第九十五話 スマホが便利すぎて・・・
「でもそれだと学園でドロシーに会わなくならない?」
「いや、オリバー一人を卒業後に学園にねじ込むなんて簡単な事だよ。それに、ヒロインと面識さえできればそれでいいんだから」
要は、登場人物たちの爵位を合わせて繋がりを作らなくてはならないのだ。最後に集結するために。
「じゃあ、明日はオリバーが何を狙ってるのか探ってみようか。アリスと僕は東通りの一丁目をもう少し詳しく見てみよう。キリはリーフプランツでオリバーに何とか接触を試みてくれる?」
「はい。ですが、オリバーが外へ出て来てくれない事にはどうにも出来ないのが歯がゆいですね」
『サーチ』をかえられる距離までどうにか近づきたいのだが、オリバーが外へ出て来る様子は無かった。
キリの言葉に頷いたノアは、おもむろにスマホを取り出して誰かに電話をかけだす。
『おう! どうだ? 無事見つかったか?』
電話の相手はダニエルである。久しぶりに見るダニエルは少しやつれてはいたが、以前に比べるとどこか楽しそうだ。
「無事に見つかったよ。情報ありがとう。その事でちょっと聞きたい事があるんだけど、今大丈夫かな?」
『ああ、大丈夫だ。こっちも聞きたい事があるんだが、まずはそっちから話せよ』
横柄な態度は変わらないが、口調は幾分優しくなったダニエルに、アリスは腕組をして頷く。
「オリバーって、いつ外に出て来るの?」
『え……? さあ?』
「質問を変えるよ。君はどこでオリバーを見かけたの?」
『俺がオリバーを見かけたのは東通りだよ。お前らから聞いてた地味で泣きボクロのある男が、何か思いつめた顔して製粉工場見上げてたからさ、確かめようと思ってちょっと声かけたんだ』
「声?」
『そう。親し気に、ようオリバー! こんな所で何してんだ? って』
「……随分直球で言ったね?」
確かめるもくそも、ド直球である。
『まあ聞けよ。そしたらさ、向こうもビビったんだろうな。俺の顔見て一瞬驚いた顔したんだけど、すぐに人違いじゃないですか? とか言うから、いやお前! クラスメイトの顔ぐらい覚えとけよ! って言ったんだけど、そっから何も覚えてねーんだよ。つか、もう顔も思い出せねー。あいつマジで存在薄すぎじゃねぇ?』
ダニエルはその時の事をいくら思い出そうとしても思い出せなかったのだ。オリバーらしき人に声をかけた。そこまでは覚えているのに、今となってはオリバーの顔も思い出せないぐらいだ。
「そうなんだ。多分、君は忘却系の魔法をかけられたんだと思うよ。でも、今ので彼がどんな魔法を使うか分かったよ。ダニエル、ありがとう」
『え⁉ 今ので分かんの? てか、俺どんな魔法かけられてんの⁉』
「オリバーは記憶を後から消したりする訳じゃないんだ、多分。発動させている間の記憶を残さないんだと思う。君が最初の方の会話を覚えているのは、君に不意に声をかけられたから、すぐに対処出来なかったんだと思うよ。キリ、『サーチ』はもういよ。彼の魔法の本質が分かれば、いくらでも対処できる。ありがとう、ダニエル。凄く有益な情報だったよ。あともう一個。アリスがまた何か思いついたみたいだから、一度フォスタースクールに顔出してくれない?」
アリスの言う乾麺がもしも成功したら、これは大きな武器になる。
『分かった。近いうちに顔だすよ。でな、こっちの話なんだけど、まず一個目、このスマホって、いつぐらいから取り扱える? 便利すぎて社員に持たせたいんだけど』
離れていてもすぐに連絡が取れるのは、情報が命の商会にはかなり重要な道具だ。
「う~ん、一応アランに聞いてみるけど、あんまり期待しないでね。外側作るのがなかなか大変でね」
『あー……な。これ何で出来てんの? 物によってはウチの取引先紹介できるかもな。リアンと相談してみるわ。あともう一個はキリなんだけど』
ダニエルはそう言ってノアの後ろに居たキリを指さした。ノアがキリにスマホを渡すと、ダニエルは眉を吊り上げる。
