第二百九十九話 ストーリーと違う展開 ※残酷描写が含まれます

 やがて街に着くと、オリバーはすぐさま馬から降りて走り出そうとした。すると、胸ポケットに入れておいたスマホがブルブルと震え、メッセージが来た事を知らせてくれる。


 オリバーは慌ててスマホを取り出してメッセージを開いて、中を確認するなり大きな息を吐いてその場にしゃがみこんだ。


『デル街の診療所にマリーとエマとダンとリンドと居るよ。オリバー、桃を助けて!』


 メッセージの相手はドロシーだった。良かった……ドロシー達は無事だった。でも、顔を見るまでは安心できない。


 オリバーはスマホを握りしめて一番近い診療所に駆け込んだ。


「すみません! ここに女の子三人来てませんか⁉」


 勢いよく診療所に駆け込んだオリバーの声を聞いて、奥からドロシーが飛び出してくる。


「ドロシー! 良かった! 無事だったんすね⁉」


 コクリ。頷いて続いて首を振る。今まで泣くのを我慢していたのか、オリバーの顔を見た途端、ドロシーは泣き出してオリバーにしがみついてきた。


 後からエマも飛び出してきてオリバーの腕を掴む。


「オリバー! ダニエル達が危ないんだ! こっちは大丈夫だから、早くあっちに……」

「エマ、気持ちは分かるけれど、まずはどうやってオリバーがここに来たのかを聞きましょう。後、あいつらが何者なのかも教えないと」


 奥からドロシーとエマに次いで飛び出してきたのは、マリーだった。


「エマもマリーも無事だったんすね!」

「ええ。オリバー、手短に話すわ。あいつら、荷物目的じゃない。奴隷商人よ。どうやら国外からやって来た人達みたい。ダニエルとフランは怪我をした女の子たちを助けるために私達だけ逃がしてケーファー達と残ってしまったの」

「奴隷商人……っすか……国外の……?」


 それはおかしい。ルーデリアでもフォルスでもグランでも、奴隷制度など無い。それでもマリーは国外からやってきたと言う。つまり、外の世界から来たということか!


 オリバーは頷いてドロシーの頭を撫でた。


「ドロシー、桃は大丈夫っす。ちゃんとアリスが連れてるんで、必ず元気になって戻ってくるっすよ。それから、よく頑張ったっすね。偉かった、ドロシー」


 オリバーはドロシーを強く抱きしめてその小さな体を離すと、マリーの方に押しやってこちらの状況も手短に話した。


「フィルマメントの転移魔法でアリスとノアが一緒に来てるっす。あの二人が居るから、多分大丈夫だとは思うんすけど、俺も一応向かうんで」


 何なら敵の方が心配である。


 オリバーはそんな言葉を飲み込んで短い挨拶をしてまた馬に乗って駆け出した。ついでにあちらで待つ皆にも報告を入れておいた方がいいだろう。オリバーはバランスを取りながら馬上でスマホを操作してリアンに電話をかけた。すると、リアンはワンコールもしないうちに電話に出て早口で捲し立ててくる。


『モブ! どうなの⁉ 皆無事⁉』

「マリーとエマとドロシー、それからメグのご両親は無事っす。ただ、どうも相手は外から来た奴隷商人みたいなんすよ。今アリスとノアがそっちの捜索に向かってて俺もその後を追ってる状態っす」


 オリバーがそこまで言うと、突然ガサガサと音がしてアランの声が聞こえてきた。


『オリバー、そこに桃は居ますか?』

「桃っすか? それが……あいつ、どうも自分を犠牲にしてドロシー達を守ったみたいで、全く動かなくなってて……」

『大丈夫です。桃の本体は中の人工知能なので、外側が壊れても中が壊れない限り修正は可能です。で、そこに桃は居ますか?』

「い、いや、アリスが持ってるっすけど」

『そうですか! 分かりました。私もすぐさま向かいます』

「え? どうやってっすか? 転移魔法は三人しか無理だって……」

『ええ、転移魔法はそうですが、誰か忘れてませんか?』


 その時、電話の向こうから声が聞こえた。


『ギュ!』


 と。


「ドン!」

『ええ。では、すぐにお会いしましょう。ドン、行きますよ! あなたのボスと推しに褒めてもらうチャンスです!』

『ギュギュ!』


 そう言って電話は途絶えた。


 ドラゴンは本来ならルーデリアをたった一日もかからず飛びきるほどの速さで飛ぶ事が出来る。もしかして、それをやってのけようと言うのか? いささか不安ではあるが、今はそれに賭けるしかない。


