第百五十九話 アリスひらめく!

「そうなんだよ。まずこっちは全国民に配布だからもちろん紙とインク代は相当量いるよ。でも、ダニエルがそこはもう動いてくれてて、印刷業者から結構支援者が出てるみたいなんだよね。見積もり出してもらったんだけど、このぐらいね。それから宝珠の方は映し出す壁さえあれば小さい物でも全然いいからこれぐらいのコストで抑えられるんだよ」


 そう言ってノートに計算式を書いて見せたノアに、オリバーはじっと見入っていた。オリバーとしても、国全体の識字率は上げたいところである。


「ほんとっすね……そっか、学校建てると維持費にまた莫大な金額がかかるんすね」

「そうなんだ。その点、これは配布だけしちゃえば何回でも見れるし、教師も要らないって訳」

「……考えたっすね。で、これもキャロラインの資産でやるんすか?」

「いや、流石にキャロラインだけでは無理だ。だからそこはほら、これ」


 カインはそう言ってスッとオリバーの前に契約書を差し出した。そこにはロビン・ライトの名前とサインがしてある。契約書の内容は、アリス工房に出資する旨が綴られているのだが、その額が凄い。


「ま、まじっすか⁉」

「うん、マジ。俺も流石にビックリしたんだけど、どうも兄貴達から散々ラーメンの話を聞いたみたいなんだよね」


 この話が決まった時、カインはすぐにロビンに手紙を書いた。すると、学園にカインが帰るよりも先にロビンからの手紙が届いていたのである。ご丁寧に契約書まで作ってくれていたので、それをクラーク家とオリビアとステラに送った所、三人からはすぐに電話で了解の返事をもらう事が出来たのだ。


「うちに至っては両親共にかなり乗り気で、既に国民の半分ぐらいに相当する魔法石を削りだしていて……すみません。何ていうかスマホの時同様、凄く先走ってるみたいで」


 申し訳なさそうに頭を下げたアランにノアが苦笑いした。


「いや、ありがたいよ。ちゃんと返すからね、ありがとう。そんな訳で、出資者は結構居るんだよね、これが」

「いやいやいや! こんなん、絶対に失敗出来ないっすよね⁉」


 何をやるにも金が要る。キャスパーがよく言っていたセリフがふと頭を過ったオリバーが言うと、ノアは真顔で頷いた。


「失敗なんてしないよ。この面子で失敗するなんて、それこそありえないでしょ?」

「……」


 その言葉にオリバーは周りを見回して納得したように頷いた。確かに豪華すぎる顔ぶれである。


「もうなんかアリス工房は凄い会社になりそうっすね」

「そりゃ、アイデアマンが前世持ちだからね。アリスが思いついた物を商品にするのが、昔から僕の役目だよ」


 昔からアリスが寝ぼけた時に書いたメモを元に色んな物を作り上げたノアである。むしろ、今まで会社を設立しなかった方がおかしい勢いである。


「言われてみれば、釣りに行った時も何だったか、アウトドア用品? とかいう便利な物を持ってきていたな」


 折りたたむ事が出来るテーブルに椅子や外で簡単に組み立てる事の出来る個室。その他にも不思議な物が沢山あった。


「全部アリスが寝ぼけて書き出したんだよ。それを解読して色んな所に頼んで回って作ったの」


 最初は訝し気にしていた領民達も、いざ出来上がってそれが便利だと分かるや否や、皆が同じ物を欲しがった。


「何で今まで会社作ろうと思わなかったんすか?」

「うん? 家でね、そういう話になったんだよ。僕もまだ子供だったし父さんはあんまり当てにならないし、管理出来る人が居ないのに商品なんて作っても利用されて終わりでしょ? だからハンナってうちのメイドが、坊ちゃん、お嬢の知識は今はまだ領地の外に出してはいけませんよ。出すなら、坊ちゃんが大きくなって会社を作ってからです。って言うからさ、そうだなーって」


 あの時のハンナの顔は本当に怖かった。そしてそれに頷いた他の皆も怖かった。


 でも今なら分かる。アリスの知識は、この世界を簡単に変えてしまう可能性があったのだという事が。実際に乾麺なんてものを知ってしまった今となっては、あの時のハンナの言葉は、やはり正しかったのだ。


「なるほど……確かに、汚い大人は一杯いるっすからね」


 その筆頭とも言えるのがキャスパー伯爵である。人の才能を人質を取って使うという最低のやり方をしていた。


 それまで仏のような顔をしていたリアンがライラの教科書を捲りながら言った。


「そんな経緯があったんだね。まぁでも、これからはいくらでも発揮してよ。ちゃんとチャップマン商会が広めてあげるから。ついでに僕は見た事ないけど、そのアウトドア用品? って言うのは便利なの?」

