第八十一話 レインボー隊、ここに結成!
「じゃあ、お前はこれからこいつらに手伝ってもらえ。ほら、もう授業が終わるぞ。さっさと教室に戻れ!」
「はい。失礼しました」
「はぁい。失礼しました~」
そう言って二人は準備室を後にした。
二人が出て行った扉をしばらく見つめていたイーサンは大きなため息を落として机の上の紙に視線を落として苦笑いを浮かべる。
「なんだ、こりゃ」
丸の中に点が二つと三角と四角が書いてある。何となく顔に見えない事もない。これはさっきグリーンが描いていたものだ。途中何度もイーサンを見上げていたから、もしかしたらこれはイーサンの顔なのだろうか?
「ふ……くくく。夢みたいな話だな」
小さい頃に何度も思った。自分の作った人形達がどうにか原型を留めたままで友達になってくれないだろうか? と。
けれど、それは叶わなかった。それなのに意外な形であの時の願いが叶ったのだ。
イーサンはグリーンが描いた絵を大事に折りたたんで引き出しの机に仕舞い込んだ。
教室に戻ると授業は終わっていて、残すはホームルームだけとなっていた。
「アリス! どこ行ってたの?」
「う、うんちょっと……後で話すね」
「? うん、分かった」
言いにくそうなアリスにライラが不思議そうに頷いた。そしてホームルームが終わり隣のクラスからリアンがやってくる。
「あんたね、サボるならサボるで何かもっともらしい言い訳考えてからサボりなよね! 誰があんたの腹痛なんて信じると思うの⁉」
「ご、ごめん」
「……? ライラ、アリス、何かあったの?」
「それが分からないの。後で話すって……」
二人が、何故か緊張して体を強張らせているアリスを見てヒソヒソと話していると、教室のドアが開いてそこからノアが顔を出して笑顔でアリスを呼んだ。
「ア~リス。お部屋に戻ろうか?」
その笑顔があまりにも不穏でリアンとライラの背筋まで凍りそうになる。一方アリスは、無言でコクリと頷きリアンとライラに小さな声で「バイバイ」と言って教室を出て行った。
「……あいつ、何したの?」
「……わかんない」
残された二人はお互い顔を見合わせて、しばらくその場に立ち尽くしていた。
寮の部屋に戻ると、そこにはアランも居た。
「そこ、座って。キリ、お茶お願い」
「はい」
キリはそそくさとその場を立ち去ってホッと息をついた。ノアの怒りが怖いのだ。
「で、これは何? まさかとは思うけど、作った、なんて言わないよね?」
そう言ってノアが手にしているのはレッドだ。レッドはノアの掌の上でノアにまるで挨拶をするかのようにお辞儀している。大変礼儀正しい。
「ご、ごめんなさい……」
「僕が! 僕が作ったんです。アリスさんがあまりにも空気人形を消したくないというので、僕が魔法を使ったんです」
「アリスの為って事? アリス、アランに頼んだの?」
「う、うん。最初は自分で調べてたんだけど訳分かんなくて、そしたら先生が授業でアラン様は先生の魔法を書き換えたって言ってたから、もしかしたら消さなくて済むかもって……それで……でも、もう二度としない。先生にもちゃんと二人で謝ってきた」
「……そう。どうして作っちゃ駄目なのかも、理解してるの?」
「うん。食べないなら殺しちゃ駄目の反対だって、ちゃんと分かった。私はこの子達に酷い事をしたのも……分かってるよ……」
そう言ってアリスの目から涙がポロリと零れ落ちた。それを見てレッドが慌てて駆け寄ってきてアリスの髪で涙を拭こうとする。
「えっと、君は……」
「レッド君だよ」
「あー……レッド君、これ使ってあげて」
ノアはそう言ってティッシュをレッドに渡した。すると、レッドは頷いてティッシュでアリスの涙を拭き出した。
「はぁぁ……アラン、もう先生に知らせてるんなら僕は何も言わないけど、一つだけ。アリスに頼まれたからって、倫理に反する事はしないで、お願いだから。たった一つの間違いが僕達の未来の何に影響するか分からないんだから」
「はい……すみません。まさか私もここまで出来るとは思ってなかったんです」
しょんぼりと項垂れたアランにノアは首を傾げた。
「どういう意味?」
「この人形、元はイーサン先生の空気人形なんです」
「ああ、あれね。弾けるやつ。懐かしいね」
