第二百八十八話 友情の証

 川に水が流れ出した。その水と共に、アリス率いるドラゴンと妖精たちが降りて来たのを見て、皆が喜んだ。


 最初はダムなど、何の役に立つのかと考えていた人も居た。ダムを作るにあたって妖精たちを招き入れるという事に対して反対する人ももちろん居たが、ダム作りの為に堤防を立てて、町中の水路を整備する人達や妖精たちを見ているうちに、そんな風に考える人達は自然と居なくなっていった。


 気づけば妖精たちは元からこの地に居たかのように自然に馴染み、今ではこうして一緒に食事までするようにまでなった。


「美味いな! ロン、食ってるか?」

「もちろん。それ、何持ってる?」

「ん? マヤーレの所にあった生ハム原木持ってきたんだ! 皆で食おうぜ!」

「生ハム! でかした!」


 ロンが喜ぶと、人間の男は嬉しそうに頷いて生ハムを机の上に置いた。それを二人で切り分けていくが、端から端から無くなっていく。気づけば生ハム原木はあっという間に無くなっていた。


「ロン、食えたか?」

「いや、切るのに精いっぱいだった」

「俺も! あはは! ったく、しょうがねぇな!」


 男はおかしそうに笑って、また生ハムを取りに行ってしまった。今度はそれにロンもついて行く。川沿いを男と歩いていると、あちこちから人間も妖精もお構いなく声をかけられる。


「なぁ、ありがとな。俺達を受け入れてくれて」


 ロンがポツリと言うと、男は一瞬キョトンとした顔をしてロンの肩に腕を回して来た。


「何言ってんだ。お互い様だよ、そんなの。最初はそりゃ戸惑ったけど、今はデカイのも小さいのも、お前みたいなのも皆仲間だ。あのダムは、ただの水を吐き出す装置じゃない。俺達とお前たちの友情の証でもあるんだ。そうだろ?」


 男の言葉にロンも男の肩に腕を回して、満面の笑みで頷いた。


「ああ! そうだな!」


 肩を組んで歩く人間と妖精。この光景を見ていたマヤーレに住む画家が、この二人の後ろ姿を急いで絵に描きとめた。


 後にこの絵は世界中で話題になり、妖精と人間の繋がりを描いたとても有名な一枚になるのだった。



 一しきり料理を食べてパーティーを堪能したロビンとカインとルードは、ダムと堤防、そして町中に作られた水路の説明をキース達から受けていた。


 まだ出来た所なので乾期と雨期でどれほどダムが役に立つかは分からないが、少なくとも堤防のおかげで水難事故はなかった事を聞いてロビンは感心したように頷き、あらかじめ用意していたセリフを言う。


「ルード、カイン。これは国家事業にすべきだ。そう思わないか?」

「俺は賛成だな。こういう事こそ、国が率先してやるべきだ。ちょっと調べたけど、水難事故は結構多い」


 ルードの言葉にカインも頷く。


「俺も調べてみたんだけど、こういう大きな川は結構あるんだよ。小さな川でも氾濫は多い。そういう場所には堤防だけでも作るべきだと思う」

「そうだな。王に進言して次の議会にかけよう。国家事業になったら、またお話を聞きに伺いに来ると思うのですが、構いませんか?」


 カインの成長ぶりに驚きつつロビンがキース達に言うと、キース達は恐縮したように頷いた。


「もちろんです! 設計図も全て複写してお渡ししておきます」

「ありがとう、助かります。それから、今回の工事で指揮を執ったのは?」

「こちらのクルスです。イフェスティオの鉱夫なのですが、建てる為の計算は全て彼に任せていました」

「そうですか。クルスさん、これが国家事業になった時、あなたはダム建設の指揮を取っていただけませんか?」

「⁉」


 ロビンの言葉にクルスは驚きすぎて声を失った。そんなクルスを見て、ロビンは優し気な笑顔で言う。


「もちろん、一人でとは言いません。信頼できる方達を集めてチームを作って欲しいのです。また決まり次第連絡はしますが、どうか考えておいてください」


 ロビンはそれだけ言ってキースに書類をもらうべく歩き出した。それにルードもカインもついて行ってしまい、クルスはその場にポツンと取り残されてしまった。


「クルスさん? こんな所で何を立ち尽くしてるんです?」


 背後から聞こえてきた声にハッとしたクルスは、慌てて振り返って声の主の肩を掴んだ。


「キリ君! どうしよう! 全国のダム建設を任されてしまうかもしれない!」


 もしもこんな事を頼まれたら、クルスはもうしがない鉱夫ではなくなる。今まで何となく流れに流されるまま生きて来たクルスとしては、こんなのは荷が重すぎる。そんな事を考えていたクルスに、キリは相変わらず無表情で言った。


