第二百六十三話 ノーマルエンドへの第一関門+おまけ

 翌日、一同はカンカン照りの中、中庭に移動してその時を見守った。これでようやくノーマルエンドへの第一のゲートが開くのだ!


 中庭でルイスは本を読んでいた。そこに、一粒の雨が。


「雨か……」


 何となく芝居に慣れて来たルイスは、台本通りに言った。すると、そこへ傘を差したアリスがやってくる。その傘を見てルイスは危うく噴きそうになった。


 どうしてよりによってその傘を持ってくるんだ! 傘には大きく『筋肉は裏切らない!』と書かれている。


「あ……」


 アリスは震えるルイスに、そっと傘を差し出した。雨脚が激しくなってきたのだ。


「お前は……」

「アリス・バセットです」


 その時、カチリと音がした。どうやらここのフラグは名乗りだったらしい。


「そうか。ようやく名前が聞けたな」


 口ではスルスルセリフが出て来るが、内心はもう傘の文字に釘付けだ。


「隣、座ってもいいですか? 本当は私もずっとルイス様とお話してみたかったんです」


 そう言ってアリスはルイスの返事も待たずにルイスの隣に腰かけたが、内心ではいやいや、厚かましいな私! などと思っているアリスである。ゲームのアリスは恋に積極的すぎる!


「少し詰めよう。それにしても、可愛い傘だな」


 いや、面白いの間違いだろ! そう思うのに口は勝手に傘を褒める。後ろからキャロラインとカインが噴き出すのが聞こえて来た。


「ありがとうございます。ルイス様、こういうの好きかなって」

「ああ、とても。よく分かったな」


 真面目に会話をしているが、二人とも心の中では大爆笑している。後ろの観覧者と共に。それでもフラグは進んで行く。どれぐらい会話をしていたのか、やがて会話が途絶えた。雨が止んだのだ。とはいえ、降らしているのはノアなのだが。


「ああ、晴れ間が見えて来たな。そろそろ次の授業が始まる」

「はい、あっ!」


 アリスは立ち上がろうとして足を滑らせたその時、本来ならここに選択肢が出るのを思い出した。転びそうなアリスを助けるために差し出したルイスの手を取る・取らない。ここはノーマルエンドに行くために絶対に取るを選ばなければならない。


 ところが!


 ルイスがいつまで経っても手を差し出さないのだ! ふとルイスを見ると、ルイスも焦った表情をしている。つまり、手を出したくても出せないようなのだ。アリスは思い出した。これは魔法にかかっている状態だという事を。魔法は意志の強さが物を言う。つまり、信じれば魔法は解ける!


「ふんぬぅ!」


 アリスは転ぶ寸前、ルイスの手を無理やり取ってやった。その拍子にルイスもようやく体が動くようになったようで、慌てて転びそうになったアリスを抱き留め、カチリと音が聞こえた。


