百三十一話 名は体を表すと言うが、魔法は体を表さない

 馬車から下ろした荷物を軽々と持ち上げるアリスを見て、ルードは諦めたように頷いた。


 昼食を久しぶりに皆で食べ、ライリーとローリーを寝かしつけたノアがルイスの部屋に戻ると、そこにはクリームパンを顔を輝かせながら頬張るメグが居た。第一印象は大人しい人だと思っていたが、ルイスの部屋に既にすっかり馴染んでいる所を見ると、そうでもなかったようだ。何ならルードの方が身を縮こまらせて恐縮した様子でソファの隅に座っている。


「寝た?」

「うん、もうぐっすり。ドンブリ抱きかかえて寝てるよ」


 子供達は自分達が作った麺を両親に食べさせてやるのだと言って、昨日から一生懸命ラーメンの仕込みを手伝っていた。そんな二人はすっかりザカリーとスタンリーとも仲良しである。


両親が美味しい! と目を輝かせたのを見て、ライリーとローリーは満足げに笑っていた。


 その様子を見てメグは安心したように笑い、子供達との再会を喜んで今に至る。


「アリスちゃん、これは中に何が入ってるの? こんなの初めて食べたわ!」

「これはねー、カスタードクリームっていうの。結構手軽に作れるんだよ」


 そう言ってレシピの説明をするアリスに、メグは真剣な顔で頷いている。こちらもすっかり仲良しである。


 ノアはアリスの隣に腰を下ろすと、お茶を一口飲んで話だした。


「えっと、アラン、何か報告があるんでしょ?」

「あ、はい。アレックスさんの容体が大分安定してきたと報告がありました。やはりあの組紐を付けてから薬を全く受け付けないそうです。あれは凄いですね」


 そう言って遠い場所を見つめるアランは、アリスの思考そのものにかけてしまう魔法について考えていた。


「俺の所にも連絡があったよ。一体何をしたんだい?」


 あれだけ薬が切れると暴れていたアレックスが、何故こんなにも早く回復しだしたのか全く分からない。


「実は、これを着けてもらっているんです」


 そう言ってアランが取り出したのは一本の組紐だった。それを手に取ったルードはまだ首を傾げている。


「これには、薬を前にすると恐怖や気分が悪くなるという魔法をかけています」

「え?」

「オピリアは前にも言った通り、摂取するとその時だけ異常に脳細胞が活性化するんです。普段では得られない高揚感や幸福感が増す。でも切れると、逆にいつも以上にネガティブになる。それがオピリアを摂取した人達の症状で、いつしか脳が勝手にそれを求めてしまうようになってしまう。それを、この組紐を着ける事で真逆の作用が起こるようにしたんです」

「つまり、薬を摂取しようとすると逆にネガティブになるという事?」

「はい。そのおかげでオピリアという単語にすら拒否感を感じるようにまでなりました」

「それは……流石クラーク家だね……」


 そんな凄い魔法は聞いた事がない。まるでシャルルが使う魔法ではないか。


 けれど、長年魔法について研究しているクラーク家であれば、そんな事すら容易いのかもしれない。納得しかけた所に、アランが首を振った。


「いいえ。僕が作ったのはこの組紐だけです。実際の魔法はアリスさんがかけたんですよ」

「え⁉」


 驚いたルードとメグが一斉にアリスを見ると、アリスは照れたように自身の頭をかく。いや、そんな反応で済ませるような話ではない。


「実はな、このアリスはシャルルと同じように、対象の思考そのものに魔法をかけてしまうようなんだ。まあ、本人を見ていると全くそんな風には思えないが」


 お茶を飲みながらそんな事を言うルイスに、その場に居た全員が頷く。


「シャルル様と……」

「同じ、魔法……?」


 シャルルはフォルスが始まって以来の天才だと言われるほどの魔力を持っている。その事はフォルスでも有名で、早くシャルルに代替わりをして欲しいと望む国民も多い。その事を現大公も恐れているのだ。実の息子を殺害しようと色々な策を巡らせているという噂もあるほどである。


「そんな……あれは一種の洗脳だよ?」

「そうです。だからアリスをこの学園に入れたんです。一歩間違えれば恐ろしい魔法なので」


 破天荒で素直なアリスは、放っておくと何をしでかすか分からない。誰かに唆されるという線も無いとは言えない。キリに言わせればアリスは頭がお花畑なので、本当に危険である。


「なるほど。だとするとアリスちゃんの魔法はカインと一緒で特別枠なのか」

「そう言う事。ぜんっぜんそんな風に見えないけどね」

「――確かに」

「――そうね」

「ひどい!」


 拳を握りしめて抗議するアリスを見てメグは苦笑いを浮かべて笑ったが、ルードは笑えない。実際にシャルルがかけた魔法の威力を知っているからだ。


「それで、その魔法のおかげでアレックスが回復しているっていう事でいいんだね?」


「はい。流石の父と母も驚いていました。組紐の効果もあるのでしょうが、本人の強い意志も大事だそうで、その点アレックスさんは物凄い精神力の持ち主のようですね」

「あの子は小さい頃からこうと決めたら絶対にやり遂げる子でした。そういう意味では、精神力も人並外れているのかもしれません」


「そうですか。あと、父と母が回復したら是非ともクラーク家にスカウトしたいと言っていたんですが、メグさん、彼をスカウトしても構いませんか?」


 アランの言葉にメグは驚いたように目を丸くした。


「そ、それはもちろん。本人がやりたいと言うのなら、私は止めませんが」

「そうですか。では、そう報告しておきます」

「アラン君、一体何故そんな事に?」


 目を白黒させているメグに変わってルードが聞くと、アランは真面目な顔をして言う。


「彼はあんな状態でも自分の症状と投薬を受けた日にち、回数、そして量を全てメモしていたそうなんです。薬についても相当調べていたようで、高揚している時の事さえもしっかり書き記していた。そのおかげで、オピリアの特徴のようなものが分かったそうなんです。そんな彼だからこそ、父と母はスカウトしたいと言っていました。医者の卵だという事も含めて、僕の両親は彼の後押しをしたいようです」

「そんな……ありがたいお話です。本当に……両親がそれを聞いたら、どれほど喜ぶか」


 目尻の涙を拭ったメグに、リアンがそう言えば、と話だした。


「一昨日の夜にダニエルから連絡があって、メグさんのご両親も無事に保護したらしいよ。昨日にはアレックスさんともスマホで話したみたい」

「えっ⁉」


 知らぬ間に既に両親が見つかっていた事とアレックスと話までしていた事を聞いたメグの涙は、一瞬で引っ込んだ。


「それでね、どうもダニエルと凄く意気投合したみたいで、しばらくチャップマン商会にくっついて遍歴医を続けるみたいだよ。ダニエルがスマホ持ってるから、後で連絡してみて」


 そう言ってお茶を飲んだリアンに、メグもルードも目が点である。


「まぁ、あれだよ。ダニエルはかなり信頼出来るから大丈夫だよ。アレックスさんも就職先が決まりそうだし、兄貴はこれからどうすんの?」

「親父とも話してたんだけど、俺は廃嫡されてるからもう爵位はないし、こっちでペット用品の店を始めるつもりだよ。表向きはね」

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