第百二十九話 地味だけどいい男オリバー

「ところで、あんた達名前は? 私はミランダだよ」

「俺はオリバーっす。で、妹のドロシー。血は、繋がってないんすけど」


 明らかに似てなさすぎる兄妹である。だからこそミランダは最初訝しんだのだ。そしてオリバーもそんなミランダの視線に気づいた。こういう時は何か探りを入れられる前にこちらから言ってしまった方がいい。


 案の定ミランダはオリバーの言葉に驚いたように目を丸くした。


「そうなのかい?」

「……はい。俺の母さんは今、闘病中なんです。父さんは俺がまだ小さい頃に亡くなりました。ドロシーは、病気で倒れる前に母さんが、花町でウロついていた所を連れてきたんす。だから血は全く繋がってないんすけど、今はもう大事な妹っす」


 嘘と真実を織り交ぜたオリバーの言葉に、誰よりもドロシーが一番びっくりしていた。そしてミランダはと言えば――。


「何てこった……こんな小さな子を……そうか、だからさっき泣いたんだね……悪かったね。嫌な事を思い出させちまった。それで、母親が病気で倒れて、あんた達は働きに出たのかい?」

「はい。俺はクラーク家の工場で、ドロシーは子爵家の下働きとして……でも……」


 そこでオリバーは会話を切って視線を落とした。それだけでもう、ミランダは勝手にその先を想像して涙ぐむ。


「そうかい。いや、言わなくていいよ。ゆっくりしていきな、二人とも」

「あ、ありがとうございます! 次の仕事が決まるまで、よろしくお願いします」

「ああ、ゆっくり探しな。それまでしっかりこき使うからね!」


 そう言ってイタズラが成功したように笑うミランダに、ドロシーが小さく笑った。


「こりゃまた、笑うとさらに美人さんだねぇ! 兄ちゃんは気が気じゃないね、こんな可愛い妹は!」

「そ……っすね」


 何だかアリスと同じような目をしているミランダに、オリバーは苦笑いを浮かべたが、隣ではドロシーがニコニコしているので、もうそれでいいような気がしてきたオリバーだった。


 一度事情が分かれば、グランの人達は確かに親切だった。何だかあまりの人の良さに少し罪悪感さえ抱いてしまいそうになる。グランに滞在して三日が経った頃には、既にオリバーとドロシーの事はグラン中に知れ渡っていた。


「いや~あんた達のおかげで毎日大盛況だよ」

「そっすか? それは良かったっす。あ、ドロシー、それは二番テーブルっすよ」


 コクリ。


 最初はドロシーを働かせるのを心配していたオリバーとミランダだったが、意外とドロシーはよく働いた。そしてこのドロシーがグランでは今、ちょっとした話題になっていたのである。


「よ、ドロシー! 今日はいい天気だな!」


 コクリ。


「あらドロシー、今日は黄色いドレスなの? 可愛いわねぇ」


 照れ。


「ドロシー、ほら、お菓子持ってきたからやるよ。オリバーと食べな」


 コクリ。


 こんな調子で、話せないドロシーに皆が話かけるのである。その度にドロシーは頷いたり照れたり首を振ったりする。どうやら、ノアの読みは正しかったようだ。


『利用しない手はないでしょ?』


 あの時はノアの事を鬼かと思ったが、いざこうやって皆に可愛がられているのを見ると、人選はやはり正しかったと言わざるを得ない。


 そして五日目には、添え付けのクローゼットはドロシーのドレスで一杯になった。オリバーのは二着しかないというのに!


 というのも、黄色いドレスを褒めたお客さんが、ドロシーのドレスがミランダの娘の物だった事を知って、翌日に自分の娘のドレスを持ってきたのだ。それに触発されたように色んな人達がドレスを持ってきたので、あっという間にクローゼットは一杯になってしまった。


「ありゃりゃ、こりゃ凄いね。可哀想に、オリバーのは二着だけかい?」

「いや、いいんす。俺は毎日ドロシーが楽しそうにドレス選んでるのを見てるの嬉しいんで」


 毎日嬉しそうにドレスを選ぶドロシーを見ていると、心の底からそんな風に思える。


「あんた、いい男だねぇ! ドロシー、結婚するんならこういう男の所に嫁ぐんだよ?」


 コクリ。


 ミランダの言葉にドロシーは頷いてオリバーのジャケットの裾を掴む。それを見てミランダはおかしそうに笑ってドロシーの頭を撫でた。


「そろそろ夕食にしようか。ほら、用意して下りといで」

「っす!」


 コクリ。


 一日の仕事が終わり、貰って来た湯で体を拭き終えたオリバーは、ノアに定期報告をした後ドロシーと二人で会議をした。いや、ずっと隠れていた桃も入れて三人である。


 ドロシーは桃を机の上に置いて、桃のカツラを一生懸命梳かしていた。そこにオリバーがホットミルクを持ってくると、ドロシーは嬉しそうに顔を綻ばせて、スマホで『ありがとう』と打ってくる。


「どういたしまして。で、どうっすか? ちょっと慣れてきたっすか?」


 コクリ。


「そっすか。そろそろ作戦開始しようと思うんすけど、いけそうすか?」


 オリバーの問いにドロシーは桃を抱持ち上げて顔を突き合わせた。時折お互い頷いているので、恐らく何か会話をしているのだろうが、傍から見たらなかなか不気味である。


 しばらくして、ドロシーはオリバーを見上げて力強く頷いた。


「そっすか。じゃあ、明日からスマホ見せびらかし作戦決行っすね」


 コクリ。


 こうして、翌日からノアに頼まれたスマホを出来るだけグランの人達に見せびらかす作戦が始まる事になった。

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