 と、次の瞬間、二人の頭の上から、まるでバケツをひっくり返したような雨が降って来る。


「ノ、ノア!」

「兄さま! い、痛い! 強い!」


 とても雨とは思えない硬度の雨が体のあちこちにバチバチと当たる。


「ああ、ごめんごめん。耐えられなくてつい。で、どうなの? 音鳴った?」

「鳴った! 鳴ったから!」


 ルイスの言葉にノアは頷くと、アリスの手を取る。


「あ、そう。じゃ、はい、アリス、お風呂行こうね。風邪引いちゃうから」

「うん。はぁ~ビックリした。まさかここまで来て邪魔されるとは思わなった」

「どういう意味?」

「うん、それがね――」


 アリスはさっき起こった事を皆に説明すると、カインが言った。


「ここまで来て邪魔してくるって事は、ノーマルエンドに行かせたくないのかな?」

「それか、ルイスルートに行かせたくないかのどっちかだろうね……どっちにしても、これはシャルルの分岐が大変そうだ」


 ノアはそう言ってアリスに自分のジャケットを羽織らせる。隣ではルイスがくしゃみをしているが、そっちはお構いなしだ。


「大丈夫? ルイス」


 ブルブル震えるルイスにハンカチで優しく髪を拭いてくれるキャロラインにジンとしながら、ルイスは頷いてキャロラインの手を取った。


「大丈夫だ。ありがとう」


 にっこり微笑んだルイスに、突然キャロラインの目が潤みだした。


「ど、どうした? 俺が何かしたか⁉」

「あ、いえ、違うの。毎回ね、この後からあなたはいつもよそよそしくなったのよ。だから何だかちょっと、感極まっちゃったみたい。ふふ」


 そう言って笑うキャロラインを、ルイスは強く抱きしめる。


「大丈夫だ。俺が愛してるのはキャロだけなんだから。そうだろう?」

「ええ、そうね」


 何度ループしても、ルイスはキャロラインを見なかった。それはアリスがルイスルートを選ばなかったとしても、だ。それが今回はどうだ! こんなルート、初めてだったのだ。


 感極まっていつまでも離れない二人の前を、リアンが白い目を向けて通り過ぎて行きざま、フンと鼻を鳴らして吐き捨てるように言う。


「王子とお姫様でも、ちゃんと節度は守ってよね」


 と。




おまけ『カップリング厨の底意地』


 リアンの言葉にハッとした二人が辺りを見渡すと、そこにはいつの間にかやってきていた人たちが、抱き合うルイスとキャロラインを見てキャァキャァ言っていて、あちこちから聞こえる囃子声に二人は真っ赤になる。


「ル、ルイス! お風呂! お風呂に入ってきたら⁉」

「そ、そうだな! ついでにお前達もどうだ?」

「いや、俺は後でドンブリと入るからいいよ」

「俺も、まだ鍛錬があるんでいいっす」


 そうれだけ言ってさっさと校舎に戻って行く仲間たちを見送りながら、ルイスはトボトボと歩き出す。


「キャロライン様! グッジョブ! 私は誰よりもお二人を応援してますからね!」


 こんな中でも、アリスのカップリング厨は健在である。戸惑うキャロラインに親指を立てて、ルイスの後を追って行ってしまった。


「あ、あの子ったら……」

「お嬢様、私も、お嬢様とルイス様の恋を応援しています! 何せ、会員番号3番なので!」


 そう言って嬉しそうにアリスに貰ったカップリング厨会員カードを見せてきたミアに、キャロラインは笑ってしまった。


「ミアさん、人の恋路もいいですが、ちゃんとご自分の恋路も考えてくださいね」


 カードを後ろから覗き込んだキリが言うと、ミアは途端に顔を真っ赤にしてキャロラインの後ろに隠れる。そんな反応がいちいち可愛いミアである。


「大丈夫よ、キリ。私が王妃になったら、すぐにでもミアをお嫁に出すから安心していてちょうだい」


 それを聞いた途端、ミアはギョッとした顔をして、キリはクルリと振り返って後ろにいたノアに真顔で言う。


「ノア様。言質を頂きました。すみません、ノア様よりも先に結婚するかもしれません」

「キリ、あんまり分かんないけど、大分浮かれてる?」

「どうでしょう? ああ、じゃああれを早く仕上げなければ。すみません、お先に失礼します」


 それだけ言ってキリはさっさと寮に戻って行ってしまった。そんなキリの後ろ姿を見ながらミアがポツリと言う。


「お嬢様は……王妃様になったら、私を連れて行ってはくれないんですか……?」

「いやだ! そういうつもりじゃなくてよ! でもね、私はあなたにも幸せになって欲しいのよ。だって、あなたがキリを特別に思っているのを知っているもの」

「で、でも! でもそうしたらお嬢様のメイドを辞めないと……私、それは嫌です……ずっとお嬢様のお側に居たい……です」

「ミア! 私もよ! もちろんじゃない! あなた程私の事を考えてくれる人は居ないもの! でも、そうよね……安易にああ言ったけど、離れなきゃいけないのね……」


 勢いあまってあんな事を言ったが、そうだ。バセット領と王都では距離が遠すぎる。落ち込む二人に、それまで黙っていたノアが言った。


「何とかなるんじゃない? ていうか、何とかすると思うな。アリスが」

「どういう意味?」

「アリスのカップリング厨は男女にだけ向けられる訳じゃないって意味。君達二人にもあの子は萌え~って言ってるからね。それを見たいがために、どうにかすると思うな」


 何となくだけど、きっとまた何か思いつきそうだ。そう言ったノアに、キャロラインとミアはようやく納得したように頷いた。

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