第百五十七話 狙われる人達+オマケ

 こうして、帰りの馬車も何だかんだアリスの歌当てクイズをしながら学園に戻るのだった。


 学園に到着して一同は真っすぐリアンの部屋に向かった。電話では、リアンは昨日戻っているはずなのだ。


 ノックをすると、中からリアンの同室だと思われる少年の声が聞こえて来た。しばらくして扉が開き、少年はその場で面子を見て口を開けたまま固まる。


「スティーブ、誰? って、あんた達!」


 スティーブと呼ばれた少年の後ろから顔を覗かせたリアンは一同を見るなり眉を吊り上げる。


「いつも言ってるでしょ! 来るなら連絡してから来いって!」

「ああ、懐かしのリー君! やはりこの暴言を聞くと戻って来たって気がするな!」

「相変わらず可愛いねぇ。で、この子大丈夫? 固まったまま動かないけど」


 カインがまだ扉を開けたままの姿勢で固まっているスティーブの頬を突くと、スティーブは涙目でリアンを睨み、早口で言った。


「もうリアンと同室嫌だ! 先生に言ってくる!」


 そう言ってスティーブは涙を袖でゴシゴシと拭って、そのまま走り去ってしまう。そんな後ろ姿をリアンは呆れたような顔をして見ていただけだった。


「あー……悪かったな。これは俺達が悪い」

「ごめんね、リー君。そんなつもりじゃなかったんだけどさ」


 頭を下げたルイスとカインに、リアンは小さく頷いて部屋の中に戻り、鞄とコート、そして制服だけを持って出て来た。


「行こ。ついでにあんたんとこに今日泊めて」


 そう言ってリアンはノアを指さしてズンズン歩き出した。


 状況がよく分からない一同はそのままリアンの後についてノアの部屋に荷物を置いてそのままルイスの部屋に集まる。


 そこへリアンと共に学園に戻っていたライラが噂を聞きつけて息を切らしながらやってきた。


「リー君! 部屋出たって本当⁉ またなの?」


 ライラの言葉にリアンはコクリと頷く。


「そう、またなの。あの変態ども、本気でそのうち殺しそう」


 何だか穏やかじゃないリアンとライラに首を捻っていたルイスだったが、横からトーマスがリアンにそっとハーブティーを差し出した。


「ありがと。はぁ~……ここのが落ち着くなんて、どうなってんだろ」


 子爵家のリアンが一番落ち着くのが王子の部屋だなんて、本当にどうかしている。


 何だかやさぐれているリアンに、皆は所定の場所に座って次々に運ばれてくるお茶を待ってからルイスが話し出した。


「一体何があったんだ?」

「酒だよ。酒飲んでトチ狂った上級生が深夜に忍び込んできて、襲われかけたの」

「だ、誰が⁉」


 驚いたアリスの声にリアンは鼻を鳴らす。


「僕が」

「はあ⁉」


 前世で男子同士の薄い本を読んだおかげで、アリスはそういう事にも寛容な方だ。それに、戦争などで長い間戦地に居る時などはそういう事もあるというのも知っている。


 しかし、ここは学園だ。しかもリアンにはライラという、それは可愛い婚約者も居るのに!


