第百五十六話 国民の識字率アップ計画始動⁉

「そうだよな……めちゃめちゃいい案だと思ったんだけどなぁ」


 大きく伸びをしてため息をついたカインに、それまでずっとシリーにミルクをあげていたオスカーが口を開いた。


「その教科書とアラン様の宝珠をセットにしてみてはどうでしょう? あれは映像が見れるじゃないですか」

「それだ! オスカー天才かよ!」


 カインは勢いよく立ち上がってその場でアランに電話し始めた。


『どうしたんです? カインが僕に電話なんて珍しいですね』


 フードを取っているのか、アランの口調は普通だ。きっと今頃パープルがアランの髪を整えているのかと思うと笑える。


「ちょっと聞きたいんだけど、宝珠みたいに映像が見れるやつってすぐに作れる?」

『宝珠ほど大量の記憶を詰めない物ならいくらでも出来ますよ。宝珠の元は魔法石なんです。魔法石に僕の記憶を写し取っているだけなので』

「なるほど。じゃあそれをさ、量産は? 一個一個お前の記憶詰めなきゃなんないの?」

『いいえ? 例えば百個の魔法石を並べて一度に念写すれば量産は可能ですよ。何故です?』


 不思議そうなアランにカインが先程の教科書と宝珠の話をすると、突然スマホがガサガサと音を立てる。


『お久しぶりです、カイン君』

「へ? え? ク、クラーク伯爵?」

『お話は全て聞かせていただきましたぞ! 早速取り掛かりましょう。これもキャロライン様名義でアリス工房が取り扱うのですかな⁉』

「え? ええ、まぁ……え?」

『分かりました! では私達は市民全員分の魔法石を作れば良い訳ですな! 学園に戻られたら早速宝珠に詰める授業をアランに見せてやってください。では!』


 そう言って電話は切れた。カインはポカンとしたままノアに向き直る。


「ごめん、ノア。決まっちゃったみたい」


 それを聞いてノアは苦笑いして頷く。


「構わないよ。発音の部分がクリアできるのなら、何も問題はないから。それにしても、クラーク家は本当にこういうのが好きだね」

「本当にね」


 お人好し一家はどこまでも人の役に立つのが好きだ。ノアの言葉にカインも苦笑いして頷くと、今決まった事を皆でまとめていく。この作業がカインは一番好きだ。仲間と何かしている! という事を実感できるから。


 結局、授業はカインが元の原稿を作り、キャロラインが授業をする事になった。アリス曰く、


「え? 綺麗なお姉さんに勉強教えてもらうの、嬉しくないですか?」


 との事だ。それについてはノアも、


「手っ取り早くキャロラインには聖女になってもらわないといけないし、いいんじゃないかな」


 という事で、授業をするのはキャロラインに決まったのである。


「これに合わせてアリス工房を立ち上げようか。最初のプレゼントにももってこいだし」

「そういう所は抜け目ないな、ノア」


 ルイスの言葉にノアは頷くと、またいつものように何かをメモっている。


「これはルカ様には言わなくていいのかしら?」


 識字率や計算などと言った事は、一個人で進めてもいいものだろうか? 疑問に思ったキャロラインにノアは首を振る。


「言わなくていいよ。これの手柄は悪いけど王には譲れない。聖女の手柄だからね」

「そうなの? でも市民全員の分でしょう? 流石に私の資産だけじゃ賄いきれないわよ?」

「そうだね。だから僕が色んな所から借金する事になると思うよ」


 シレっとそんな事を言うノアに皆はギョッとした顔をする。


「に、に、兄さま⁉ だ、大丈夫なの? 返す当てもないのに!」


 自慢じゃないがバセット家には本当にお金が無い。特にアリスまで学園に入学した事で家はまたジリ貧なのである。それでもノアはいつものようににこやかに笑っただけだ。


「大丈夫だよ。そうだな、二年もすれば元が取れると思うよ?」

「う、嘘だろう⁉ だ、大丈夫だぞ、ノア! 俺の資産も使って構わないんだからな!」

「ありがとう、ルイス。ちゃんと出資額以上の配当金は返すからね」

「いや! いい! 配当金なんていらないから使え!」


 慌てるルイスにノアはおかしそうに笑った。


「君も本当に人が良いね。大丈夫だってば。スマホと乾麺ですぐに元が取れるよ」


 あれは今後この世界にもたらす最も画期的な物になるに違いない。ノアはそう確信している。


 問題は、どこから借金をするか、である。付き合いのない家に頼み込んで頷いてもらえる訳がないし、下手によく知らない家に頼んで後から経営に口出しをされるのは困るのだ。


 それをノアが皆に伝えると、キャロラインが意を決したように頷いた。


「私はお母さまに聞いてみるわ。スマホもジャムの事もとても気に入ってるみたいだから、もしかしたら出資してくれるかもしれない」

「俺も母に聞いてみよう。もちろん、父には内緒だが」

「うちは多分すぐにオッケーもらえると思うよ。親父は前から国民の識字率に頭悩ませてて、その政策に王が動かないって嘆いてたから、渡りに船だってすぐに乗っかってくると思う。あと、クラーク家はもう出資する気満々でいるでしょ? あ、これ結構集まるな」


 指折り数えて顔を輝かせたカインにノアも頷く。


「ダニエルが既にクリームパンの試作に取り掛かってるみたいだから、学園に戻ったらまた皆で話し合おうか。その時にいくらぐらいになるのか算出して――」


 メモ用紙にやらなければならない事を素早く書き付けたノアは、それを手帳に挟んだ。


「さて、明日も早いしそろそろ寝ようか」

「そうだな。明日はどこの家だった?」


 ノアの声にルイスは立ち上がり、ふと首を傾げた。その質問にカインが返す。


「サルマンさんって言ってなかったかな」

「ふむ。それだけか?」

「いや、メルンさん家の鶏小屋の改築も頼まれてたはず」

「分かった。天地返しと鶏小屋改築だな。よしトーマス、寝るぞ!」

「はい」


 そう言って部屋を後にしたルイスの後ろ姿を見てキャロラインが小さな笑いを零した。


「すっかり馴染んでるのね、ルイス」

「最初の日は文句タラタラでしたけど、今は率先して動いてますよ!」


 キャロラインの言葉にアリスは嬉しそうに笑った。地元を気に入ってもらえたようで嬉しかった。

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