「いいじゃないですか。クルスさん、向いてると思いますよ」

「え?」

「あのダム、俺も近くで見て来たんですが、寸分の狂いもなく計算されつくしてました。花火の時も思ったんですが、あなた計算とか得意でしょう?」

「ま、まぁ、計算が出来ないと爆弾は仕掛けられないから」

「おまけに何にでも柔軟に対処できる思考力もあるし、いざという時の思い切りもあの出産事件の時に証明されています。俺は、あなたに向いてると思います」


 真顔でそんな事を言うキリに、クルスも頷いた。


「ありがとう。キリ君に言われると、不思議と向いてそうな気がするよ。この話、受ける事にする。ありがとう」

「いえ、本当の事を言っただけなので。ところで、うちの猿を見かけませんでしたか?」

「猿? いや、この辺には居ないと思うけど」


 そう言ってクルスは首を振った。この辺に猿は生息していないと思う。そんなクルスの反応に何か気付いたようにキリが言い直した。


「すみません、うちのお嬢様を見かけませんでしたか?」

「お嬢様を猿って呼んでるの? 流石キリ君だね。でも見てないなぁ。まだ飛んでるんでしょ?」

「はい。一向に降りて来ないので、ノア様が心配してるんです。どこかで落ちてせっかくの料理を台無しにしてしまう可能性がある、と」


 アリスとドンの心配は端から誰もしていない。心配なのは料理の上に落ちでもしたら大事だ。そんな訳で、今全員で捜索しているという訳だ。本当に、どこへ行っても心配ばかりかけるアリスである。


「見かけたら戻るように伝えておくよ。僕もダム建設の仲間集めしなきゃ」

「ええ、お願いします。ノア様が珍しく怒っていると伝えてもらえば、すぐに飛んで戻ってくると思うので」

「ははは! 分かった」

「お願いします」


 そう言って二人は別れた。


 キリが空を探しながらマヤーレの辺りにまでやってきた時、一番会いたくない人に出くわしてしまった。エミリーだ。向こうもキリに気付いたようで、一緒に食事をしていた人たちに断わりを入れてこちらに駆けよってくる。


「あ、あの! あなた、ノア様の……」

「ええ。バセット家の従者、キリと申します」

「……あ、エミリーと申します」


 キリの冷たすぎる表情にエミリーは引きつる。こうして声を掛ける事すら歓迎されていないのがすぐに分かってしまったからだ。


 何も言おうとしないエミリーに業を煮やしたのか、キリが立ち去ろうとしたのを見て慌ててエミリーはキリの腕を掴んだ。


「あ、あの!」

「……何ですか?」


 キリは振り向いてエミリーの腕を振り払うと、静かに言う。


 エミリーには感謝している。外の世界の情報をくれたのはありがたいと思っているが、エミリーはノアの過去も知っている。エミリーとノアを会わせる訳にはいかない。万が一エミリーがノアに会ってしまい、ノアが全てを思い出してしまったら、ノアはバセット家から去ってしまうかもしれない。


 それは嫌だ。キリはノアと出会った日、絶対にノアの願いを叶えると誓った。一生をかけて、ノアを守ると。


「ノ、ノア様は……お元気ですか?」

「ええ、とても。それだけですか?」

「あ、いえ……その、あなたはあの方が誰かご存知……なんですよね?」

「ええ。ですが、ノア様はそれらを全て忘れています。無理に思い出させる事もありません」

「で、でも! あの方が居たらレヴィウスはまた復活出来るかも……しれなくて」


 そう言ってエミリーは故郷の事を話しだした。

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