 オリバーはスマホを仕舞って走り出した。



「兄さま! あれ!」


 アリスが前方を指さすと、岩にもたれてグッタリしているフランが居た。


「フラン!」


 アリスの声にフランがゆるゆると顔を上げて、一瞬驚いたように目を見開いた。


「何故……ここ……に」

「マリーが電話くれたの! 他の皆は⁉」

「マリー達は逃がした……が、ダニエルと妖精……他の子は……連れて……いかれ……」


 フランはそこまで言ってゴホっと咽た。ふと見ると、フランのお腹の辺りが赤く染まっている。


「フランさん! 魔法かけるからちょっとだけ寝てて。大丈夫、傷はそんな深くないから、心配しないで!」


 シャツが真っ赤に染まっていたのでギョっとしたが、どうやら傷はそんなに深くはない。アリスがフランに魔法をかけている間に、ノアがフランの傷口の止血をしっかりとして、フランが眠ったのを確認して二人はまた走り出した。足元には分かりにくいが点々と血が落ちている。


「ダニエルの機転かな」


 血の跡を辿りながらノアがポツリと言うと、アリスはコクリと頷いた。血の落ち方が一定間隔なので、どこかを怪我したとかそういう訳ではないようだ。


 やがて血が途切れた場所までやってきた。目の前には大きな洞穴が口を開けて待っている。


「アリス、僕は裏側に回り込んでみる。一人で大丈夫?」


 聞くだけ野暮だが、一応は聞いたノアに、アリスは真顔で頷いた。


「うん。いける」


 見た限り洞窟の中は狭そうだ。最悪刀は使えないかもしれない。アリスはそんな事を考えながら指をバキバキ鳴らしだした。いざと言う時には素手で勝負だ。ポケットの上から桃をそっと撫でると、ノアと別れてアリスは一人、洞窟の奥に進んだ。


 洞窟の中は意外と広かった。けれど迷路のように曲がりくねっていて、どこへ向かえばいいのか全く分からない。


 アリスは鼻をゴシゴシと拭いて匂いを辿る。微かに奥の方から血の匂いがした。その匂いを辿るように姿勢を低くして洞穴の奥に進むと、誰かのうめき声が聞こえてきた。


 岩陰からそっと覗くと、そこにはお腹にナイフを深々と突き刺されたダニエルが岩に半裸で縛りつけられている。何をされていたのか、上半身は至る所がみみず腫れになっていた。


「ダニエル!」

「アリス……か。はは……エマ……達は?」

「皆大丈夫だよ! オリバーが行ったから! もう喋んないで!」

「そか……良かった……ああ、くそ……もっかい……あいた……かっ……たな……」


 ダニエルはそれだけ言って意識を失った。それを見てアリスの血の気が引くのが分かる。フランとは違って、こっちは本気で殺す気で刺したのだという事がありありと分かってしまったのだ。


 そんなダニエルを見てアリスは違和感に気付く。確かにダニエルは大怪我を負うが、ここまでの怪我じゃ無かった筈だ。一体、どういう事なのだろう……。


 アリスはとりあえず痛みをダニエルから取り除く為に魔法をかけ、繋いでいた鎖を解こうとした所で後ろから下卑た男達の声が聞こえてきた。


「あれあれ~? こんな所に女がいるぞ? 何だ、彼氏でも追ってきたか? 無駄無駄、彼氏はもう虫の息だ。その代わりお兄さん達が遊んであげるよ」

「!」


 振り返ると、そこにはボロボロの恰好をした目だけギラつかせた男が三人ほど立っていた。手には鞭やらナイフやらを持っていて、これからダニエルに何をするつもりだったのかが伺える。それを見て、とうとうアリスの堪忍袋の緒が完全に切れてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る