第二百十話 シャルルの魔法と妖精の存在

 おもむろに洞窟を出たシャルルは、洞穴の前で聞いた事もない魔法詠唱を唱え始めた。それを聞くなり、洞穴の前で座り込んでいたルイスとカインが何かに気付いたように目を丸くする。


「転移魔法か!」

「転移魔法? これが?」


 転移魔法と言えば、今やどこの役所にもある便利魔法だが、莫大な予算と魔力を使うので庶民には気軽に手が出せない。庶民上位互換貴族のノアが見た事もないのは当然である。


「すげぇな~。一人で出来るもんなの? これって」

「いや、だからトーマスの増幅を使うんだろ? これをそのまま転移するなんて、バカげているとは思うが……」

「人工的に作ってくれているからこそ出来るんですよ。あの鉱山の一部に作られていたら、流石に無理です」


 詠唱が終わったシャルルは続いて忙しなく印を結んだ。その途端、今の今まで目の前にあった人口洞穴が、忽然と姿を消したではないか!


「おお!」


 その場に居た全員が誰ともなく歓声を上げた。それに気を良くしたのか、シャルルはまるでアリスのように照れた仕草をする。意外と可愛い奴である。


「ありがとうございました、トーマスさん」

「いえ。お役に立てて光栄でした」


 慇懃な態度で頭を下げるトーマスを見て、ルイスは誇らしげな顔をしている。


「こんな魔法使えるなんて知らなかった。どうして今まで黙ってたの?」


 ノアの言葉にシャルルは首を傾げた。


「別に秘密にはしていませんよ? アリスさんから聞いていませんか? 私の得意とする魔法は本来、サポート魔法なんですよ。だから今回もいざと言う時は皆で転移しようと思ってあちこちに妖精達を配置してたんですが、皆さんのおかげで頼まなくても済みました。本当にありがとうございました」

「そうだったんだ……って、え⁉ あれだけ攻撃魔法使っといて?」

「ええ。攻撃の方が苦手ですね。何せ妖精達が力を貸してくれないので」

「……やっぱりシャルルって妖精族の血引いてんだね……」

「ええ。私の魔法はほとんど妖精たちが手を貸してくれてこそです。だから私の魔力が特別多い訳ではないんですよ」


 それを聞いた一同は感心したように頷いた。


 そんな中、ルイスは気づいた。魔法を使い終わってもなお、シャルルの周りには金色の粉のような光が大量に舞っている事に。


「も、もしかしてこれが妖精なのか……綺麗なものだな……ほら、おいで」


 ルイスは恐る恐る手を伸ばして光を手の平で受け止めた。その途端に光は消えてなくなってしまう。それを見て感動しているルイスに、シャルルは申し訳なさそうに言う。


「あ、いえ。それはただの鱗粉です。本体はもうとっくに洞穴と一緒に城に戻ってますよ」

「え⁉ ……そ、そうか……」


 恥ずかしそうに手を引っ込めたルイスに、それまで緊張していたスルガと鉱夫達が一斉に噴き出した。


「ルイスさぁ~その天然、ほんとどうにかしてよ?」

「……恥ずかしい」


 そう言っておでこを押さえるカインとノアを見て、さらに大爆笑が起きる。隣ではシャルルまで笑っているではないか。


 スルガと鉱夫達は思った。話に聞いていたルイスは王子と言う名を笠に着て、傲慢で我儘でやりたい放題だと言われていたが、本人を見ればそんな話が全くのデタラメだった事が分かる。


 誰が流し始めた噂かは分からないが、偽シャルルのしてきた行為を考えると、もしかして偽シャルルがそういうデマをわざと流したのではないだろうか? 皆はそんな風に考え始めていた。そして今、自分達のすべきことは、そんな噂など払拭する事だと。



 アリスはリアンに稽古をつけながらも、ずっと上の空だった。気づけばポケットに仕舞った髪飾りを探っている。


「お嬢様、そんな事では怪我をしてしまします。もう今日はお嬢様は外れてください」

「!」


 キリから戦力外通告を受けたアリスは、その通りだとすぐに練習場を後にした。


 さっきからずっとノアにメッセージを送っているのだが、一つも返ってこない。こんな事はスマホを持ち出してから初めてだ。授業中でさえノアはマメに返信してくれるというのに!


