レスターの問いにヴァイスは真っ暗な林に目を向けた。レスターがそちらを見ると、何かがじっとこちらを伺っている。キラリと光るのは矢だ。夜目がきくレスターは目を凝らしてその正体を真正面から見つめていた。その時、フラリと矢をつがえていた何かがその場に倒れたのだ。


「大変! ヴァイス、行くよ!」

「ウォウ!」


 レスターはヴァイスに飛び乗って林の入り口まで駆けて行こうとすると、突然目の前の川から綺麗な大きな女の人が姿を現した。とはいえ、ジールよりは小さい。


「止めとけ。あいつはルールを破った。だから制裁を受けた」


 大きな女の人はそう言ってレスター達の行く手を阻んだ。レスターはそれを聞いて大きく首を振った。


「それは僕には関係ないよ! 目の前で誰かが倒れたら、僕は僕のルールに従って助ける!」


 言い切ったレスターに、女の人は一瞬キョトンとして続いて笑い出す。


「ジールの言う通り、威勢がいい。それがお前のルールだと言うのなら、私に止める権利はないな。ほら、行くといい」


 女の人は目の前の大きな川の流れを止め、その表面を凍らせてくれた。橋が無いから最悪泳がなければならないかと思ったが、どうやら女の人は手助けしてくれるようだ。


「あ、ありがとう!」


 レスターはお礼を言って倒れた人の元に向かった。

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