第八十六話 キリのポケットは魔法のポケット

「もちろんだ。キャロの資産はキャロがどう使おうが自由だ。俺は例え結婚しても、キャロの資産には手をつけない。個人の資産は個人が頑張ってきた証なのだから、それを別の者が使うのは違う。そうだろう?」

「……そうだね。じゃあその時はお願いしようかな」

「ええ」

「それから、もしもキャロので足りない場合は言ってくれ。俺もキャロの名義で出資するぞ!」

「私の名義でいいの?」

「構わん。俺はキャロの金を使おうとは思わんが、俺の金をキャロに使われるのは別にいいんだ。それに、キャロはきっと、俺も納得のいくような金の使い方しかしないだろうからな」

 そう言って胸を張ったルイスに、キャロラインは柔らかく微笑んでお礼を言う。

「ルイス様って、やっぱり懐は深いですよねぇ……流石メインの攻略対象ですね!」

「そ、そうか?」

「そうですよ! 傲慢で偉そうだけど懐は深かったです! でもそりゃそうか……それでケチだと目も当てられないですもんね!」

「ぅぐっ」

 無邪気なアリスの言葉にルイスは胸を押さえる。それを見てノアとキリが急いでアリスの口を塞いだ。

「久しぶりに出たね、アリスの無自覚精神攻撃」

「はい。恐ろしい攻撃です。聞いてるこっちまでヒヤリとしますから」

 直撃をくらったルイスはまだ胸を押さえて瀕死である。そんなルイスをトーマスが後ろから支えた。

「ル、ルイス様、大丈夫です。今はもう傲慢でも偉そうでもないので! あなたはきっと賢王になれますよ! きっと!」

「……きっと、が多いな、トーマス……」

「まぁまぁ、それは置いておいて。じゃあスマホを作るのに足りないのは枠組みと人口脳とアランの魔法式を複製出来る人達ってことか。他は簡単なの?」

「簡単ですね。魔法式を脳に入れ、それを枠組みに押し込むだけなので。ただ、一人ずつ紐づけするのならどこかに来てもらって契約という形をとらなければなりませんね」

「それはウチでまとめて請け負うよ」

 そう言ったのはリアンだ。隣でライラも頷いている。

「え⁉ リー君はそんな事が出来るのか⁉」

「いや、僕がって言うよりも、商家だからさ、色んな所に行商に行くじゃん。その時に売りさばけばいい訳でしょ? ダニエルがさ、いいタイミングでこんな販売方法はどうだ? ってメッセージ送ってきてたんだよね」

 リアンはダニエルからつい先日送られてきたメッセージを皆に見せた。

 そこには行商の者達にいくつか持たせて、行った先々で販売したらどうか、と書かれていた。こうする事で一部だけで流行らせるのではなく、国全体に一気に流行らせるつもりなのだろう。

「ああ、これはいいですね。需要が増えれば供給も必然的に増えます。なるほど、では僕は触るだけでその人とスマホを結ぶ魔法式を作ればいいのか。これが出来ればライン作業が出来るようになるので、あとは臨海戦術でじゃんじゃん作ればいいだけですね」

 ふむふむと納得するアランの隣で、ノアが時々考えながらメモをしている。

「兄さま、なにしてるの?」

「うん? 会社を作るって簡単に言っても、何の会社なのか、どれぐらいの規模になりそうか、どんな部署がいるのか、その部署にはどんな子会社が必要か、そういうのを書き出してるの。全部を一つの会社でやろうとするのは無理があるからね」

 ノアはそう言って笑うが、アリスにはノアが何をしようとしているのかさっぱり分からなかった。首を傾げるアリスに、キリがそっとアリスの肩を叩く。

「大丈夫です。お嬢様には一生理解出来ないですから、考えるだけ無駄ですよ」

「慰めになってない!」

「まあ、会社を立ち上げるのは色々大変って事だよ。色んな人の協力が必要だし、それをどうやって見つけるか、どう協力してもらうのか、それをまずは考えなきゃね」

「私にも何か出来る事ある?」

「んー? アリスはアイデアを出し続けてよ。そうしたら、一生アリスは自由に生きられるよ」

「分かった! がんばる!」

「はいはい、頑張って」

 単純に喜んだアリスにノアは笑った。アリスのこの自由な発想と前世の記憶は、きっとこの国を豊にする自信がある。

「あんたさあ、ほんとナチュラルに甘やかすよね」

「リー君、これは甘やかしてるんじゃないよ。適材適所って言ってね、アリスに会社の経営なんてさせたら、どうなると思う? 三日ももたないでしょ? それなら山とか川で遊びまわってもらってた方が僕としては安心な訳。それに、そういう時にこそアリスは能力を発揮するからね」

「なるほど。言えてる。会社に居ても邪魔だもんね」

「二人とも、聞こえてるんだからね!」

 プンスカ怒るアリスにレッドが手を撫でて慰めてくれる。レッドは気が優しいとてもいい子である。そんなレッドの衣装はアリスがデザインした戦隊もののヒーローのような衣装になっていて、大変可愛い(ヘルメットもキリが作ってくれたのだ!)。

「で、問題はオリバーなんだけど、そっちはどうなの? 何か新しい情報入った?」

「まだだよ。来週セレアルに行くから、その時についでに探すって言ってたけど、顔が分かんないのに探せるのかな?」

 ダニエルにオリバーの事を頼むと、二言返事で了承してくれた。しかし、名前しか分からない人物を、一体どうやって探し出すつもりなのか。

「セレアルと言っても広いぞ? ミア、セレアルのどこの地域なのか分かるのか?」

 突然ルイスに話しかけられたミアは、一瞬驚いたような顔をしてエプロンのポケットから使い込まれた年季の入ったメモ帳を捲りだした。

「えっと……チェレアーリですね。今もそこに居るのかは分かりませんが」

「ありがとう、ミアさん。リー君、ダニエルに一応今の情報伝えておいてくれる? 見つかり次第僕達は休暇届出して行ってくるよ」

「ノア様、少しいいですか? ノア様が休暇届けを出すのは構わないんですが、お嬢様は果たして受理されるでしょうか?」

 キリの言葉にノアは首を傾げた。すると、そんなノアの反応にキリは胸ポケットから、おそらく誰も持ち歩いていないであろう『学園の規則』を取り出す。

「キリ、そんなもの持ち歩いてるの?」

「はい。お嬢様のやる事に関しては規則を破っている可能性が高いので、一応、ですが」

「なるほど。で、何が心配?」

「ここです。規則二十四、長期外出の届け出は、年齢に応じた試験に合格、もしくはその学期の試験で平均以上の点数を獲得した者のみとする。これに恐らく引っかかるかと」

 真顔でそんな事を言うキリにノアはさらに首を傾げる。

「え? それのどこが問題? ギリギリでも平均以上取ってればいいんでしょ?」

「ええ。ですが、お嬢様の前回の学期テストはこれです」

 そう言ってキリは違うポケットからアリスの前回の学期のテストを取り出してノアに見せた。

「こんなものまで持って歩いてるの? 凄いね」

「はい、一応」

「ぎゃーー! 何でそれキリが持ってるの⁉ 処分したのに!」 

 ノアの手に渡った答案用紙を取り返そうとアリスが手を伸ばしたが、ノアが立ち上がってアリスが届かないようにされてしまった。

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