 練習場の外で体育座りをしてスマホを眺めるアリスの上に、突然影が差した。


 驚いて顔を上げると、そこにはキャロラインがこちらを見下ろしている。


「隣、いいかしら?」

「あ、はい。もちろんです!」


 空元気で答えたアリスにキャロラインは汚れる事も気にせずにアリスの隣に腰かけて来た。


「心配ね」


 突然のキャロラインの声に、アリスが無言で頷く。


「私も心配。多分、皆も」

「……はい」


 分かっている。それは分かっているのだが、理屈ではないのだ! そんなアリスの心を読んだように、キャロラインがクスリと小さく笑った。


「嫌よね。待ってるだけって。さっさと連絡寄越しなさいよ! って思うわよね」


 そう言って自分のスマホをアリスに見せた。そこには、やはりアリスと同じようにルイスあてのメッセージがズラリと並んでいる。


「見て。最後のなんて、こんな喧嘩腰で送っちゃったわ」

「……ほんとだ」


 アリスはキャロラインの送ったメッセージを見て思わず笑ってしまった。


 確かにとても喧嘩腰だ。『早く返信してください!』だなんて、これを読んだルイスが顔を真っ青にして電話してくる姿が目に浮かぶ。


「私ね、ずっとループの記憶があるでしょ? でも、ただの一度もこんな風に誰かと行動を共にした事はなかったの。王子の婚約者たるもの、っていう矜持はずっとあるわ。もちろん、今も。でも、今思えば私はルイスをただの王子として見ていたのよね、ずっと。王子に相応しくなければならない。それは別に、ルイスでなくても良かったの。いつかノアが言ったように、本当に人形のようだったのよ。けれど、今回のループは違う。王子はルイスでないと嫌だわ。もしルイスに何かあって王子で無くなれば、私もその時点で公爵家の娘を勘当されてもいい。そう思うぐらいにはルイスを愛しているの」

「キャ、キャロライン様……」


 率直なキャロラインの話にアリスが頬を染めると、キャロラインは柔らかく微笑んだ。


「そんな風に思えるようになったのはね、あなたのおかげなのよ、アリス。いいえ、あなただけじゃない。皆のおかげなの。ループの原因は確かにゲームの強制力のせいかもしれない。でも、そこから逃れられなかったのは、もしかしたら私達自身が本気でそこから逃れようとしていなかったのかもしれない。そんな風に思うのよ」

「どういう意味ですか?」

「言ったでしょ? 私はずっと人形のようだった。自分で動かなかったのよ。人の役に立ちたいとも大して思ってなかったし、公爵家に相応しい人間以外と繋がりを持とうとも思ってなかった。その結果慌てて動いた時には全て遅くて、あなたの言うバッドエンドにしかならなかったのよね。でも今回はあなた達を介して色んな土地の人や色んな立場の人達と出会う事で、私はようやく心からルイスを愛せるようになったし、この世界で生きたいと思えるようになった。ねぇアリス、あなたは誰の為に何をしたいの?」

「私……私は、皆で幸せになりたい。知ってる人も知らない人も、誰かが泣くのは嫌だもん。……あと、兄さまとずっと一緒がいい……兄さまとずっと一緒に居たい!」


 とうとう涙を零したアリスをキャロラインが抱きしめてくれた。声に出してようやくはっきりと自分の願いが分かる。大好きな人達やそうでない人達も笑えるように。その方がずっと笑って居られる。心が苦しくならなくて済むから。


 何よりも、隣にはずっとノアに居て欲しい。兄だから? 違う。もっと単純に好きだからだ。


 恋愛感情とかはアリスにはまだよく分からないが、一つだけ言えるのはこんなにもむしゃくしゃしたり泣きたくなったりするのはノアにだけだ。基本的にはお花畑で悲しい事も割とすぐに忘れられる。


 でも、今回ばかりはいつまでも連絡があるまでグズグズ言うと確信がある。

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