第二百九話 ルードの繋いだ縁

「発射用意! 撃てー!」


 ルイスとカインが叫んだのと同時に、突然後ろから誰かの号令が聞こえた。


 そして次の瞬間、空を何百もの火のついた矢が敵に向かって飛んで行く。


「な、なんだ⁉」

「これ……は……」 


 驚いた四人が振り返ると、そこには数百人もの鉱夫達が弓を持ってズラリと並んでいた。


「カイン様、ですね?」

「あ、ああ、そうだけど……」


 驚きのあまりカインが思わず頷くと、隊長であろう男がカインの目の前で膝を折った。


「お初にお目にかかります。銀鉱山の領主、スルガと申します。ルード様からの指令により、はせ参じました! 皆の者、休まず打て! 今こそルード様に恩をお返しする時だぞ!」


 その声に、鉱夫達は雄叫びを上げた。それと同時に矢が勢いよく宙を舞う。


 矢は次々に敵を貫いて燃やし尽くしていく。カインとルイスは、それを見てホッと息をついたが、すぐに顔を見合わせてノアとオスカーの元に駆けだした。


「ノア!」

「オスカー!」


 二人が居た場所には既に敵の死体が折り重なって倒れている。それを見てゴクリと息を飲んで死体をどけようとしたその時、死んでいると思っていた死体の一つが動いた。


「ひぃ!」

「うわぁ!」


 ルイスとカインが慌ててダガーで死体を刺した所で、


「ちょっと! 危ないなぁ」

「ルイスに刺されそうになるとは思わなかったよ。感心感心。そうやって自分の命はしっかり守ってね、二人とも」


 聞きなれた声がしてルイスとカインが息を飲んでいると、死体の下からノアとオスカーが揃って這い出て来た。血まみれになってはいるが、それはどうやら自身の血ではないようでルイスとカインはホッと胸を撫でおろし、思わずノアとオスカーにそれぞれ抱き着いた。


「お前たち! 良かった、無事で! ああ、もう、心臓が止まるかと思ったじゃないか!」

「オスカー! お前まだヘタクソなんだから前線になんか出るなよ! バカか!」


 そんなルイスとカインを押しのけて、ノアが早口で言う。


「オスカーさん、さっきの話だけど」

「はい! 探しましょう!」


 そう言ってまた駆け出す二人にルイスとカインがポカンとした顔をして見ている。せっかくの感動のシーンが台無しだが、まだ戦いは終わっていない。それを思い出した二人は、慌ててノアとオスカーの後を追った。


「一体何なんだ?」

「多分、こいつらの元になる何かがどこかにあると思うんだ。ルイスは僕から離れないでね。カインはオスカーさんに付いて行って」

「分かった」


 こうして二手に分かれて元になる何かを探し回っていると、岩陰に出来たくぼみからゾロゾロと覆面達が這い出てくる場所をオスカーが見つけた。


「ノア様! ここです!」


 オスカーは這い出て来た覆面を薙ぎ払いながら洞穴の奥を覗こうとしたが、覆面が出て来るせいで何も見えない。


「ルイス、業火でこの中を焼き払って」

「ああ」


 駆け付けたノアがルイスに言うと、ルイスはすぐに詠唱を始め、さっき習得したばかりのイメージで洞穴の奥まで焼き尽くす。


「当たり……かな?」

「ですね。はぁぁ……」


 業火が奥まで到達したのか、覆面はピタリと現れなくなった。気づけば這い出て来た覆面達も、合流した鉱夫達の矢によって、全て焼き払われている。


 辺りはシンと静まり返り、誰ともなくその場に座り込む。


「終わった……か?」

「だね」

「皆、お疲れ様。僕、ちょっと中見て来るね」

「あ、俺も行きます」


 ノアは座り込んだルイスとカインを置いてオスカーと共に洞穴を突き進んだ。洞穴はさほど広くなく、すぐに行き止まりだった。奥が少しだけ広くなっていて、どうやらこれは人為的に作られた洞穴のようだ。