「あ、ああ。便利だったぞ」


 ルイスの言葉に目を光らせたリアンは段々アリスに似て商魂たくましくなってくるようだ。そんな言葉を飲み込んだルイスは、特に感動した折り畳み椅子と机の話をすると、リアンは目を輝かせた。


「へぇ、折りたためる椅子と机? それさ、商売するのにも絶対便利だよね?」


 リアンはチャップマン商会の荷馬車を思い出す。机を何台も積んで、それだけで一つの荷馬車が埋まってしまうのだ。あれではいくらいい商品が沢山あっても量が積めない。おまけにそこにこれからラーメンの屋台やらを始めるとなると、余計である。


 リアンの言わんとしている事を把握したノアが頷く。


「ああ、なるほど。そうだね。商売にはもってこいかもしれないね。ちょっと手配しとこうか」

「出来るの?」

「出来るよ。作ったのうちの領民だから、数さえ言ってくれればすぐに作ってくれると思う」

「じゃあダニエルに確認してからまた頼むよ。ありがとね」

「そこはお互い様だよ。さて、それじゃあ今日はここら辺でお開きにしようか」


 久しぶりに皆が集まったからか、今日は随分長い事話し込んでしまった。


 ノアの号令に皆がゾロゾロと動き出し、それぞれの部屋へ戻って行く。


 アリスは部屋に戻ると、ソファの上に転がってライラの教科書と睨めっこしていた。これが全ての国民に配られたら、きっと凄い。おまけにキャロラインの授業が収録された宝珠つきだ。アリスも欲しい。


「でもな~読んだだけじゃ結局わかないんだよね~……」

「アリス? 教科書なんて開いて珍しいね」

「明日は雨どころか、雪でも降るんじゃないですか?」


 キリは窓の外に目をやって空を見上げてみたが、今は少しだけ曇っている。


「んーん。教科書読んでるんじゃなくて、復習は大事だよねって思って。識字率もさ、結局書くから覚えられるんだよね」

「それはそうですね」


 四人分のお茶を用意したキリはソファに座って、やはりライラの教科書を眺めている。


「でも、ノートなんて一般家庭に余る程ある?」

「ないね」

「だよね。う~ん……」


 書いて覚える。これは鉄則だ。特に文字は。計算は誰かに問題を出してもらえばいいが、文字は読めても書けなければ意味が無い。そして紙は貴重だ。貴族や資産家でもなければ、無駄にしていい紙など一枚もない。


「そっか。そこにも穴があるのか。紙が何回も使えたら問題も解決しそうなもんだけどね」

「何回も……使える……?」


 アリスはノアの言葉に目を見開いた。何かが思いつきそうなのだ。


 頭を抱え込んでうんうん唸るアリスの口に、レッドがお菓子を放り込んでくれた。

甘い。美味しいな。ちょっとパンみたいでパサパサしてるけど、こうやって考えると食パンって優秀だったんだな……ん? 食パン? あれで絵を消していた時代があったような……?


「消しゴムーーーーー!」


 突然のアリスの叫びに、それまで談笑しながらお茶を飲んでいたノアとキリが同時に咽た。


「ビックリした! 突然どうしたの?」

「あまり驚かせないでください。心臓がどうにかなるかと思ったじゃありませんか」

「ご、ごめん! 消しゴムだよ、兄さま!」

「うん? ケシゴム? 何それ」


 ケシ? ゴム? アリスの言葉は時としてよく分からない。首を捻ったノアにキリも隣で頷いている。


「消しゴムって言うのはね、書いた文字を消す事が出来るゴムの事なんだよ!」

「書いた字を……」

「消す……? どうやってです?」

「こうやってね、鉛筆で書いたものを消す事が出来るの! この鉛筆と消しゴムがあれば、何回も紙を使えるし、前にライラが言ってた、何度もインクづけしなくてもいいようになるよ!」


 ライラの何度もインクをつけるのが面倒だと言うのに対して、あの時アリスはボールペンを思いついたが、鉛筆であればあるいはもっと簡単に実現できるかもしれない。


 何せ鉛筆は黒鉛と粘土と木だけで出来るのだから! そして消しゴムは生ゴムと硫黄、さらに植物の油さえあれば出来る。意気込んで説明を始めたアリスの言葉を、ノアは一言一句漏らさないように手帳に書きつけていく。

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