「もう何回目だよって話だよ。こんなんばっかで、同室の子に毎回追い出されんの。いや何回かは同室の子に襲われかけたっけ」


 何かを思い出すリアンにルイスとカインは神妙な顔をして頷いた。


「で、さっきのが最後の子爵家の子だったの?」


 ノアの問いにリアンは頷いた。男が男に襲われかけただなんて、恥ずかしくて教師になんて言いたくないし、黙っていたら黙っていたでこの様である。


「リー君、私が殺ってあげようか?」


 真顔のアリスにリアンは一瞬頷きかけて慌てて首を横に振った。


「大丈夫、ちゃんとその度に返り討ちにしてる。でも、ルームメイトには毎回迷惑かけるんだよね」


 はぁ、と大きなため息を落としたリアンに、ノアが言った。


「しばらくうちにいれば?」

「でも、あんた達にも迷惑かかるかも」

「大丈夫。深夜の警備は正義の使者アマリリスにお任せだよ」

「は? 何それ、ダサ」

「ダサいよね~。何かうちの家で深夜にルイス様の命が狙われちゃってさ~。そん時に助けてくれたんだって~」


 何てことない感じで話し出したアリスに、リアンは飲んでいたお茶を噴いた。


「ご、ごめ! は? そっちのが重大なんだけど⁉」


 慌てて噴いたお茶をハンカチで拭こうとした所を、キリに止められた。


「使うならコレを」


 そう言って差し出してきたのは布巾だ。何故こんなものが内ポケットから……そう思いながらもお礼を言って机を拭いているリアンに、ルイスが説明してくれた。


 話を聞き終えたリアンとライラは真っ青な顔でアリスを見るが、本人は全く覚えていないようで、『正義の使者アマリリス』の名前のダサさを語っている。


「いや、ちょっと待って。上級生の骨は流石に折らないでよ⁉」

「それはアマリリス次第だね。安心してていいよ、リー君。今日から君は毎晩何の心配もなくぐっすり眠れるよ。お昼はアリスが守ってくれるしね」

「任せて! 骨折らなきゃいいの? じゃ、ちょん切っちゃう?」

「どこを⁉ 駄目だ! コイツに任せてたら返って危ない気がする!」


 慌てたリアンに、隣で震えていたライラがキッと顔を上げた。


「アリス、いいわ! やってしまいましょう! そういう人は痛い目みないと何度も同じことをするのよ!」

「ライラまで⁉」

「よし! 任せとけ! ナイフしっかり研いどかなきゃ。スパっと一気にいかないと可哀相だからね!」

「駄目駄目駄目! 誰か止めて! 何であんた達は帰ってくるなりすぐに暴れるの⁉」


 自分から振った話だが、去勢されるのは流石に可哀相である。


「アリス、そこまでしなくていいよ。とりあえず襲ってきたら捕まえて裸で窓から吊るそ。アリスを襲ってきたっていう体で。それならいい?」

「ま、まぁそれぐらいなら……いや! 駄目だよね⁉」


 納得しかけてリアンはすぐに思いとどまる。助けを求めるようにルイス達を見るが、従者も含めてその場に居た全員が無言で頷いているので、とうとうリアンは抗議するのを諦めた。


「もう好きにして……」

「よし! 正義の使者アマリリス、頼んだぞ!」


 ルイスがアリスに向かって言うと、アリスはただ首を傾げている。どうやら本気でアマリリスは自分ではないと思っているようだ。それが何だか可笑しくてルイスは声を出して笑ってしまった。




オマケ『正義の……使者?』


 その日の夕食の時に久しぶりに皆で集まって食事をしている時に、ふとノアが口を開いた。


「そう言えば今日はリー君とライラちゃんが泊まりに来るんだっけ? でも、残念だな。僕もキリも今日はルイスの部屋に泊まるんだ」

「は⁉」


 突然のノアの台詞にルイスは目を丸くしてノアを見ると、隣からカインが小さな声で囁いてくる。


「ルイス、リー君の後ろに居るのが犯人だよ。ノアの芝居に乗って」


 カインに言われて視線を移すと、リアンの後ろに三年生の体格の良い男子が体を強張らせながらぎこちない動作で食事をしている。それを確認したルイスは小さく頷く。


「初めてだな! お前が泊まりに来るのは! よし、ついでだからカインも来るか?」

「いいの? 男子会しちゃう?」


 悪ノリする二人にノアは頷きながら話し出す。


「でもちょっと心配だよ。女の子二人とリー君だけなんて。リー君、二人をちゃんと守ってやってね」

「……そだね」


 後ろの席に犯人が居る。イライラして食事どころではないリアンである。無表情で返事をしたリアンに、皆は同情の視線を向けた。


 そして夜、約束通りリアンとライラが部屋にやってきた。


「巻き込んで悪いね」

「大丈夫だよ! ライラ一緒に寝よ~!」

「え⁉ で、でもアリスは寝相がちょっと……」


 さりげなく嫌がるライラの腕を掴んで離さないアリスにライラとリアンが苦笑いしていると、誰かが部屋にやってきた。様子を見に来たキャロラインとミアだ。


「大丈夫? 私には何も出来ないけれど差し入れを持ってきたわ。アリス、これ食べてライラとリー君の護衛をしっかりやるのよ」

「イエス!」


 ビシっと格好良く敬礼して見せても、視線はミアの持つお菓子である。


 お菓子を置いてキャロラインが退出すると、アリスは早速お茶を淹れ始めた。お茶を飲みながら三人はキャロラインの持ってきたお菓子に舌鼓を打ちつつ、それぞれの寝室に向かう(結局ライラはアリスとは寝てくれなかった!)。


 深夜二時。部屋の扉が開く音がした。その音にそっと薄目を開けたリアンは、寮の部屋に誰かが忍び込んできた事に気付いた。来た。そう思うとついつい体に力が入ってしまうが、実はこの時、隣の部屋ではルイス達が息を殺して潜んでいた。


 事の起こりはこうだ。いつもリアンは犯人を適当に追い払っていたが、それではいけないとルイスが言い出した。犯した罪には罰を与えなければ他の皆に示しがつかない! そう言い切られて渋々頷いたリアンは、そんな訳で本当は今すぐにでも部屋を飛び出して犯人を叩きのめしたいが、それはすんでの所で思いとどまっている。


