第百三十五話 青春・・・ですねぇ
そして数時間後。
「ノア、あれは暁の門だろう⁉」
「違うね。空高く響けだよ」
「え? 森の果てに、じゃないの?」
「皆ハズレ。時よいつまでも、だよ」
「何故……」
「歌詞がそもそも違う……」
「あの子、音痴に磨きがかかってない?」
いつの間にか始まっていたアリスの歌当てクイズで馬車の中が盛り上がっていると、ようやくバセット領に続く森が見えて来た。
バセット領は森に囲まれた土地である。その為、外からは大変見つかりにくい。領地の真ん中には大きな湖があり、その周りを囲うように家や畑があるのだ。その一番奥、少しだけ小高くなった丘の上にバセット家が建っている。
「凄いな。外から見たら、この中に領地があるようにはとても思えないな」
「そうでしょ? 迂闊に森に入らないでね。特にルイス」
「また俺か!」
「君が一番危なっかしい上に、何かあると困るんだよ? 自覚してね?」
「わ、分かった。森に入る時はアリスを連れて行く」
「余計駄目だよ! アリスは信用しちゃ駄目! 連れていくならキリにして。ていうか、森には入らないで。クマが出るよ」
真剣なノアの顔を見てルイスは頷いた。そうか、まだクマは出るのか。ルイスはコクリと頷いて窓の外を目を細めて眺める。ここでノアとアリスが育ったのかと思うと何だか感慨深い。
リアンの所に行った時も思ったが、その土地土地によって特色が全然違うので、こうやって眺めているだけでも十分に楽しい。どうやらそれはカインもそうだったようで、ルイスと同じような顔をして窓の外を眺めている。
「あ! オスカー、鹿が居た!」
「あの鳥なんでしょうね……見た事ないな」
「……」
ルイスと同じような顔をしているからてっきり心は一つだと思ったのに、どうやらカインは動物に夢中だったようだ。
「ルイス、そんな顔しないで楽しみましょうね」
「ああ、そうだな」
やがて森を抜けると、突然視界が開けた。
領地の入り口には何やらデカデカと即席で作ったであろう垂れ幕がぶら下がっている。
『ようこそいらっしゃいました』
まるで書きなぐったような筆跡と真っ赤なインクが垂れておどろどろしい感じが否めないが、一応は歓迎されているらしい。それを見たノアがおでこに手を当てて呆れたように大きなため息を落とす。
「先に言っとくけど、ここはもう大きな家族みたいなものだから。何ていうか、君達の常識とは大きく外れてると思っておいてね」
「わ、分かった」
「うん、何か予想つくから大丈夫」
「私も。皆アリスみたいなんだろうと思っているわ」
「いや、あれは別格だけど、まぁそうだね。大体そんな感じに思ってて」
良く言えば人懐っこい。悪く言えば厚かましい人達が集う場所、それがバセット領である。
それにしてもあの垂れ幕は酷い。
馬車が門をくぐって領地に入ると、大歓声が聞こえて来る。もはやパレードのようである。沿道には住民たちがこぞって出て来ていて、何やら手作り感満載の旗を振っているではないか。
「ちょっと……いや、かなり恥ずかしいな」
まさかこんな出迎えを受けるとは思っていなかったルイスが、照れてスッと馬車の奥に引っ込むと、ノアが馬車の窓から叫んだ。
「ただいま! 皆もういいから仕事に戻ってね!」
その声を聞いて領民達はそこらかしこからノアに声を掛ける。ノアはそれに大声で相槌を打って笑顔で手を振っている。慣れとは恐ろしいものである。これではどちらが王子か分からない。
「ルイス、あれぐらいサービス出来ないと王様なんて務まらないんじゃないの?」
「え! あ、あれをやるのか?」
恥ずかしすぎる! 思わず両手で顔を覆ったルイスを見て、キャロラインが小さな笑い声を漏らす。
「どうするの? 私達の結婚式のパレードなんてこんなものじゃないわよ? その時もそうやって顔を隠すの?」
からかうようなキャロラインの声にルイスはハッと顔を上げる。その顔は真っ赤である。そしてその顔を見てキャロラインは今自分が何を口走ったか気付いて、やはりルイスと同じように顔を覆った。
「青春ですねぇ」
しみじみと言うトーマスにオスカーとカインがおかしそうに笑う。
「甘酸っぱいです」
「俺は砂を吐きそうだよ」
「お、お嬢様ってば……」
主人と同じように耳まで真っ赤にしたミアを見てキリが目を細める。
「ほらミアさん、あそこに仲間が一杯いますよ」
「え?」
キリの指さした先には子豚がわらわらと泥を掘り返して遊んでいる。それを見た途端、ミアの顔はさらに赤くなった。
「わ、私は豚じゃありません! そ、そりゃ最近ちょっと太りましたけど!」