そう言ってノアはイーサンの空気人形を思い出す。光の屈折で姿がかろうじて見える人型をした人形だ。こちらの力を吸い取って、それに反応して弾ける。
「ええ。あれの魔法式をスライムに変えて色を付けたんです、最初は」
「最初は?」
「ええ。そこで止めておけば良かったんですが、ふと思ったんです。アリスさんの魔法は思考に直接関与するのか、意識に関与するのかどちらだろう? って」
「……なるほど?」
つまり、アランの好奇心である。ノアはアランを見る目を鋭くした。アリスの力を実験しようとしたのか。
けれど、決して無益な実験ではない。それを証明するにはあまりにも都合が良かったのだ。
「で、結果は?」
「見ての通りです。ノアが怒った通りの事が起こった。つまり、アリスさんの魔法は思考するものには何でもかかるという事です」
「……」
ノアはそれを聞いて黙り込んだ。アリスをじっと見て大きなため息を落とす。
「アリス、おいで」
まだしゃくりあげるアリスを呼ぶと、アリスは恐る恐る近寄ってきた。そんなアリスを膝の上に乗せると、ノアは優しくアリスの頭を撫でる。
「そもそも、どうしてそんな事お願いしたの?」
「だ、だって、人の形してたんだもん。空気だって分かってるけど、踊ったり跳ねたりしてたら、可愛くて……消えちゃったら悲しかったんだもん……」
「透明で見えなかったはずだよ?」
「うん。最初は。でもね、私二色しか変えれなかったの。そしたら先生がこの子達使って来週までにはせめて一周は回るように練習しなさいって。でも見えないって言ったら、見えるようにしてくれて……それで……」
そこまで言ってアリスはまた涙を零した。そんなアリスの涙をまたレッドが既にビショビショになったティッシュで拭いてやろうとするので、キリが後ろからそっと新しいティッシュを渡してやる。
「なるほど。人型で見えちゃったから、情が湧いちゃった訳か。で、そんなアリスを見てアランは手を貸した、と」
「……はい。すみません」
「いや、もういいよ。アリス、悪いのは先生? 手を貸したアラン?」
「違う。私だよ。全部私が悪い。先生もアラン様も、悪くない」
イーサンもアランもアリスの為にしてくれたのだ。だから悪いのはアリスただ一人である。
流石にそれが分からないほど馬鹿ではない。
「そうだね。もう二度としないって約束した?」
「うん」
「じゃ、もう仲直りしようか。この子達も、どうするの? アリスの魔力が続くのは8時間程度って事でいいのかな?」
二度しか変えられなかったという事は、それぐらいだろう。そう思ったのに、
「あ、いや、すみませんそれが……その、魔法式書き換えた時にアリスさんの魔力と連結しちゃって……すみません!」
「……嘘でしょ。え? じゃあ何? アリスが死ぬまでこの子達いるの?」
「は、はい。そうなるかと……」
俯いたアランにノアは大きく息を吸い込み、怒鳴る。
「アラン!」
「ひいっ!」
その時、アランのフードからパープルが顔を出した。パープルはアランの肩に立つと、両手を広げてアランを庇う仕草をする。
「……この子は?」
ノアの問いかけにアリスがポツリと呟いた。
「パープル……」
それを聞いてため息を落とすノアとキリ。
「ネーミングセンス……」
「お嬢様……その見たまんまの名前付け、どうにかなりませんか……」
「まあいいや。で、パープルはアランが好きなの?」
ノアの言葉にパープルはコクリと頷いた。知能指数は大体ドンと同じぐらいだろうか。
「はあ……もう怒るの疲れた。とりあえず……よろしく、レインボー隊」
そう言ったノアに人形達はまた一列に並んでお辞儀をしている。今度はパープルも一緒だ。
「兄さま、その名前格好いい」
「そう?」
「お嬢様と似たり寄ったりのネーミングセンスですね、ノア様」
「うん、僕も思った。とりあえず、パープルはアランと居るの?」
コクリ。パープルはアランの事など無視して頷いた。それを見てアランも苦笑いをしている。
「いいんじゃない? 好きだっていう人といるのが幸せだよ、その子も」
「はい。しっかり面倒見ます」
「そうしてあげて」
こうして、ここにレインボー隊が結成された。
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