第二百四十六話 追われる者
はにかんでそんな事を言ったキャロラインを見て、ポカンと口を開いたキースとクルスとスルガ。
「……ダサ」
「こら! リー君!」
思わず漏れた心の声にノアが隣からリアンの太ももを抓るが、皆思っていた。ダサ……と。
どうやらキャロラインもまた、ネーミングセンスは今一つのようだが、そんな謙遜したキャロラインの株はキース達の中でぐんぐん上がる。
けれど、それこそがキャロラインが聖女に向いている資質の一つでもあるのだ。アリスではこうはいかない。絶対に付け上がる。調子に乗る。そしてキリに怒られる。
そんな中、クルスがようやく口を開いた。
「チーム聖女ですか。何だかいいですね。では、俺達もチーム聖女のお役に立てるよう、立派なダムを作らなければ! ですね?」
「そ、そうです! チーム聖女が自らこうやってやってきてくださったんです! その名に恥じぬよう、我々も勤めましょう」
「その通りです。チーム聖女の加護を頂いたのだという事で!」
加護! スルガの言葉に三人は沸きたち、すぐさま自分達の仕事に取り掛かりだした。キースはウルトとスニークに連絡を取り、クルスはすぐさまイフェスティオに戻り物資と人材の確保に、スルガもそれに付いて行った。銀鉱山からの働き手は、既にこちらに向かっているという情報が入ったからだ。
こうして、ルーデリアで初めてのダムの建設が始まったのだった――。
「いやぁ~面白かったねぇ~」
「オルゾ山は美しかったです」
「湖に反射してるのが何とも言えなかったわね」
帰りの馬車の中で、キャロラインとミアとユーゴは楽しそうに話していた。そんな中、リアンのスマホが震える。
「はいはーい」
『おお、リアン。スマホ! いよいよ販売開始するぞ!』
「本当に⁉ え、凄いじゃない!」
『さっき、クラーク伯爵から直接連絡があったんだ。大分台数が確保出来たから、そろそろ販売を開始してもいいんじゃないかって』
「だってさ、変態。どうする? ゴーサイン出す?」
リアンの言葉にノアは迷う余地もなく頷いた。
「お願いするよ。いい加減あちこち行って周ってる状況でもなくなってきたみたいだし、ちょっとした話し合いとかはスマホで済ませてしまいたいよね」
ダム建設が始まると、きっとあれこれと連絡が入るだろう。
しかし、その度にバーリーまでいく訳にはいかない。かといってそちらに全てを任せると言っても、向こうも困るに違いない。
ノアの言葉に頷いたリアンは、それをそのままダニエルに伝えた。
『よっしゃ。じゃあ、まずは王都に向かうわ。貴族から順に流行らしていくぞ』
「うん、お願い。今ここにお姫様が居るから、王子にも伝えてもらうよ。それじゃ、健闘を祈る!」
『おお、任せとけ! あ、あと一個。マリーとフランが結婚する事になったんだ』
「えっ⁉」
あまりにも急展開についていけない一同は、驚いて顔を見合わせた。そんな中、二人の関係を知っていたオリバーは頷いた。
「じゃあ、お許し出たんすね」
『ああ! やっとだぜ! フランが毎日のようにぼろ雑巾みたいになって帰って来てたからな!』
そう言って笑うダニエルは、まるで自分の結婚が決まったかのように喜んでいる。
「そっすか。これで店が軌道に乗れば、もう言う事無しっすね。でも、ドロシーが悲しんでたっすよ。もういつでもマリーに会えなくなるかもしれない、って」
『それなんだがな、マリーとの結婚を許したのも、フランの両親に挨拶に行った時にドロシーを見てだなぁ、その……まぁ、なんだ、ほら』
「……気に入っちゃったんすか?」
『ああ、まぁ。で、そのぉ、もしかしたらフランの所の養子って事になるかも……』
「ど、どんな経緯でそんな事に……」
『それがな――』
実はドロシーの事はずっと心配していたダニエルである。フランの所なら幼い頃から知っているので安心だが、一つだけ心配がある。あの一家は何せ可愛いものが大好きなのだ。
