第百九十四話 ゲームフラグの強制力

「キャロライン様! 頑張りましょう! 聖女目指して!」

「え⁉ え、ええ、そうね」


 アリスが張り切っている。これはもう何か起こる予感しかしない。


「とりあえずお嬢様、お嬢様は三日後の試験を乗り切ってください。でないと休暇延長は申し込めないので」

「……ひゃい……」

「アリス、大丈夫! 今回もちゃんと教えてあげるからね!」

「神よ!」

「ライラ様、うちの猿がお世話になります」

「いえ、猿も仕込めばしっかり芸を覚えます。大丈夫です! 任せてください」


 胸を張ったライラに縋りつくアリス。そんなアリスとライラをリアンとキャロラインとミアは引きつった顔で見ていた。


 かくして数日後、掲示板に張り出された成績順位を見てアリスは飛び跳ねた。答案用紙を持ってすぐさまそれをライラに報告しに行く。


 ライラはアリスの答案を見て喜んだが、所々にお茶の染みが出来ているのは気のせいだと思うようにした。恐らくは採点中にアリスの珍解答を見て教師がお茶を噴いたのだろうが、それは考えない。とりあえずアリスは合格点をもぎ取ったのだから!


「凄いわ、アリス! これでセレアルに行けるわね!」

「うん! ありがとう、ライラ!」

「ええ。くれぐれも気を付けてね」


 オピリア畑が発見されたかもしれないという事は、すぐにルイス達に知らせた。そしてそこにアリスとアランとキャロラインが行く事になった事も。


 もちろんルイスとノアは大反対したのだが、カインがキリの言う様に聖女作戦を決行すべきだと言い出した事で事態は変わった。


「うん! 今回は一応武器も持って行くから大丈夫だよ!」

「そ、そう? でも無茶はしないでね」

「イエス・サー!」


 ビシっと敬礼をしたアリスに不安しかないライラだが、そんな事を言っているうちにあっという間に決行の日はやってきた。


「それじゃあ、一応ダニエル達にも知らせてあるから。何かあったらすぐに匿ってもらいなね」

「ありがと、リー君」

「アリス、これ昨日ザカリーさんとスタンリーさんにお願いして作ってもらったの。お腹が減ったら皆で食べてね」

「ありがと~ライラ!」


 アリスはライラから受け取ったクッキーを鞄に仕舞い込むと、皆が待つ馬車に乗り込んだ。


 今回は御者台ではない。何故なら、キャロラインにめっちゃ怒られたからだ。


「それじゃあ、行ってきま~す!」


 アリスが大声で馬車の窓から叫んだのを合図に馬車はゆっくり動き出した。


「アリス、聞いたわよ。ギリギリだったんですって?」

「えへへ~」

「えへへじゃなくてよ? あなた、今からそんなでこれから勉強ついていけるの?」

「お、教えてもらうもん! ライラが教科書作ってくれるって言ってたもん!」

「お嬢様、いつまでもライラさんを頼っていてはいけませんよ。あまりにも酷いとそのうち見放されてしまいます」

「……」


 アリスはキリの言葉に驚愕した。それもそうだ。いくらライラが温厚とは言え、今の自分は完全にライラに頼り切ってしまっている。いつ愛想をつかされてもおかしくないのだ。


 アリスは真顔で頷くと、おもむろにライラ印の教科書を取り出した。


「酔いますよ」

「大丈夫。南天の葉っぱ一杯持ってきた」


 それから数分後……。


「……先が思いやられるわね……」


 キャロラインの膝に頭を乗せてグーグー寝ているアリスを見下ろしてキャロラインは大きなため息を落とした。


 身体能力とひらめきに特化したアリスは、それ以外の事はからっきしである。分かってはいた。分かってはいたが! どこの世界に王妃候補の膝の上で眠る者が居ると言うのだ! まだルイスにすらした事ないのに!