「そうですか? そんな風には見えませんが。むしろもう少し食べた方が良くないですか?」
「わ、私にもっと豚に近づけと⁉」
「いえ、大丈夫です。ミアさんはもう十分豚なので」
「な、な、な!」
膝の上で拳をブルブル震わせるミアを見て、キリが首を傾げた。
「どうして怒るんです? 豚は可愛いじゃないですか。私は生物の中で一番好きですよ」
「……へ?」
突然のキリの言葉にミアがポカンと口を開ける。
そんな二人を見て震える手でオスカーの肩を掴んで笑いを堪えるカイン。
「ヤバイ、俺、こっちのが恥ずかしいわ」
「流石隠しキャラですね」
「青春……ですねぇ」
やっぱりしみじみと言うトーマスに、今度はノアが真顔で頷いた。
こんな事ならアリスの隣に座れば良かった。そんな事を考えながら久しぶりの我が家を見上げると、家の前にはハンナとロイ、そしてアーサーがこちらに向かって手を振っているのが見えた。きっと御者台からアリスが手を振っているのだろう。
「ただいまー! みんなー!」
アリスは御者台から身を乗り出して手を振った。そんなアリスの首根っこをジョージがしっかりと持ってくれている。
やがて馬車が門の前で止まり、アリスは御者台からドンブリを持って飛び降りると、勢いよくハンナに抱き着いて頬にキスをする。
「ただいま!」
「おかえりなさい、お嬢様。これがドラゴンとわんちゃんですか?」
「そうだよ! ドンちゃんとブリッジ! 略してドンブリ!」
アリスの言葉にドンはブリッジから降りてペコリとお辞儀をする。それを見てハンナは驚く。
「賢いもんだねぇ! よろしくね、ドンブリ」
「キュ!」
「ウォン!」
「アリス、父さまにはハグはないのかい?」
「父様もただいま! ロイも!」
そう言って一人ずつハグしてキスして回っていると、馬車からゾロゾロと皆が降りて来る。
「ただいま、皆」
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい、坊ちゃん、キリ」
「お帰り、ノア、キリ。父さんにハグは?」
両手を広げたアーサーにノアもキリも怪訝な顔をしている。
「え、いる? 男からのハグとキスって嬉しい? 僕なら嬉しくないんだけど」
「同感です」
「……男の子はこれだから……」
冷たい二人にアーサーはがっくりと項垂れ、ハンナは相変わらずだねぇ、と笑う。
「先に紹介するね。ルイス、カイン、キャロライン。従者のトーマスさん、オスカーさん、ミアさんだよ。ここに居る間は僕達と同じように扱って欲しいってさ」
適当なノアの紹介にアーサーは苦笑いを浮かべて一人一人と握手をして回る。
ふと、ハンナがルイスを見て一瞬驚いたような顔をして嬉しそうな懐かしそうな不思議な表情を浮かべた。
「初めまして、ルイス様。ハンナと申します」
「……あなたが」
名前を聞いて何故ハンナがそんな顔をしたのかを理解したルイスは、最敬礼をとった。それを見てハンナはギョッとして慌てたようにルイスに頭を上げさせる。
「いけませんよ、私のような者にそのような礼は」
「いいえ。そうは思いません。母にとってあなたは無くてはならない存在だったと聞いています。恩人だったのだ、と。母の恩人は私の恩人でもあります。だからこの最敬礼は何も間違いではありません」
「……王妃様はお元気ですか?」
ハンナの問いにルイスは顔を綻ばせた。
「はい、とても。ただ今回ここに来た事は両親に伝えていないので、もしかしたら後で叱られてしまうかもしれません」
苦笑いを浮かべたルイスにハンナも笑った。
「そりゃ怖いね。あとで電話でもしてみようか」
何度も電話をしようと思っては止めた。何て話せばいいか分からなかったし、身勝手な事をして王宮を出る事になったのだから今更会わせる顔がない。ただ、メルの事は伝えたい。
王妃の計らいのおかげで、メルは今幸せに家族と共に暮らしていると。
「母も喜ぶと思います。あと、ホープキンスも」
ニヤリと笑ったルイスを見てハンナもおかしそうに口の端を上げる。
「そういう所は王にそっくりだね。でも、顔は王妃様だ。何だか懐かしくなるよ。何も無い所だけれど、ゆっくりしていってね」
「はい。お世話になります」
会った事は無いはずなのに何だか懐かしい気がするのは、よくステラからハンナの話を聞かされていたからに違いない。
振り返って微笑んだルイスを見てキャロラインも微笑んだ。
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