第二百六十九話 チャップマン商会の護衛

 それからしばらくして、王都でスマホを順調に販売していたダニエルが学園にやってきた。


「随分早かったね」

「おう、近くに居たからな。フランにここまで送ってもらったんだ」

「フラン? マリーさんのお店手伝ってるんじゃないの?」


 不思議そうなノアの声にダニエルは首を振った。


「スマホの販売が始まってから全然人手が足りなくてな。急遽二人にも戻って来てもらってんだ。やっぱ扱う商品に対して人が足りなさすぎるんだよなぁ」

「そうなんだ」

「ああ。でも売り上げは物凄いぜ。やっぱ便利だもんな! ちなみに、営業成績が一番良いのはドロシーと桃だぜ」

「桃? 桃も手伝ってるの?」

「ああ。ドロシーとセットでな。メッセージのやり取りを見せて実演販売してる」


 その光景があまりにも可愛らしくて、スマホは飛ぶように売れるのだと言う。何なら桃は何なんだ? と詰め寄ってくる客もいるぐらいだ。


「あと、この間スペンサー伯爵から電話があってさ。お前ら、スペンサー家とも繋がりあんのか?」


 首を傾げるダニエルにノアが頷く。


「アリスのクラスメイトなんだ。スペンサー家から連絡ってなんの?」

「いや、それがな、アリス工房の代表と連絡を取りたいって。何かすっげー息巻いてたから早く連絡してやってくれよ。はい、これスペンサー家の番号な」


 ダニエルに手渡されたメモをポケットに仕舞い込んだノアは、ゆっくり頷く。後でアリスに何があったか聞いた方がいいかもしれない。


「で、俺に何の用なんだ?」

「ああ、うん、それなんだけどさ、用心棒を雇う気ない?」


 突然のノアの申し出に、ダニエルは一瞬キョトンとする。


「用心棒? なんでまた」

「いやね、スマホに鉛筆、消しゴム。炭酸飲料に、これからビールと乾麺が加わるじゃない? そうしたらさ、ちょっと女の子の多い隊商では不安かなって思ったんだよ」


 本当の所はダニエルが大怪我になるような事件に巻き込まれないようにする為だが、何も知らないダニエルにはそれは言えない。


 ダニエルはノアの言葉に腕を組んで考え込んだ。


「確かに、それは言えてるな。うちは他の隊商も女子ばっかだからな。そろそろ商会の方も潤ってきたし、やっぱ一隊商につき一人は雇った方がいいかもな」


 頷いたダニエルの目の前が、突然パッと光った。と、思ったら光の中から女の子が現れた。


「おぉ! な、なんだ⁉」

「ソレナラ戦士妖精ヲ雇ッテヨ!」

「な、なん⁉ え、だ、誰? てか、羽根⁉」


 仰け反ったダニエルにカインが言う。


「あ、ごめんダニエル。紹介するよ。この子はフィルマメント。妖精王の最後の娘で――」

「カインノ婚約者ダヨ!」

「こ、婚約者⁉」


 あらに仰け反るダニエルにカインは困ったように笑った。


「いや、お友達だよ。フィル、皆が混乱するから、それは言わない約束したよね?」


 軽く叱られたフィルマメントは頬を膨らませてすごすごと小さくなってカインの肩に戻って行く。


 そんな様子を見てダニエルは何かに納得したように頷いてフィルに問いかけた。


「えっと、で、戦士妖精って?」

「アノネ、スッゴク強イ妖精ノ事ヲ総ジテソウ呼ブ。デモ、ナカナカドコモ雇ッテクレナイッテ嘆イテル。妖精界平和」

「へぇ。妖精の用心棒とか格好いいな! 面接したいから連れて来てくれるか? えっとーフィルマメント?」

「フィルデイイヨ! 分カッタ!」


 そう言ってフィルマメントは消えた。妖精は本当に自由だ。アリスと気が合うのも何だか頷ける。そんなフィルマメントは塩ラーメンとクレープが大変お気に入りである。


「はぁ~妖精か……リアンの家にも最近妖精が住み着いてるらしいし、こりゃ時代の転換期なのかな」

「そうなの?」

「ああ。冷凍してくれる妖精が冷蔵庫に住み着いたらしいぜ。リトさんが大はしゃぎであれこれ小さい家具作って置いてやったら、家族で越してきたらしい」


 小さい氷の妖精は何でも凍らしてしまうので、妖精界でも住む場所が限られていたらしい。年中穏やかな気候の妖精界では彼らが住める場所はあまりにも少なく、今や密集地帯となってしまったようだ。その点、冷蔵庫は季節に関係なく寒い。彼らからしたら、とても住みやすいのだろう。


