第百十三話 誰かの助けになる魔法
「レンタルにしたらどうだ?」
「レンタル?」
「そうだ。必要な人に必要な時だけ預けるようにしてみたらどうだろう?」
「それは……難しいと思います。彼らには彼らの好みがあります。どの子でも言い訳ではないんです」
「では、あらかじめ一定数作っておいて、そこに選びに来てもらう形にすれば?」
「それならあるいは……ですが、魔力の供給が難しくないですか? この子達はアリスさんの魔力を吸っているんですが、そうなると誰の魔力を供給すればいいですか?」
「ふむ。その時だけ持ち主の魔力に関与するようには出来んのかね?」
これだけの術式を書けるアランである。そんな事は簡単だろうと思うのだが。そんな思いを込めてアランを見ると、アランは困ったように笑っている。
「出来るのだな?」
「はい、まあ」
「では、決まりだな。これは量産できるか? まずは試験的に様子を見てみよう」
どんどん仕切りだす校長に困惑したようにアランとアリスがおろおろしていると、イーサンが、突然肩を震わせて笑い出した。
「ははは! 参りましたよ、校長。あなたとは長い付き合いですが、すっかり忘れていました。あなたは本当に、根っからの魔法術の先生だった事を。こいつらの存在は、あなたの夢でもある。そうですよね?」
イーサンの言葉に校長はグッと黙り込んだかと思うと、ため息を落として言った。
「そうだな。夢だ。魔法が人を救う。ずっとそう思ってきたが、孫が笑わなくなったのを見て、どれほどに自分が無力かを思い知った。私の使える魔法など、何の役にも立たない。だが、この子達を見て思った。私のしたかった事は、こういう事なんだ。誰かのために役立つ魔法の使い方。これこそが魔法の本質であり、正しい使い方なんだ」
「魔法は誰かの為に使え。それが出来なければ、魔法など使うな」
「それ、先生が毎日言うやつ!」
「校長の受け売りだよ。俺の魔法は危険魔法だからな。ずっと危険視されていたんだ。そういう意味では、お前たちの作った空気人形は俺の夢でもあったんだよ。無害で誰かの役に立つんだってな。まあ、結果スライムに生まれ変わってる訳だが?」
そう言ってイーサンはレッドを指先で突いた。途端にレッドはフワフワと震える。
「確かに今はスライムですが、水でこんな形は作れませんから、先生の魔法は絶対に必要なんです。それに、術式上はスライムになっていますが、このフワフワ感が出るのはやはり、空気を多く取り込んでいるからだと思います」
イーサンの空気を固める魔法はがっちりと空気が固定されているので型崩れがない。水は固めると凍るし、それではスライムに書き換えが出来ないのだ。
「そうか。だったら、これはやっぱり空気人形なんだな」
嬉しそうに笑うイーサンを見て、アリスもアランも頷いた。
「ですが、今すぐの量産は難しいですよ? 何せ人工脳が足りないので。それに、アリスさんに毎度表現するをかけてもらわないといけないので」
「確かに。人口脳はどうやって作っているんだ? クラークにしか作れんのか?」
「いえ、脳自体は手作業ですよ。だから誰にでも作れます」
アランは人口脳を取り出して校長とイーサンに手渡した。ツルンとした表面は顔が映りこみそうなほど磨きあげられている。
「これは、魔石か」
「はい。うちの裏の山にある魔石から削りだして丸くしただけのものです。ここに思考する、という術式を入れるだけで完成です」
「なんて単純な! そしてこれを埋め込んだ?」
「ええ。ここにアリスさんの『魅了』をかけてもらうと、脳が動きだしたんです。ですがアリスさんの魔法がどうしても術式に現せないんですよ。だから量産はなかなか難しいんです」
特殊なアリスの魔法はどんな作用なのか、術式では表現が出来なかった。出来上がった術式を見ても、その部分だけ焼け焦げたように黒くなっているのだ。だが、これは何となく分かっていた事だ。特殊な魔法を持つ者の魔法は総じて見えなくなっているという。それは他者からだけではなく、本人にも見えないというのだから誰も真似しようが無いのだ。
それを伝えると、校長は納得したように頷いた。
「特殊な魔法は神からのギフトだ。その代わり制限も普通の者よりも多いという。バセット、その力は、誰かの役に立つように使うんだぞ。これからも」
「はい!」
基本お花畑のアリスは、そもそも悪い事を思いつかない。それはアリスの良い所でもあり悪い所でもあるのだが、アリス自身は食いっぱぐれなきゃそれでいいというスタンスなので、問題ない。
「では、とりあえず四体作りましょうか。お孫さん達に会わせてあげてください。もしもいらなくなる事があれば――」
「その時は私がそのまま引き取るから問題ない」
「そうですか。では、イーサン先生、空気人形をお願いできますか?」
「いいぜ。よっと」
イーサンが手を空気中に翳すと、それを興味津々でレッドとパープルが覗き込んでいる。出来上がった四体の空気人形はすりガラスのように曇った。それを触って遊ぶレッドとパープルを見てイーサンが止める。
「こらこら、これはお前たちの兄妹だぞ? そんな手を突っ込んでやるなよ」
「校長、色はどうします? お孫さんは何色が好きですか?」
「ふむ、ではピンクなんてどうだろう。あとは、紺色とか黄色とか水色とかか?」
「分かりました。では、名前はお孫さんが決めてあげてください。アリスさん、これに表現する、をお願いします」
「はい!」
そんな事があってから半月後、校長からまた呼び出しがあった。
イーサンの部屋に入るなり、校長はアリスとアランの手を取って涙目で言った。
「ありがとう、二人とも! あれから早速孫の元に人形達を連れて行ったんだが、それはもう喜んでな! 姉の方には紺色が、弟の方には黄色が懐いたんだ」
「そ、そうですか、それは何よりです」
汗ばんだ校長の手をアランは必死になって放してもらおうとしたが、校長は一向に放してくれようとはせず、その事でどれほど校長が喜んでいたかが伺えた。
「それでな、孫がな、笑って名前を決めると言い出してな! 裸は可哀相だから、おじいちゃん、一緒にお人形のお洋服見に行きましょうって!」
とうとう溢れ出した涙を堪えもせず、さらにアランの手を握りしめた所で、イーサンが止めに入った。
「校長、、校長、アランもアリスも引いてますから。それぐらいにしてやってください」
「ん? そ、そうか。いや、本当にありがとう。弟の方はまだ赤ん坊だから何も分かってないんだが、泣くと人形を触るんだ。すると、不思議な事に姉がすぐさま飛んできておむつを替えてやったりしてな。聞けば人形が教えてくれると言うんだ。おかしな事もあるもんだ」
「何もおかしくはありません。彼らは思考し、別の人形に伝えるのです。だから、弟さんの言いたい事を代わりに人形がお姉さんに伝えているのでしょう。あの子達の脳は全て繋がっているので。必要な時に必要な人形にだけ伝えられるという事も出来る、という証拠ですね」
「そうか。やはり素晴らしいな。孫はあれからとにかくずっと持ち歩いているよ。人形用にポシェットまで新調して……何より、毎日ちゃんと笑っているそうだ。本当に、ありがとう」
「良かった! ちゃんと可愛がってもらえてるんだ」
もう二度と作ってはいけないと言われた人形達だが、こんな風に誰かの癒しになったのなら、それほど嬉しい事はない。
心ばかりのお礼にと校長は少しばかりのお金と綺麗な色の布と糸とレースを大量にアリスに渡して部屋を後にした。孫に付き合って買い物しているうちに、楽しくなって色々買ってしまったのだろう。これはこのままミアに渡そうと思う。
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