『お前! あのメッセージなんだよ⁉ もっと詳しく教えとけよな! 赤毛の女なんてこの世に五万と居るんだよ!』
「ああ、そうですね。ですが名前を聞きそびれたので何も分からないんです。私から教えられるのは、とりあえず赤毛とプラチナブロンドと金髪の三人です、としか」
キリは昼に会った少女達を思い浮かべた。
「それから、年齢はバラバラですよ。プラチナブロンドは十七歳ぐらいで赤毛が十三歳ぐらい、金髪はもう少し小さいです」
『……十七歳はいいとして、後の二人は……役に立つのか?』
今、チャップマン商会は猫の手も借りたいほど忙しい。あちこちに営業に回りつつ、品薄のジャムの予約を捌かなければならないのだ。そこにそんな子供が来たところで、一体何の役に立つというのか。
「ダニエル様、先行投資は大事ですよ。赤毛の少女は十分戦力になると思います。プラチナブロンドと金髪は分かりませんが」
『三人寄越して、その内の二人が使えねーんじゃ意味ねーだろ⁉』
二人のやりとりを聞いていたノアは、怒るダニエルをなだめると言った。
「まぁまぁ、何の話かよく分かんないけど、とりあえず会ってみれば? それから決めればいいと思うけど?」
『ま、まあそうなんだけど。まぁいいや。役に立たないと思ったら、すぐに追い返すからな! お前んとこに!』
決して無責任に追い出さないのはダニエルの女好きの性なのか、その言葉にキリは頷いた。いざという時はアーサーに頼み込んでバセット家で雇ってもらおう。
「話がまとまった所で、改めてありがとうダニエル。また学園で待ってるよ」
『おう。お前らも気を付けてな! じゃ!』
そう言って話し終えたノアは、スマホを鞄に放り込んだ。
「さて、じゃあやっぱり明日は三人で製粉工場に行く事にしようか」
「そうですね。どうやらオリバーの狙いは製粉工場のようですし」
「じゃあそろそろ晩御飯食べに行く⁉」
実はさっきからアリスのお中はずっと鳴っている。それはもう、うるさいぐらいに。
「そうだね。さっきからアリスのお中から猛獣のうめき声みたいな音してるもんね。ごめんね、お待たせ」
「ううん! 全然いいよ! 大丈夫!」
「待って当然です。お嬢様のお腹とオリバーの話なら、優先度は断然オリバーです。だから俺は誉めませんよ」
フンと鼻を鳴らしたキリに、アリスは頬を膨らませた。そんな二人を見てノアは笑う。一瞬で緊張の糸が緩まったのを感じて、ようやくホッと息をついたのだった。
翌日、三人は朝からまたルイスの側近たちの制服を着て製粉工場の中を見学していた。
「チェレアーリの製粉工場はここだけなんですか?」
眼鏡をクイっと上げたノアに工場長は流れる汗を拭きながらコクコクと頷いた。
「は、はい。そ、そうでございます」
「ここで取れるすべての小麦をここで? 大変ではありませんか?」
「いえいえ! そんな事はございません! もうずっと製粉工場はここだけです、はい!」
そう言って工場長は突然やってきた三人に頭を下げた。最初はただの若いセレアルの連中がやって来たのかと思ったが、肩についた刺繍を見て息を飲んだ。まさかの王家からの使者に工場長が慌てたのは言うまでもない。
「そうですか。ここの責任者は領主ですか? それともあなた?」
「え……?」
工場長は焦った。突然の王家からの訪問である。もしかして、何か疑われている? だから焦った男は、つい口走ってしまった。
「い、いえ、ここの管理者は別におります」
と。それを聞いたノアはゆっくりと口の端を上げる。
「では、キャスパー伯爵?」
「!」
不意に放たれた言葉に工場長は息を飲んだ。どこまで王家は知っている? ここが実はキャスパー伯爵の管理だという事は、領主でさえも知らないはずだ。それなのに、何故? どこから漏れたのだ!
「ありがとうございます。視察は以上です。とても有意義な時間でしたよ」
「え、あ……」
含みのある言葉を残し、王家からの使者は工場を後にした。
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