番外編 レスター王子はアリス属性?
「で、ハンナ、見て欲しいものって?」
「それがねぇ、レスター王子も中々お嬢みたいなタイプでねぇ」
そう言ってハンナがチラリとレスターを見ると、レスターはビクリと体を震わせてサッとルイスの後ろに隠れた。
「ヴァ、ヴァイスはちゃんと僕が育てるもん!」
「育てる? レスター王子? 何拾ったのかな?」
にっこり笑ってじりじりと近づいてくるノアに、レスターはさらにブルブル震える。
「ノア、レスターが怖がってるじゃないか!」
そう言ってルイスがレスターを庇うと、ノアは苦笑いして両手を挙げた。
「ほら、連れといで」
「うん! ヴァイスー! ルンルン、ちょっとだけヴァイス貸して~」
そう言って嬉しそうに走り去ったレスターを見て一同は思った。また狼か、と。
そしてその予想は半分当たりで、半分は外れだった。
レスターが連れて来た狼を見て、皆口をポカンと開ける。
「え……おお……かみ?」
「レ、レスター? お前、どこで拾ったんだ……?」
「明らかに……大きい、ですよね……」
そう、レスターが連れて来た狼の赤ん坊は、まだ目も空いていない状態にも関わらず異様に大きかったのだ。
「……ダイアウルフ」
ポツリとノアとアランが言った。その言葉にハンナが頷く。そして動物大好きなカインとオスカーはレスターの連れている狼を凝視している。
「いや、ないない。だって、絶滅……したよね?」
「はずです、けど、でも……」
でも、そうとしか思えないのだ。どう見ても普通のサイズの狼ではない。
「アリスがさ、大分前に言ってたんだよ。森におっきな狼がいるよ、って。あの時はアリスも小さかったし、アリスから見りゃそりゃ狼は大きいよって思ってたんだけど……」
そう言ってノアはアリスの言っていた言葉を思い出した。
森の奥で、大きな大きな狼を見たと言ったアリス。それはもしかしたら、絶滅したと思われていたダイアウルフだったのでは?
「ヴァイスを学園に連れてっちゃ駄目?」
今年の冬から学園に通う事になったレスターがヴァイスを抱きかかえて、ちらりとルイスを見た。
「い、いや、流石にそれは俺にも決められんが、どこで見つけてきたんだ?」
「森だよ! ルンルンとウルフ達と散歩してたら声が聞こえたんだ。崖の下から」
「崖の下?」
「うん。アリスが野生の動物は近くに親が居る事が多いから触っちゃ駄目だよって言ってたからしばらく見てたんだけど、急にルンルンが走り出したの」
レスターはその日、森の中を散策していた。あれほど怖かった森も、狼達がレスターの周りを囲むように歩いてくれるので、すっかり怖くなくなっていた。
いつもの様に森を散策していると、どこからともなく犬の鳴き声のようなものが聞こえてきた。それがあまりにも悲しそうで、レスターは狼達と一緒に声の主を探したのだ。
すると、どうやら崖の下から聞こえてくるではないか。崖下を覗き込むと、岩が出っ張った場所に、真っ白の何かが蹲っているのが見えた。
「ルンルン! あそこ!」
「くぅん」
ルンルンは鼻で鳴いてレスターの頬を舐める。それでレスターはアリスの注意を思い出したのだ。だからその場から離れてしばらく様子を見ていた。
けれど、一向に親がやってくる気配がない。レスターがルンルンとウルフを見ると、突然ルンルンがどこへともなく走り去ってしまった。こんな事は初めてだ。驚いたレスターは慌てて後を追った。
すると、ルンルンはとてつもなく大きな狼の前で頭を下げ、時折顔を上げて小さく鳴いているではないか。その様子はまるで何かを話しているような、不思議な光景だった。
しばらくすると、ルンルンが戻って来てレスターの袖を引っ張り、先ほどの崖に戻らされた。
「ルンルン?」
聞くと、ルンルンは一声鳴いて崖をおもむろに駆け降りて行ってしまう。
「ルンルン! 危ないよ!」
そう言うのにルンルンは言う事を聞かない。レスターが止めるのも聞かず、ルンルンはあの真っ白な毛玉の所まで降りて行くと、今度はそれを咥えて戻って来たではないか。
そしてその毛玉をレスターにグッと押し付けてきた。まるで、レスターに抱け、と言っているようだった。
レスターはその毛玉を受け取り、丸まって震える体を慰めるように撫でてやった。すると、ようやく毛玉が重そうな顔を上げたのだ。
「わぁ! 真っ白だね、君!」
思わず言ったレスターに、毛玉がキュンと鳴く。体が冷えているので、長い間あそこに居たのだろう。
「ルンルン、この子はどうしたらいいの? ここに置いて行けばいい?」
レスターの言葉に後ろからウルフが押してくる。ルンルンも早く帰ろうとばかりにレスターの袖を引っ張る。それで悟った。この狼はきっと、レスターに預けられたのだ、と。
ウルフをアリスに預けたルンルンだ。きっとそうに違いない。
「この子、僕にくれるの?」
「くぅん」
「もう少しで……お別れだから?」
声を震わせたレスターに、ルンルンがペロリとレスターの頬を舐めた。
「くぅ」
どこか寂しそうな鼻で鳴く声に、とうとうレスターの目から涙が零れ落ちる。
「嫌だよ。僕、帰りたくない……ルンルンもウルフ達も居ないのに……怖いよ」
初めての場所は怖い。何せずっと幽閉されていた身だ。バセット領に来るのだって、最初は怖かった。そんな怖がりなレスターの側に、子育てが終わった後も、ルンルンとウルフ達はずっと側に居てくれた。
「嫌だよぉ! 僕、ルンルン達と離れたくないよ!」
とうとう泣き出してしまったレスターに反応するかのように、毛玉が小さく鳴いた。
「あ……この子、助けなきゃ!」
泣いている場合じゃない。ルンルンと狼の王様がレスターに預けたのだ。絶対に守ってやらなければ!