だからフランが一人で元娼婦と結婚したいといくら言っても聞かなかったのに、クマのクリームパンを持って現れたマリーを見て、家族たちは目を輝かせたらしい。
ちなみに、フランの家は男ばかりの5人兄弟だ。フランは長男で、いつまでも結婚できない長男を皆心配していたのだが、その時、ドロシーもくっついて挨拶に行っていた。というのも、あまりにもフランが毎日ボコボコになって帰ってくるので心配になったらしい。そうしたらここで一つの誤解が生じたのだ。どうやらフランの家族は勝手にドロシーをマリーの娘だと思い込んだそうなのだ。昔から思い込みの激しい一家である。体格も皆良いが、性格も激しい。そして皆が皆いかつい。
『む、娘と孫がいっぺんに出来るなんて!』
父親のその言葉にフランはギョっとしたそうだ。
でも、マリーは隣でコロコロと笑っていたらしい。流石、花町という場所で引っ張りだこだった女は、貴族の世迷言なんて気にしない。
フランはそこで改めてマリーに尊敬の念を抱いたそうだが、あわあわしているドロシーとフランにマリーが言ったそうだ。
『ドロシーを養子にしたらいいんじゃないかしら?』
元々マリーはエマとドロシーの母親代わりだったのだ。血が繋がらなくても親子のような関係はチャップマン商会の中でも評判だった。
『じゃ、じゃあエマも……』
フランが言うと、マリーは首を振った。
『エマはどうせすぐに嫁ぐことになるわよ、ダニエルの所に』
『……』
そう言われてしまってはフランも家族たちも次の言葉を継げなくなってしまった。皆、何かに納得してしまったのだ。
ドロシーはまだ子供だ。それに何かにいつも怯えている所を見る限り、何かの力で保護してやらなければならない。どうやらマリーは、そう考えたようだ。
『てな訳でだな、多分、いやほぼ決定だな』
「で、ドロシーからのメッセージが焦ってたんすね。どうしよう? って」
オリバーは自分のスマホを見て苦笑いを浮かべる。と、隣でじっと話を聞いていたノアが言った。
「いいんじゃない? マリーの読みは正しいと思うよ。ドロシーは、何かに追われてる」
『ど、どういう事だよ⁉』
「キリの能力を聞いたでしょ? 僕は、僕だけはキリからいつもサーチで得た情報を報告してもらってる。もちろん、皆の分だよ。その中にドロシーのももちろんある」
真顔で言ったノアに馬車の中が静まり返った。
『ま、まぁそこは主従関係だもんな……仕方ないけど……俺のも聞いたのか⁉』
「もちろん。言おうか?」
『いや! 言うな! 絶対にだ。墓場まで持って行ってくれ! 頼むから!』
「そんな慌てなくても、ダニエルのなんて大した情報じゃないよ。まぁ、エマには黙っておいてあげるけど。それで、ドロシーはステータスに『追われる者』っていうのがあるんだ。それに怯えてドロシーは暮らしてる。だから、ダニエルからも推しておいてあげた方がいいよ。噂に聞くフィリップス子爵の伝説はなかなかだから、後ろ盾としても丁度いと思う」
『……分かった。その事は本人には伏せて置いていいよな?』
「もちろん。それに、万が一ドロシーに何かあっても、ドロシーには専用のナイトが居るから大丈夫だよ」
そう言ってチラリとオリバーを見たノアがにっこり笑う。その笑顔がアリスと全く同じ種類だったのが笑えない。
『じゃあ、正式に決まったらまた連絡するわ。とりあえず、良い報告が出来て良かったよ』
「うん。ありがとう、ダニエル。ドロシーにとっても、家族が居るっていうのは絶対に良い事な筈だから。それこそ、エマちゃんと結婚する前に正式にフィリップス家の養子に迎える方向にもっていってやってほしいな」
マリーが結婚してエマまで結婚してしまったら、ドロシーは絶対に落ち込むに違いない。祝福はもちろんするだろうが、家族が居なくなるという経験を、ドロシーにはもうしてほしくない。
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