 ルイスの業火であちこち焼き焦げてはいるが、奥の広くなった場所にはしっかりと魔法陣と何かの骨が散らばっている。


 ノアはしゃがみ込んで骨の山の頭の部分を持ち上げた。


「これは、鹿?」

「ですね。それも何十頭分も……何て事を……」


 オスカーは視線を伏せて散らばった鹿の骨を丁寧に集め、そっと手を合わせた。隣ではノアも無言で手を合わせている。


「ノア! オスカー! 無事でしたか!」


 洞穴にシャルルがやってきた。その後からゾロゾロと鉱夫達もやってきて、積み上げられた骨と魔法陣を見てゴクリと息を飲んでいる。


「シャルル。お疲れ様。あと皆さん、危ない所を助けていただいて、本当にありがとうございました」

「ありがとうございました」


 頭を下げたノアとオスカーに、誰ともなく気さくに声をかけてきてくれる。


 その鉱夫の態度で、ルードがどれほど長い年月をかけてここの鉱夫達と友情を結んで行ったのかが伺えた。


「こちらこそ、ありがとうございました。ノア・バセット様。あなたが私達全員分のルーデリアでの住民登録をしてくださったのだと聞いています」

「あー……うん、まぁ。でも、僕は書いただけだから。あなた達を助けたのはルードさんだよ」

「それはそうなんですが、あなた達の力があったからこそだと聞いています。本当に、お力になれて良かった!」

「そっか。ルードさんはそんな風に言ってくれてたんだね。何かお土産買って帰ろう。ところで、これをやった犯人に何でもいいので、誰か覚えはありませんか?」

「それはもう女王だとしか思えませんが……証拠と言われると……」


 申し訳なさそうにスルガが視線を伏せる。


「出ましたね、女王。恐らく偽シャルルの手先です」


 突然のシャルルの言葉に、鉱夫達はあからさまに驚いた顔をした。


「に、偽シャルル様⁉ そ、そんなのが居るんですか?」

「ええ。十六歳ごろの私の姿をした偽物です。父に何か入れ知恵をして、ルイス様を襲わせたようです。ノア、証拠はいりませんよ。この魔法陣こそが何よりの証拠になりますから」


 そう言ってシャルルは足元の魔法陣を指さした。


「そうなの?」

「はい。これは魔女の使う魔法陣です。そしてここに眷属の名前が記されています。はっきりと、レンギル・フォルス、と」

「レンギル……様?」


 愕然とした顔をしたスルガと鉱夫達。そりゃそうだ。つい最近までこの鉱山はフォルスの物だったのだ。籍は無かったとは言え、気分的にはフォルスの人間だと言う意識も強かったはずだ。


「私はこれを戻り次第、委員会の審問にかけます。このまま父を、偽シャルルを野放しにしておくわけにはいかないので」

「そんな……ご自身の御父上なのに……」


 悲しそうに視線を伏せたスルガに、シャルルは小さく首を振った。


「だからこそです。父と偽シャルルの関係を切り離さなければ、今のままでは父は死んでします。それは、私も避けたいのです」


 一体いつから偽シャルルが動いていたのか、レンギルは気づけば既にオピリアに手を出していた。それを止めようとする妻であるナターシアさえも幽閉してしまったのだ。妖精の血を引くナターシアは、今はシャルルの計らいで妖精王の所に匿ってもらっている。それがつい半年ほど前の出来事だ。そう、丁度アリスが思い出したぐらいの時期である。


 突然人が変わってしまったレンギルを救えるのは、もう息子である自分しか居ない。


 シャルルの言葉にスルガや鉱夫達は神妙な顔をして頷いた。


「この場所は魔法陣が消えないように保護しておかなきゃだね」

「いいえ。その必要はありません。この洞穴ごと、委員会に持ち込むので」


 シャルルの言葉に皆首を傾げた。


「ん? どうやって?」

「こうやってです。皆さん、一旦外に出て貰えますか? あと、トーマスさん、申し訳ないんですが私にしばらく増幅を使ってもらえませんか?」

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