「ごめん、もう泣かない。行こ!」
「うぉう!」
レスターの言葉を聞いて狼達は尻尾を振って走り出した。レスターを囲むように、守るように。
「と、言う訳らしいんだけどね」
「なるほど。レスター王子、ちょっとヴァイスを見せて」
「うん」
ノアはレスターからヴァイスを受け取ってあちこち触って何かを確認している。そして最後にまだ開き切っていない目を無理やり抉じ開けて頷いた。
「分かったよ、この子が捨てられた理由と、レスター王子に預けた理由が」
「え⁉ お、お前狼の気持ち分かんの⁉」
「いや、気持ちは分からないけど、この子、アルビノなんだよ」
「アルビノ? なんだ、それは」
「生まれつき色素が欠乏している個体、と言えばいいのかな。この子みたいに色が白いだけなら結構狼には居るんだけど、この子の場合は目が赤いんだ。これはアルビノ症の特徴だよ。そして、野生ではやっぱり生きにくいのかもしれないね。特に群れで生活する狼にとっては、他と違う個体は避けられる傾向にある。この子が強くて大きければ問題ないだろうけど、赤ちゃんじゃそれは分からないから、早目に崖から落としてしまって殺してしまおうとしたんじゃないのかな。ところが、崖の途中で引っかかってしまった。そこへレスター王子が通りかかった訳だ」
「それでなんでレスターに預けるんだ?」
「ルンルンは知っているから。王子の目が夜に光るのを。だから王子を仲間だと認識してる。人間なのに目が光る自分達とも同種なんだ、って」
「そ、そんな事まで分かるのか……お前」
驚いたようなルイスにノアは、いや、と首を振った。
「今のは僕のただの想像だよ。でも、そんな風に考えないと気味悪いじゃない。ダイアウルフが生きてるってだけでもあれなのに、アリスがいくら探しても全く痕跡さえ見つけられなかったんだよ? そんなダイアウルフが王子に自分の子供預けるなんて事ある? ないよ!」
「あ、想像か……ビックリした。とりあえず、どちらにしてもルンルンがそのダイアウルフと何か話したってのは、俺もそうだといいなって思うよ。レスター、大事にしてやれよ? ヴァイスはめちゃめちゃ希少種だぞ」
「う、うん!」
レスターは顔を綻ばせてヴァイスを抱きしめて頬ずりをする。ヴァイスも分かっているのか、レスターの匂いを嗅いで顔中ベロベロと舐めたおしている。
「それにしても、こんな事あるんですねぇ」
「流石アリスさんの実家……」
「バセット領は奇跡の土地なのぉ? 最後の楽園的なぁ」
「ですが皆さん、思い出してください。学園にはドラゴンを拾ってしまったアリス様が居るという事を……」
「……」
トーマスの言葉に、その場に居た全員が固まった。
すっかり最近ではドンの事を馴染みすぎていて忘れていたが、あれは間違いなくドラゴンだ。あれこそ希少種である。おまけにダイアウルフなんて目じゃないぐらい大きくなるし、何なら火も噴く。あれに比べればダイアウルフなど子犬のようなものだ。
「ま、まあ、あれだよ! 黙って連れてって、犬です! 愛犬なんです! って言い切れば大丈夫なんじゃないかな?」
「そ、そうか? カイン、これ、お前には犬に見えるのか?」
「い、いや~……見えない事も……ないかなぁ?」
「最終手段は、ドラゴンよりはマシです! って押し切れば大丈夫なんじゃない? 何ならアリスが拾ってレスター王子に護衛としてあげたって事にしておけばいいよ」
「あ~一番ありえるぅ~」
「ですね。それでいきましょう」
「……」
それまでずっとルーイは黙っていた。目の前で次から次へと起こる事態についていけなかったのと、あまりにも順応が早すぎる人達に口を挟む間もなかったのだ。そして思う。いつか、自分もこんな風にありえないような事が起こりすぎて次第に慣れていってしまうのだろうか、と。
ちなみに、ハンナによればこのダイアウルフをレスターが拾ってきた時、領地の誰も大して驚かなかったという。というのも、
「いや、お嬢が一番の珍種だろ? ダイアウルフもいるいる!」
「ダイアウルフ~? ああ、おっきい狼? まぁ居ても不思議じゃないわよ~。だって、あの森、本気で何住んでるか分からないもの。一人で入っちゃ駄目よ! 絶対に!」
「ダイアウルフねぇ。そう言えば前にやたらとおっきな狼が居るとか何とかお嬢が言ってたね。お嬢は嘘は絶対に吐かないからなぁ。あの森、いよいよカオスだなぁ」
「いやいや、ダイアウルフよりもレスター王子の方が珍しいから! しっかし夜にも見えるの便利だよなぁ。深夜にトイレ行くたびに物に躓かなくて済むんだろ? え? そんな事考えた事もなかった? 言っとくけどな、年取ったら絶対その目、重宝するからな! その時に俺の言葉を思い出すといいわ!」
こんな具合で、誰もダイアウルフを珍しがったりしなかったそうだ。それを聞いてルイスとカインは本当にここはルーデリアの領地なのだろうか? と真剣に考えたのは言うまでもない。
たまに戻るとやっぱり色々な事が起こっているバセット領だったが、とりあえず一行はアリスのメモをハンナに貰い、バセット領で一泊して学園に戻る事にした。
帰りにまたレスターは泣くかと思ったが、すぐに会えるというルイスの言葉に頷いて、今回は笑顔で別れることができたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます