第九十四話 ヒロインとの出会い方

 アリスはその頃、ノートにラーメンのレシピを狂ったように書き出していた。豚骨、味噌、塩、醤油、ベースは何がいいだろう? 

 一心不乱にノートと睨めっこしていたアリスは、ノアとキリが戻ってきた事にも全く気付かなかった。

「お疲れ、キリ。報告見たよ。やっぱりリーフプランツだったんだね」

「はい。一番上の階の右から二番目の部屋でした。そこから何かを見ていましたが、対象者でしょうか?」

 ノアとキリはコートを脱ぎながら温かいお茶を淹れてソファに座って、ようやく一息ついた。

「だろうね。あそこから見えるのはどこだろ」

「東通りの一丁目辺りですね。一応そこも見て来ましたが、特に狙われそうな人物は居なかったんですが……」

 あの少女と別れたあと、キリはしばらくオリバーを離れた場所から見ていたが、遠すぎて『サーチ』がかけられなかったうえに、誰かに呼ばれたのかオリバーが部屋に引っ込んでしまったので、仕方なくオリバーが見ていた辺りをうろついてみたのだ。

 しかしあるのは製粉工場とパン屋ばかりで特に怪しそうな人物も居そうになかった。

 その言葉にノアは頷く。

「僕も一応リーフプランツに客を装って行ってみたんだけど、オリバーで間違いは無さそうだったよ。泣きボクロもちゃんとあるって。あそこの店主とキャスパー伯爵が懇意にしてるみたいだったから、その都合であそこに居るんだろうね」

 ノアの言葉にキリは目を剥いた。

「い、行ったんですか⁉ リーフプランツに⁉」

「行かなきゃ分からないじゃない。言っておくけど、何もしてないからね? お酒たらふく飲ませて話してもらっただけだから」

 あれこれと迫ってくる女性たちを躱しつつ酒を飲ませるのは大変だったが、まあこれもいい勉強である。

 飄々と答えるノアにキリは信じられないものを見るような目を向ける。

「本当に……心臓に悪いのでやめてください」

「ごめんごめん。まあそんな訳であの店ごと暗殺に関わってる可能性が高いみたいだよ」

「次から次へと、ですね。本当に」

「全くだよ。オリバーだけでいいんだけどなぁ」

 このまま行くと、何かとんでもない事に首を突っ込んでしまいそうだ。ノアとキリは顔を見合わせて、もう一度大きなため息を落とした。

 どれぐらいラーメンのスープに悩んでいたのか、気づけばノアもキリも部屋に戻ってきている。アリスは急いでノートを仕舞うと二人が座る間に割って入った。

「どうしたの? アリス」

「お嬢様、狭いです」

「だって! 一人で! 寂しかった!」

「そんな事言って、今まで僕達が戻ってきたのに気づかなかったじゃない。で、どう? いいレシピ出来そう?」

「うん、任せて! あぁ、ラーメン楽しみだなぁ~」

 これがもしうまくいけば、収穫量の多い今の内に乾麺を沢山作っておける。そうしたら多少は飢えをしのげるのではないか。それに、あの資料を見た限り、多分再来年はとてつもなく寒くなる。そこにラーメンである!

 思わずゲヘへ、と笑いを漏らすアリスを気味の悪いものでも見るようなキリと、しょうがないなぁと笑うノア。

「そうだ! 兄さま、小麦の話なんだけど、キャロライン様にしといたよ。皆と相談して対策を練るって言ってた」

「そっか。ありがとう。それからアリスに聞きたい事があったんだ。オリバーって、そもそもどこでヒロインと出会うの? 3の攻略対象なんだよね? だとしたら、ヒロインが入学する頃にはオリバーは卒業してるよね?」

 オリバーの年齢は今、十六歳である。しかしヒロインのドロシーは現在まだ十二歳のはずだ。このままではドロシーが入学と同時にオリバーが卒業してしまう事になるのだが。

「そうなの! だからオリバーは隠しキャラなんだよ! オリバーとヒロインの出会いは学園内なんだけど、オリバーはこの頃学園に居るある人の命を狙いに庭師として登場するの」

「ある人って?」

「分かんない。言ったでしょ? そこらへんの事情は後で付け足したのかってぐらい適当なんだってば。オリバーが実行する前にオリバールートに入っちゃって、ドロシーがオリバーの意図に気付いた連中に攫われちゃうから、結局誰がターゲットだったか分かんないんだよね」

 杜撰である。乙女ゲーにあるまじきストーリーの杜撰さである。乙女ゲーをやるような女子は絵とストーリーが何よりも大事だというのに、無理やり絵だけで押し切った感が否めない。

 アリスの言葉にノアは頷いた。

「誰かを暗殺しようとして学園内に潜入、か。そこでヒロインと出会う訳だ。で、この設定の伯爵家、後に男爵ってなんなの?」

「それはね、オリバーが勘当されちゃうの。ドロシー救助の為に暗殺に失敗して、キャスパー伯爵を怒らせちゃうんだ。で、そっから自分の力で成り上がって子爵家のドロシーとくっつく事が出来るって訳」

「なるほど。アリス、3のノーマルエンドの時の皆の爵位を合わせないといけないんだけど、オリバーはどうなの?」

「どっちみちオリバーは勘当されるよ。ドロシーが庭師のオリバーが暗殺者だって分かってから、共通ルートの会話でオリバーの暗殺を『止める 止めない』っていう選択肢があるんだけど、ここは『止める』を選ばないと、そもそもバッドエンドに向かっちゃうの」

「という事は、オリバーが狙っていたのはメインに絡んでくる人物、なのでしょうか?」

「今の話を聞いてるとそういう事だろうね。考えられるのは、レスター王子辺りかな?」

「ですね。年齢もぴったりです」

「え⁉ 3の攻略対象の?」

「そうだね。しかしレスター王子か。ルイス派の仕業かな? キリ、ミアさんにキャスパー伯爵についてもっと詳しく調べてもらえるように頼んでみてくれる? どうもこのキャスパー伯爵って胡散臭いんだよね」

「分かりました。ついでにキャスパー伯爵の息子二人についても調べてみます」

「うん、よろしく。そう言えばオリバーとヒロインの出会いは分かったんだけど、ダニエルはどうやってヒロインに出会うの?」

 いつか聞こうと思っていてすっかり忘れていたが、ダニエルこそ学園の繋がりがなさそうである。ノアの言葉にアリスは一瞬首を傾げてすぐにポンと手を打った。

「えっとね、ダニエルは学園に行商としてくるんだよ。フォスタースクールの備品はほとんどチャップマン商会の商品だったから」

「そうなんだ?」

「うん。いつもの行商人が来れなくて、たまたまダニエルが来るの。で、ちょっとお転婆なヒロインと出会って、ダニエルがヒロインを気に入ってそれからしょっちゅうダニエルが直接行商に来るようになるんだよ」

 琴子時代にゲームをしていて思ったのは、こんな偉そうな行商人が居てたまるか! だったが、本人の人となりを見ると、案外向いているのかもしれない、と最近ようやく思えるようになった。やはり、先入観は何事も持たない方がいい。

「なるほどね。接点全然無いのにどうやって出会うの? って思ってたからスッキリしたよ。じゃあ学園の備品も三年後までにはチャップマン商会が扱うようにしてないといけない訳だ」

 でなければダニエルとエマが出会えなくなってしまう。それは困る。が、無事にチャップマン商会が軌道に乗れば、さほど難しい事ではないだろう。

「他には学園外の攻略対象はいる?」

「ううん、居ないよ。後は皆学園内の同級生とか先輩とか後輩だよ」

「じゃあ他の子達は追々学園にちゃんと入学してるか確認すればいいだけか。やっぱり一番ややこしそうなのはオリバーだなぁ」

「ですが、順番がどうでもいいのであれば、ここでオリバーの任務を失敗させるのはアリかもしれません」

 キリの一言にノアも頷いた。

「確かに。さっさとキャスパー伯爵にオリバーを見限ってもらえば話は早いね」

 その後は仲間に引き入れて男爵家を取らせるような功績を上げてしまえばいいのだから。

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