 ノア曰く、現行犯逮捕をしなければ意味が無いと言うので、大人しく襲いにくるのを待っているのだが、その時、ライラが寝ている部屋から小さな悲鳴が聞こえてきた。


 ハッとしたリアンは急いで起き上がり部屋を出ようとした所で、アリスの部屋から乱暴に扉を開ける音とこんな怒鳴り声が聞こえてきた。さらに続いて男数人のうめき声。


「か弱い女子の寝込みを襲うなど、人の風上にも置けぬ奴! この正義の使者アマリリスが成敗してくれるわ! 天誅!」

「だ、誰、うぐっ!」

「ぐはっ!」

「ぎゃぁ!」


 一通り聞き終えたリアンが部屋を飛び出すと、ホールには真っ青な顔をしているライラが今まで自分が居た寝室を覗き込んで震えている。


「ライラ! 大丈夫? 何もされてない⁉」

「リー君! だ、大丈夫。……でもあの……あれ」


 そう言ってライラが部屋の中を指さしたので部屋を覗こうとした瞬間、寮部屋が勢いよく開いて控えていたルイス達が部屋に飛び込んできた。


「物凄い音がしたが大丈夫か⁉」

「本当に名乗ってたね」

「……お嬢様……」

「ア、アリスちゃん……」


 部屋に飛び込んできた隣室控え組はライラの居た部屋の中を見て絶句した。


 ノアは確かに裸にして吊るせばいいと言ってはいたが、まさにアリスはそれを実行しようとしている。


 部屋に侵入してきた少年達をひん剥いて素っ裸にして、体に塗料でデカデカと『守衛さんコイツです』『女子の部屋に侵入しました』『寝込みを襲おうとしました』などと書かれている。


「これは酷い……」

「エグ……」


 確かあの塗料は壁に使う奴でちょっとやそっとでは落ちない。あれを全身に使われるとか、どんな地獄だ。


 一方アリスは気絶している三人の足首をロープで縛り上げ、一人、また一人と窓から吊るそうとした所でノアによって眠らされた。


「アリス、そこまでだよ。もう十分だから大人しく寝てようね」

「!」

「さて、これどうしよっか」


 体に落書きされて丸裸の少年達を見下ろしたノアが言うと、後ろに居たキリが気絶している三人に、花瓶の水を遠慮なくかけた。


「ひっ!」

「つめた!」

「な、なに⁉ ぎゃあ!」


 水をかけられた三人は驚いて目を開けた。目の前には無表情でこちらを見下ろすキリが居る。その手にはしっかりと花瓶が握られているので、どうやらあの水を掛けられたようだと三人は悟った。


「お早うございます。どんな寝ぼけ方をしたら人の部屋で裸で眠る事が出来るのですか?」

「いや、あの俺達は……」


 何かを言おうとした少年の目の前に、般若のような顔をしたリアンが仁王立ちで現れた。


「この変態ども! 次は無いって言ったよね⁉ 約束通り、あんた達には王子からきっつい罰を下してもらうから、覚悟しときなよ!」

「お、王子……王子⁉」

「そうだ。俺達はリー君から相談を受けたんだ。だからこうやって罠を張っていた。まんまと引っかかったな」

「そ、そんな……」


 ガックリと項垂れた少年達の事情を聞いたルイスは、彼らに退学処分を言い渡して守衛に引き渡した。


 リアンを襲ってきていた犯人は、一人ではなかった。今までは一人一人が別々にやってきていたが、今回は三人が共謀しての犯行だったようだ。おかげでいっぺんに全員捕まえられたのは良かったが、何とも言えない事件だった。


 少年達に理由を聞いたリアンは、呆れたようにソファに腰かけてため息を落とす。


「はぁ~あ。それならそうと、さっさと言ってくりゃいいのに」

「受け入れるつもりだったのか⁉」

「まさか! もう二度と僕の事が好きだなんて言えないぐらいこっぴどく振るつもりだったんだよ。そうしたら未練も残らないでしょ?」


 そうしていれば、彼らは寝込みを襲うだなんて暴挙には出なかったかもしれない。自ら退学への道を突き進む事などなかったかもしれないのだ。そう思うとやりきれない。


 もう一度大きなため息を落としたリアンは、癪だけれどアリスにライラを守ってくれたお礼を心の中で言う。


 少年たちは、あろうことかリアンとライラの部屋を間違えたのだ。もし万が一にもライラに手を出されていたら、それこそカインの作戦など無視して、アリスじゃないけれどちょん切っていたかもしれない。


 皆はお茶を飲みながら一息ついた。無事に解決して良かったな、などと言いながら、ある一点だけは決して見ないようにしていた。


 そんな中、立ったままお茶を飲んでいたノアが、足元に落ちたものを見てポツリと言う。


「ところでさ、これ、どうしよっか?」

「……明日、私が直しておきます」


 足元に落ちているのは、アリスの部屋の扉の蝶番だ。


 まるで何かに切られたかのように真っ二つに割れているものが二つほど落ちている。その傍らにはやはり二つに割れた、大きな扉だった物が転がっていた。


「……どうやって飛び出したら扉がこんな割れ方するの?」


 リアンの誰に向けてでもない質問に、一部始終見ていたライラがポツリと言った。


「こうやって、ドーンって飛び出してきたのが見えた……気がするの」


 腕をクロスして見せたライラに皆は青ざめ、リアンが思わず突っ込む。


「壊す気満々じゃん! 正義の使者じゃなくて破壊神だよ! 破壊神アマリリスだよ!」

「通り名としてはそっちの方が格好いいね」

「響きがいいですね。アマリリスはダサいですが」

「どうでもいいし、どっちもダサいよ!」


 久しぶりに顔を合わせた仲間たちは相変わらずだった。その事に安堵しながらも深夜のお茶を飲むリアンだった。


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