第二百五十八話 言い知れない不安
「ウルトさんスマホ持ってるよね?」
「そう言えば……よし、電話しよ」
そう言ってすぐさまスマホを取り出したカインを見て、ザカリーが目を輝かせた。
「そうだ! スマホ! ダニエル社長がこの間ここに来てくれてな! とうとう俺も! スマホデビューだ!」
ザカリーは取り出したスマホをアリスに見せた。それを見てアリスも目を輝かせる。
どうやらダニエルは、まずはお世話になった人達に優先的にスマホを販売しているらしい。情に厚いダニエルらしい話だ。
「やったね! じゃ、番号交換しよ!」
「おう! と、言いたいところだが、お嬢と交換したら、絶対に碌な電話かけてこねーだろ?」
今までも幾度となくアリスに振り回されたザカリーだ。流石に学習している。そんなザカリーにアリスは真顔で言った。
「でもさ、ザカリーさん……私以外に誰か他からもかかってくるの……?」
「……」
「お嬢様、世の中には言っていい事と良くない事があるんですよ。今のは言ってはいけない奴です。ほら、ザカリーさんが固まってしまったじゃないですか」
キリの視線の先にはスマホを持って固まったままのザカリーが居る。そんなザカリーのスマホには、アリスの言う通りスタンリーしか登録されていない。
「ご、ごめんね? えっと……その」
完全にフリーズしているザカリーを覗き込んでアリスが言うと、ザカリーが出ても居ない涙を拭って言った。
「いい。夜中でもいい。何か思いついたらかけてこい! な!」
「う、うん。じゃ、交換ね!」
「おう! お前達もだ! 皆交換だ!」
「え、私は別に……」
「キリ坊! お前は本当に淡泊だな! いいや、駄目だ。ここに居る皆、いや、ここにも居ない皆も、全員仲間だもんな? お嬢、いっつもそう言うもんな⁉」
必死のザカリーにアリスが珍しくたじろぎながら頷くと、ザカリーは半ば無理やり皆と番号を交換した。
「だから言ったんスよ。ザカリーさん、絶対スマホ持っちゃ駄目なタイプだって」
呆れながらもスタンリーはザカリーよりも先に皆と連絡先を交換している。こういうところはやはり、ザカリーよりスタンリーの方がスマートである。
その後、スタンリーに話を聞いた一同は部屋に戻り、マヤーレのウルトにビデオ通話をした。つい最近会ったばかりだが、あの時はすぐにチャップマン商会に連れられてマヤーレに戻ってしまったので、挨拶もほとんど出来なかった。そこにかかってきたカインからの電話に、ウルトが慌てたのは言うまでもない。
『カ、カイン様⁉ こ、この度はど、どうもありがとうございました! え、えっと……え? ほ、本物……ですよね?』
「あはは。落ち着いてください。あの時はあまり挨拶が出来ませんでしたが、カイン・ライトです。どうですか? 事業は順調ですか?」
『は、はい! あの後、生ハムとソーセージを食べてみたんですが……もう、驚きました! あれは素晴らしい! 早速試作をしている所なんですが、生ハムは熟成期間があるのでもう少しかかりそうですが、ソーセージを近日中に送らせていただきます! うちの自慢のソーセージを是非皆さんで召し上がってみてください! あ、ビールも一緒に送りますので!』
「ああ、それは嬉しいです。俺も生ハムとソーセージには目が無いので。皆も喜びますよ。ところで、今日連絡したのはそれとは全く別の話なのですが、お時間少しよろしいですか?」
『も、もちろんです!』
丁寧なカインの対応に、ウルトは恐縮したように頭を下げた。上に立つ者がこんなしがない領主にまでこんな丁寧な対応をとるのか、と驚きを隠せないウルトである。
キースから聞いてはいたが、ルイスにしてもキャロラインにしてもカインにしても、チーム聖女は本当に、民に寄り添ってくれるのだ。王政が変わった時が、今からとてつもなく楽しみで、ウルトは思わず涙ぐんでしまった。
「実は、人を探していまして。名前はエミリー・エバンス。元々タウンゼント家でコック長をしていた女性なのですが……」
カインがそこまで言うと、ウルトは目を皿のように見開いた。
『エ、エミリーが何かしましたでしょうか⁉』
「? もしかして、ご存知なんですか?」
『は、はい! 彼女は今、ソーセージ工場の企画課に居ます。彼女のアイディアで素晴らしいソーセージが沢山出来上がりまして……お呼びしましょうか? その、確かに彼女は出自が少し複雑ですが、決して悪い人間ではないんです! だからその……』
そう言って頭を下げるウルトにカインは、慌てて言い直した。
「違いますよ! あなたの思ってるような事は彼女には何もありません。ただ、知人の知人かもしれないので、連絡が取りたかっただけなんです。彼女の人となりは、もう違う者から聞いているので安心してください」
カインの言葉にウルトはホッとしたように頭を上げて恥ずかしそうに笑う。
『そ、そうでしたか! すみません、早とちりをしてしまいました! すぐにエミリーを呼んで参ります!』
そう言ってウルトはスマホをその場に置いて走り去ってしまった。
画面越しにそんな様子を見ていたカインは、そっとノアにスマホを渡す。
「師匠の話を聞くんなら、ノアの方がいいだろ?」
「ん。ありがとう」
電話を代わったと同時に、一人の女性が姿を現した。画面越しに見るエミリーは、想像していたよりもずっと若い。
ノアはエミリーに丁寧に頭を下げてニコっといつものように微笑んだ。それを見てエミリーもまた頭を下げてノアの顔を見るなり、ハッとした顔をする。
「はじめまして、エミリーさん」
『すみません、お待たせしました! 私がエミリー……ノ、ノア……様……?』
「?」
エミリーが画面越しにノアを見てゴクリと息を飲んだのが分かった。
「なに? 知り合いなの?」
リアンの声にノアは首を振った。その時、画面の向こうでエミリーが泣き出したではないか!
『ああ、そんな……まさか、まさかこんな所でお会いするなんて!』
エミリーがそう叫んだ時、ノアの手からキリがスッとスマホを取り上げた。
「キリ?」
「ノア様、私が代わります。多分、あなたはこの人と話さない方がいいです」
「……どういう意味?」
「何となく、そう思うだけです」
そう言ってキリはノアから取り上げたスマホでエミリーと話し出した。
「……」
キリはわざわざビデオ通話を電話に切り替えてまで、ノアとエミリーを会わせたくないようだ。何か気持ちの悪い物がザラリと体を撫でる。多分、キリは何か知っている。そして、この会った事もないはずのエミリーも。
「……兄さま?」
「ん? ああ、アリス。うん、大丈夫だよ」
「うん……何かあったら、私が倒してあげるからね」
アリスは不安そうなノアの瞳を覗き込んでギュっと手を握った。
ノアがこんな顔をするのは珍しい。多分、母親が出て行ってしまった時以来だ。
あの時もノアは不安そうな、泣きそうな顔をしていた。母親を追いかけようとしたアリスの手を、ノアは掴んで離さなかったのだ。母親は、一度も振り返らなかった。
馬車の中から誰かが母親を呼んだ。母親はその声を聞いて、花が綻ぶように笑って馬車に乗り込んでしまった。
「はは、ありがとう」
「……うん」
何かがおかしい。ノアもそう思ってるのか、一度もアリスの方を見ようとはしない。
それからしばらくして、キリが電話を終えた。
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