第三百二十四話 チャップマン商会のアジト候補

 レスターを送り出してから数日後、フィルマメントからレスターを心配する電話があった。


『レスターから何にも連絡ないけど、大丈夫ナノ?』

「それがね、思ったよりも元気そう、ていうか、楽しそうだよ」


 最初は心配していたレスターの妖精界入りだったが、思いのほか妖精たちとレスターは気が合うようで、エントマハンターの事を話すと意外な事に皆、嬉々として探してくれているそうなのだ。


 何だか聞いていた話と随分違うなと思いながら、レスターはその好意に甘えているらしい。それを聞いたアリスが腕を組んで頷いていた。


『攻略後のレスターは愛されキャラだったからね! そりゃもう可愛かったんだから』


 などと言っていたので、きっと妖精界でも可愛がられているのだろう、きっと。


 苦笑いを浮かべたカインにフィルマメントは安心したように頷いた。


『エントマハンターは、もしかしたら人間との方が付き合いやすいかもしれナイ』

「どうしてそう思うの?」

『彼らを迫害したのは妖精だから。妖精の事は嫌いかも……』

「それは違うんじゃない? レスターの話を聞いてて思ったんだけど、多分双方に誤解が生じてるだけだと思うな、俺は」

『誤解?』

「そう。まぁなるようになるって。フィルはあんまり考え込まないように。あと、ちょっと手が空いたらそろそろ一回帰ってきなよ」


 フィルマメントが妖精界に行ってからというもの、何となく肩が寂しいカインである。つい癖で誰も居ない肩に向かって話しかけてしまう事もしばしばある。そんな事を無意識にしてしまう程度にはカインも寂しいのかもしれない。


 カインの言葉にフィルマメントは満面の笑みで頷いた。


『うん! フィルもカインに会いたい!』


 自然に帰っておいで、と言われたのが嬉しかったフィルマメントが笑うと、カインはそっと視線を逸らしてくる。小さな画面を凝視すると、どことなく横を向いたカインの耳が赤い。それを見てさらに笑みを深めたフィルマメントに、カインはぶっきらぼうに言う。


「そういう訳だから、レスターの方は何も心配いらないよ。でも、情報はレスターに伝えとくよ。ありがとう、フィル」

『あ、あとレヴィウスの内戦してる相手がわかったよ』

「内戦の相手?」

『うん、何かね、レヴィウスの王妃様が大きな教会と戦争してるんだって』

「レヴィウスの王妃が? なんでまた」

『そこまでは分かんないんだけど、勇者がその教会と戦ってるみたいだから、王妃様は勇者と仲間なのかなって』

「なるほどな。情報ありがとう。フィルも気をつけてな」

 

 外の世界の話も気になるが、今はこちらも手一杯だ。とりあえず今はメインストーリーをこなさなければ。


 カインはフィルマメントにお礼を言って笑うと、フィルマメントから満面の笑みが返ってきた。


『うん! じゃ、明日帰るね!』

「あ、明日? ……早いね。わかった。それじゃ」


 確かに一度帰って来いとは言ったが、まさか明日戻ってくるとは思っていなかったカインは、苦笑いを浮かべてフィルマメントの好きな塩ラーメンの手配をしておこう、などと考えつつ電話を切って、皆が集まっているルイスの部屋に向かった。


 カインがルイスの部屋に行くと、机の上に並べたレトルトと缶詰を前に仲間たちは頭を突き合わせて話し込んでいた。


「つまり、これは温めるだけで食べられるという事か?」

「そうなんだ。まぁでも熱処理と空気を抜くっていう工程が必須だから、なかなか量産は難しいかもなんだけど」

「便利ね。このパン、一度全部出してみてもいいかしら?」

「いいですよ! 出したら戻らないので食べきらなきゃですけど」

「その注意書きは必須だね。あ、あとさ、あのフライドポテト、あれすっごい評判良いみたいだよ。ついでに案の定学園の冷蔵庫も一個冷凍庫になったって」


 リアンは目の前で四苦八苦しながら缶からパンを取り出すキャロラインを見ながら言うと、アリスは大きく頷く。


「昨日ザカリーさんから電話あったよ。単品でも受けがいいけど、やっぱセットにしたらめちゃめちゃ売れるって」

「実は私もね、この間ハンバーガーのセットを頼んでみたの。ポテトは病みつきになりそうだったわ! ベルも凄く喜んでた」


 まだハンバーガーのセットが販売しだした初期の頃に一度だけ注文できたのだが、あれは美味しかった。あれから何度もハンバーガー争奪戦に参加しているが、ずっと負けっぱなしのライラである。その点友人の多いイザベラは伝手を駆使してちょくちょく買えているらしく、その度にライラに半分くれるのだ。流石スペンサー家の娘である。親が親なら子も顔が広い。


