第三百四話 師匠が勇者??

 フランはあっという間にマリーの側までやってきて、柱にもたれるようにして今にも気を失いそうなマリーを抱きしめる。


「マリー! マリー!」

「フラン……あなたに何かあったらどうしようかって……私も後を追おうって……思って……」

「馬鹿言うな! 俺がお前達を置いていく訳ない! やっと手に入れた大事な華なのに!」


 呆然として確かめるように頬を撫でて来るマリーの手をフランはしっかりと握りしめた。そんなフランに縋りつくようにマリーは抱き着くと、フランの胸の中で声を上げて泣き出してしまう。


 そんな二人を、ドロシーはじっと拳を握りしめて見つめていた。良かった。そう思う反面、いつもこんな時に一緒に居てくれる桃が居ない。それがジワジワとドロシーの心を蝕んでいく。


 ドロシーはそっとその場から離れて診療所の裏口の階段に座って膝の間に顔を埋めて声を殺して泣いた。そんなドロシーにずっと寄り添っていたのは、ブリッジだ。声も泣くドロシーの隣にちょこんと座り、ただずっと寄り添ってくれていた――。


 その頃ドンは、馬で走るオリバーの後について飛んでいた。アリス達を迎えに行くためだ。


 アリスは最強だけど、もしかしたらどこか怪我をしているかもしれないし、何よりも推しのノアが心配なドンである。アランはまぁ、放っておいても大丈夫だ。多分。



 その頃アリス達は、あちこち手分けして洞窟内を探索していた。


 奴隷商人たちが消えて、フランとオリバー送り出した後、ふとノアが言ったのだ。


「ところで、あの人達は誰から逃げてたんだろうね?」

「警ら隊とかでしょうか? あちら側の」

「う~ん……それにしちゃ様子が必死すぎたかなって思って。元の場所に帰すって言った時も引きつってたし……」

「確かに」


 ノアの言葉にアランは深く頷いて腕の中の少女の頭を撫でた。


 流石に商品に手をつけるのは気が引けたのか思ったよりも傷は浅かったようで、アランの魔法も手伝って血はすっかり止まっている。今はアリスが常に持ち歩いている薬草と包帯で応急処置はしてあるのだが、やはり恐怖からか意識を失っていても時折苦しそうに声を漏らすのだ。


「何かないか探してみようか。見た所、ちょっとの間あいつらここに居たみたいだし」

「そうですね。コキシネルさん、この子をお願いできますか?」

「いいヨ」


 小さな体のコキシネルは、自分と同じぐらいの少女を軽々抱き上げると、あやすように少女の世話を焼いている。ああ見えて、面倒見はすこぶるいいのかもしれない。


「俺は向こうを探ス」

「うん、お願いね。アリス、君は僕と行こうか」

「どうして?」

「君の方向音痴っぷりは洒落にならないからだよ。アランはそっちをお願い」

「分かりました」


 こうしてみんなで手分けして洞窟の中を探し始めたのだが――。


「出るわ出るわ……こりゃあんなお仕置きぐらいじゃ生温かったかもね……」


 ノアはそう言って集められた物を見下ろして顔を顰めた。どうやらあの奴隷商はそこそこ大きな奴隷商だったようで、至る所から色んな物が出て来たのだ。その最たるものは妖精たちの羽根だった。


 ケーファーは集められた様々な形と色の羽根をかき集めて抱きしめると、その場に座り込んでしまう。


「何故こんナ……こんな事ヲ……」


 羽根は妖精にとって命の次に大事なものだ。これが無ければ空を飛ぶための魔力を失ってしまう。逃げる事も叶わず一生をあちらの世界で奴隷として送らなければならなくなってしまう。