「アリスさんはどのループに居ても、度胸は凄いですね」


 どのループのアリスも度胸だけは凄かった。あの断罪される瞬間でさえ、アリスは笑ったのだ。それはループが続く事が分かっていたからなのかどうかは分からないが、普通に考えてあの場面では笑えまい。


 アランの言葉にキリが首を傾げた。


「そうなんですか?」

「ええ。アリスはどんなに周りの人に嫌味を言われても絶対にめげなかったわ。いつもニコニコして……もう少し賢かった気がするわ」


 敵として対立していたキャロラインはアリスの立ち回りの上手さを知っている。気づけばいつも陥れられるのは自分で、余計にアリスはもっと賢いのだと思っていたのだが。


「それこそがゲームの強制力、なのではないでしょうか」

「だと思います。僕は攻略される側だった時の事も覚えていますが、アリスさんはまるでセリフを言う様に話していたんです。すると、不思議な事に僕は何故か気づけば勝手に思っている事とは別の事を話してしまうんです。それがずっと何故かは分かりませんでしたが、ゲームだと言われて納得がいきました。あれはきっと、アリスさんが僕を攻略するためにその鍵になるセリフを言っていたんでしょうね」

「フラグという奴ですか」


 何かに納得したキリは、ノアが気になっていると言っていた話を思い出す。


「キャラクターは、つまり強制力によって思っても無い事を言ってしまうと、そういう事ですか?」

「そう、だと思います。もちろん普段はそんな事ないんですが、アリスさんが何かを言った時だけ、という感じですね」

「なるほど。ありがとうございます、アラン様。夜にノア様にお知らせしておきます。何か重要な事のような気がするので」



 その日の夜、途中の宿で一泊する事になった一同は全員のスマホを繋いで会議をした。


「と、言う訳なんです。どうやらお嬢様の一言に口が勝手に動く、という感じのようですね」


 キリは昼間アランに聞いた話を簡潔にノアに話した。


『なるほどねぇ。で、それに答えるとルートの先が開くのかな』

「多分、そういう事かと思います。僕もまさかこれがゲームという物の世界だとは思ってもいなかったので、単純にアリスさんの魅了だとばかり思っていたんですが」

『そこも俺ずっと不思議だったんだけどさ、宝珠見る限りアリスちゃんって魔法一切使ってなかったよな?』

「そうですね。僕も見た事ないです」

「私もよ」


 アランとキャロラインの言葉にカインは頷く。


『でもノアは居なかった回の方が多い訳じゃん? じゃあさ、どうやって学園に入ったんだろう?』

「……言われてみればそうよね……アリス、あの黒い本に魔法の事は何か書いてあった?」


 突然のキャロラインの言葉にアリスは黒い本を取り出してマッハで捲ってみる。


 けれど、自分の魔法の事については何も書かれていない。それどころか、どうやって学園に入ったかも一切書いていないのだ。


「何も書いてないです。どうして学園に入る事になったかも」

『だよね? 一体どういう経緯で学園に入ったんだろう』


 そもそもどうしてそういう大事な事を書き残さないのだ! と過去アリスを叱りつけてやりたいところだが、今更それを言っても遅い。


『カインの言いたい事も分かるんだけど、今回のアリスが多分初めてなんだよね。学園に入る前から記憶が戻ってるのってさ』

「それもそうね。過去アリスは全部十五歳からの途中編入だったわ。その度に私はまたか、って思ったんだもの」


 何かを思い出すキャロラインにアリスが申し訳なさそうに項垂れた。


『その時に何か噂とかにならなかったのか? 途中編入など珍しいだろう』


 髪を乾かしながら言うルイスにキャロラインとアランは同時に首を振る。


「それが何も。不思議なぐらい噂にならなかったのよ。いえ、アリスの事は噂になってたわ。男爵家の子が編入してきたようだ、どうやらルイス様がアリスを気に入ってるらしい。カイン様にスカウトされて生徒会の雑用をしているそうよ。アラン様から魔法を直々に教えてもらってるんだって。そんな噂なら毎日流れていたんだけど、本人の人となりとかは一切聞かなかったわ。そのうち、そこに私がアリスを虐めているらしい、っていう噂が加わったのよ」


 思わず拳を握りしめたキャロラインを見て、アリスはさらに縮こまった。


「アリス様、今のアリス様の話じゃないので、そんな小さくならないでください」


 そう言ってミアがアリスの背中を撫でてくれる。何て優しいのか。キリとは大違いである。

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