『本当はライラの分も頼みたいけど、個数制限に引っかかってしまうのよ。私と半分こでいい?』


 そう言って申し訳なさそうな顔をしたイザベラにライラが嬉しくて抱き着いたのは言うまでもない。


 一生仲良くなる事など無いと思っていたイザベラだが、今ではしょっちゅう二人で街に買い物に行く仲だ。たまにそこにアリスも混じるが、アリスがいるといつもイザベラはお淑やかさを忘れて怒鳴り散らしている。そんな様子を見てキリが、


『クラスの中での事はもうクルクル……間違えました。イザベラ様に任せておけば問題なさそうです』


 などと真顔で言っていたので、どうやらイザベラはキリの中では既にアリスの飼育要員に認定されているらしくてライラは笑ってしまった。


「後はどうやって冷凍で売りさばくか、だよね」


 リアンは手を組んでポテトの良さを語るライラをなだめつつ、首を傾げる。


「それだったら簡単じゃないっすか?」


 ずっとリアンの隣で聞いていたオリバーが言うと、視線だけをリアンに移す。


「大きな冷凍庫専用の荷馬車作ればいいんすよ」

「なるほど。でもさ、そうするとうちもいよいよ手が足りない訳だよ」

「だったらチャップマン商会自体もうちょっと大きくしてもいいんじゃないっすか? ていうか、そろそろそういう時期だと思うんすけど、いつまであのぼろ馬車でやってるんっすか?」


 どれだけ凄い商品を扱っても、ダニエルはずっとあの馬車で移動しているが、そろそろもっと大きな馬車に変えてもいいのでは? オリバーの提案にリアンも頷いた。


「それは僕もそう思う。ちょっとモブ、今度一緒にダニエル説得すんの手伝ってくんない?」

「構わないっすよ。ダニエルはあの馬車お気に入りっすもんね」

「困った事にね。やっと伯爵家に戻ったっていうのに、いつまでもあのおんぼろ馬車じゃちょっとね……あとアリス、何かいい馬車思いついたら教えて」


 遅くなりはしたが、無事にチャップマン家は伯爵位に戻った。そのおかげで他方から色々と言われるのだ。


「うん、考えとく。ていうかさ、そろそろお店をどっかに構えた方が良くない?」

「それも今考えてるとこ。ねぇ王子、どっか王都に格安で良い場所ない?」


 リアンの質問にルイスは腕を組んで考え込む。


「格安で良い場所か……だったら、俺の私邸を使うか?」

「……は?」


 リアンはルイスの私邸の場所を思い出して口をあんぐり開けた。良い場所どころか、王都の中でも一等地のど真ん中だ。


「どうせ使う予定もないしな。取り壊すか誰かに貸し出すか迷っていたんだ」

「いや……いやいや、王子あのね、値段がね、絶対エグいでしょ? 言っとくけど、そんな湯水のようにお金使えないからね! うちは」


 王都の一等地など、日割り計算したら一週間もしないうちに破産しそうである。青ざめたリアンにルイスは、まるで何ともないような顔をして笑う。


「俺とリー君の仲なんだから、金など取る訳がないだろう! むしろ使ってくれた方が有難いんだ。今は通いで王城からメイドを派遣して手入れしているが、流石にそれは無駄だという事に気付いてな。それに、家は誰かが住まないと痛むしな」

「ちょ、ちょっと待って! 無理無理! 絶対に無理だから! ていうか、あんたのその気前の良さは何なの⁉ ちょっと怖いんだけど⁉」

「リー君、ルイス様の良い所は今までそこだけだったんだから、ここは好意に甘えちゃいなって!」

「アリス、一言余計だぞ! 俺はもうじきA級おが屑だ。お前はまだ木っ端だろう?」

「ひっど! 自分で言ってる人なんてね、一生昇格できませんからね! 何ならルイス様も木っ端落ちですから!」

「な、なんだと⁉」


 立ち上がって睨みあう二人を見てノアは肩を揺らして笑い、カインは呆れた視線を向けている。

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