 積まれた羽根の山を見てコキシネルの手も震えていた。もちろん、怒りだ。これが外の人間のしてきた事だ。


 そんな二人を見ていたアリスが、ポツリと言った。


「取り返そう」

「アリス? どうやって?」

「分からない。でも……こっちに来たら、絶対にこんな目には遭わないよ。だって、その為に色んな会社を立ち上げたんだもん」

「どういう意味?」

「魔法が使えなくても、生きていけるように。特殊な魔法の人がちゃんとお仕事出来るように」


 アリスの魔法は魅了だ。しかもすこぶる危険な奴だ。だから普段使いは出来ない。そんな人は、きっと沢山いる。リアンが言っていた。


『今までさ、魔力が弱すぎて使えないって言われてた人達の就業率が上がったんだってさ。ほら、魔法だけで工場動かしてないじゃん? それが良かったみたい』


 と。それを聞いてアリスは喜んだ。自分のような普段使い出来ない魔力の持ち主たちにもちゃんと居場所はあるのだ。それが立証する事が出来たのだから。


 それを聞いたノアは頷いて口元に手を当てて笑った。


「なるほどね。確かに人手は足りないって声は聞くけど、魔法を使える者が足りないとはどこも言わないもんね」


 アリスの言う魔法が無くても動かせる世界というのは、実はとても重要な事かもしれない。ノアが言うと、アリスは大きく頷いた。


「問題は、どうやって彼らをこっちに連れてくるか、ですね。羽根が無いと妖精たちは妖精界を通れないのでしょう?」

「そうダ。それこそ、フェアリーサークルを通るしかなイ」

「今の所、ここに来るにはフェアリーサークルを通るしか道はないヨ」


 大切そうに仲間たちの羽根を一枚一枚丁寧に丸めてポシェットに仕舞いながら、ケーファーとコキシネルは言った。それを聞いてノアは頷く。


「となると、妖精王に頼むしかないよね。でも向こう側にも仲間が居ないと厳しいんじゃないかな」


 そこまで言ってノアはハッと気付いた。


「偽シャルル! まだ見てるでしょ?」


 突然宙に向かって声を張り上げたノアにアリス達がギョッとしていると、さっきと同じように頭の中で声が聞こえて来た。


『そんなに叫ばなくても聞こえてますよ。で、誰を紹介してほしいんです?』

「随分話が早いね」


 まだ何も言っていないのに、偽シャルルはもしかして心でも読むのか? そう考えたノアとは裏腹に偽シャルルは軽やかに笑う。


『そりゃね。あなたの事は分かりますよ。とは言え私が紹介出来るのは一人しか居ません。あいつらが怯えてた、勇者だけですよ。勇者に追われてあいつらはフェアリーサークルに足を踏み入れてしまったんです』

「勇者?」

『そう。あちらの世界はあちらの世界で大変な事になってるんですよ。あの女が言った通り内乱が起こり、それからはもうグチャグチャです。全ての国がずっと戦争をしている。そんな中突然どこからともなく現れたのが、勇者エリス・サンチェス。あなた達の師匠ですよ』

「し、師匠⁉ 生きてるの⁉」

『ピンピンしてますよ』

「そっか……そっかぁ!」


 流石師匠だ。まさか外の世界で勇者をやっているなんて! アリスはその場で飛び跳ねて喜んだ。


「で、師匠が勇者をやっているって言うのは分かったけど、手は貸してくれると思う?」

『まぁ、エリスはアリスと同じような価値観の人間だし、妖精も含めた奴隷解放活動を向こうでしているので手は貸してくれるんじゃないですか?』


 というよりも、確実にこんな話をしたらエリスは乗ってくるに違いない。偽シャルルは面倒事が大嫌いなので大きなため息を落とす。


 それを聞いてアリスはケーファーとコキシネルの手を取って早口で言った。


「良かったね! きっと皆助かるよ!」

「本当ニ?」

「うん! だって、師匠が動いてるんなら、間違いないよ! 偽シャルル! 師匠にお手紙書くから届けてくれる?」


 最後の敵だという事もすっかり忘れてそんな事を言うアリスに、呆れたようにシャルルは乾いた笑い声をあげた。その笑い声にはどこか諦めのようなものが混ざっている。


『アリスはアリスですね。まぁ、それぐらいならいいですよ』

「やったぁ! じゃあまた手紙書いたら呼ぶね!」

『……ええ。では、今度こそさようなら。私もそろそろ行かなければ』


 そう言って偽シャルルの声は途絶えた。

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