「へぇ、面白いね。なるほど、そういう働き手も居るのか……」

「冷蔵庫に住みつくって言うのがまた何とも可愛いわね」

「だろ? 俺も実際見て来たけど、リトさんそいつらの為に新しい冷蔵庫わざわざ買っててさ。完全に中身は冷凍されてて、半分から上側に妖精が住んでんだ。ちゃんと扉が別れてて、中にちっちゃい階段がついてて、冷凍庫の中を自由に行き来出来るようになってた。で、冷凍庫の中のもんはちょっとずつ減ってたよ。食事は一緒にするらしいから、多分小腹が減ったら食べてんだろうな」


 そう言ってダニエルは見て来たものを思い出しておかしそうに笑った。


 どうやらリトは妖精たちに、中に入ってるものは自由に食べて構わないと言ってあるらしい。だからどの食材もネズミが齧った程度の分量が無くなっていて面白かった。


「それ、いいかもね。うちでもよくやるんだけど、冷凍って凄いんだよ。肉とか魚とか凍らしておいたら結構もつんだよね。まぁ冬の間しか使えないんだけど、その子達が居たら年中冷凍出来るって事でしょ?」

「それは便利だな!」

「いいじゃん。アイスも溶けないんじゃないの?」

「それさ、ちょっとシャルルに提案してみようか。ていうか、うちにも来て欲しい」


 そう言ってノアはバセット領での暮らしを思い返した。何せアリスが森から野生の獣を取って来ては寝ぼけて冷蔵庫に詰めるのである。それを消費するのに、毎日鹿肉を食べたりするのは意外と大変なのだ。


 しかし年中冷凍出来るとなると、これは画期的かもしれない!


 ノアは今聞いた話を急いでメモすると、ダニエルに向き直った。


「でね、話は戻して護衛なんだけど、絶対につけておいた方がいいと思うんだ」

「ああ、だな。何せ便利グッズと面白役立ちグッズで一杯だからな、今やうちの商品は」


 そう言って嬉しそうに笑うダニエルに心が痛くなる一同だが、まぁ嬉しそうだから別にいい。


「そうだ、俺もダニエルに報告しておかなければ。まだ決定ではないが、多分、お前伯爵位に戻るぞ。あと、ノアも爵位が一つ上がるかもしれん」

「……へ?」

「え! マジで⁉」


 驚いたカインと、ルイスを軽く睨むノア。ダニエルなど完全に呆けている。


「あのさルイス、そういう事早く言ってくれない? で、多分ってどういう事?」

「す、すまん。まだ本決まりじゃないから内緒よ、と言われていたんだが、昨夜母さんから連絡があってな、識字率が本当に少し上がったらしいんだ。その元を辿れば国民に識字セットをプレゼントしたチャップマン商会とアリス工房という事になってだな、スマホで父さんはおちたみたいだ。本来なら発案者のアリス工房だけ爵位が上がる予定だったんだが、チャップマン商会はグランと契約出来ただろう? それに、クラーク家が後押ししたみたいだな。国民にも普及出来る価格に抑えられたのは、ダニエル、お前の繋いだ縁のおかげだと言ってくれたそうだ」


 ルイスは、昨夜のステラの声を思い出した。震える声で、一つ一つの単語をゆっくりと確かめるように紡がれた言葉を聞いて、ルイスまで泣きそうになってしまった。ステラは言った。


『この事に、あなたが関わっているという事が、私は誇らしい。きっとあの人もそう思ってる』


 と。

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