第八十話 ちょっとした出来心でした。反省はしています。
「この子達が何を望んでいたのかは誰にも分かりません。多分この子達自身にも分からないと思います。ただ、これから彼らは学び、それを表現する手段を得た。最後の時にこの子達が自分で判断すると思います」
「……そっか。……ごめんね、ワガママ言って」
アリスはそっと人形達の頭をそっと撫でた。すると、くすぐったそうにするレッド、にイエロー、鬱陶しそうにアリスの手を跳ねのけるブルーにパープル、照れるグリーンとオレンジといった具合に反応はそれぞれバラバラだ。
それを見ていたアランは目を細めた。もう二度とこんな事はしないと思うが、それでも出来上がった人形達は素直に可愛い。そして魔法の可能性を改めて思い知った。誰かと誰かの魔法を組み合わせる事で、ここまで出来るという良い例が出来たとも言える。
「では、先生に見せに行きましょうか。そして一緒にたっぷり叱られましょう」
苦笑いを浮かべて言ったアランに、アリスもゴクリと息を飲んで覚悟を決めたように頷いた。
「おいで。お父さんに会わせてあげる」
そう言うと人形達はみんな嬉しそうに飛び跳ねてアリスの肩や髪に捕まった。
けれど何故かパープルだけはアランの肩によじ登っている。
「ふふ、パープルはアラン様が好きなの?」
アリスが問うと、パープルは頷いてアランの頬を撫でる動作をする。それを見てアリスは噴き出した。何が起こっているのか分からないアランは首を傾げているが、パープルはそれでもアランの頬に頬ずりをしているので、どうやら相当彼が好きなようだ。
「アラン様の事がね、すごく好きみたい。さっきからずっと頬ずりしてますよ」
「えぇ?」
どうりで頬がヒンヤリすると思ったら。アランは頬ずりする人形を想像して小さく笑った。
保健室から出た二人は、いざ叱られるべくイーサンの部屋へ向かう。
扉の前で大きく息を吸って顔を見合わせ頷くと、準備室にノックして入室した。
「おーなんだ、お前ら。まだ授業中だろ?」
「う、うん……あの、あのね先生……そのー……あの、何て言うか……えっと」
「二人してサボりか? 俺は生徒同士の付き合いは悪いとは思わんが、授業をサボるのは良くないぞ」
「え⁉ い、いや、そういうのでは僕らはないっていうか! えっと」
イーサンの言葉に動揺したアランが慌ててフードを被った。その拍子にアランの頬にへばりついていたパープルがボヨンとイーサンの膝の上に転がり落ちる。
「ん? なんだこれ、何か落ち……⁉」
イーサンは膝の上に落ちて来た物を拾い上げてアランに返そうとしたが、それが何か分かった途端に顔色を変えた。
「お、お前ら……こ、これ……」
「ほらみんな、お父さんだよ。挨拶しようね」
そう言ってアリスは両手を机に広げると、そこからゾロゾロとスライム人形が歩いて一列に整列してイーサンに向かって頭を下げた。それを見てイーサンはゴクリと息を飲む。
「お前ら……俺の魔法に何……したんだ?」
震える声でイーサンはそう言ってブルーを突いた。すると、ブルーはそれに怒ったようにペンとイーサンの手を払いのけて腰に手を当て、もう片方の手でイーサンを指さして怒っている。
魔法の実技の教師をしているイーサンだ。ここまで見れば大体何があったのかは見当がつく。
「アランだな?」
低いイーサンの声にアランはそっとフードを取って頷いた。
「すみません。魔法式を空気からスライムに書き換えて色を付けました」
「それだけじゃないだろ? アリスと連結させたのか?」
「はい」
「他には? どうしてこんな動きをする?」
人形達はまるで自分の意思を持っているような動きをしている。ある者はイーサンをじろじろと見つめ(どこに目があるのかは分からないが)、ある者は机の上の書類を四つん這いになって眺めている。ただの空気人形はこんな動きは絶対にしない。
睨むと言ってもいいほどのイーサンの顔にアランはおずおずとBB弾を取り出してイーサンに手渡した。
「これは?」
「脳です。疑似脳、ですが」
「疑似脳?」
「はい。魔法式はこれです」
そう言ってアランは脳に手を翳して魔法式を取り出した。それをじっと見ていたイーサンは目を丸くする。
「お、お前! 何てもの作ってるんだ⁉」
初めて見る魔法式だった。アランは魔法式を自分で作るという不思議な魔法を使うが、まさかここまでとは思っていなかったのだ。驚くイーサンに今度はアランがアリスに言った。
「アリスさん、これにさっきのをやってくれますか?」
「さっきの? 表現する?」
「ええ。お願いします」
「うん」
アリスはイーサンの掌にあるBB弾に魅了をかけた。すると、やはり真っ白だったBB弾の中に細かい光が走り出したではないか。
「この状態の魔法式がこれです」
アランはまたBB弾の中から魔法式を取り出してそれをイーサンに見せた。さっきとは全く違うかなり複雑な魔法式にイーサンはもう何も言えなかった。言葉もない、とはこの事だろう。
「……で、これを埋め込んだのか?」
「はい」
「……」
「……」
「……」
沈黙が続く。その間にも人形達は好き好きに動いている。ある者はペンを手に取り紙に押し付けて何か書こうとしているし、ある者は机の端から端まで一歩ずつ歩いたりしている。
イーサンはそれを見ながら大きなため息を落とした。完全に舐めていた。
「お前らの魔力はレベル5を振り切っている。俺にももう分からん。分からんが、もう二度とこんな事はするな。いいな?」
「はい」
「はい……ごめんなさい」
シュンと項垂れたアリスの頭をアランが撫でてくれた。それを見たレッドも駆け寄って来てアリスの手を撫でてくれる。そんな様子を見ていたイーサンは頭を抱えながらしばらく人形達の動きを眺めていたが、やがて小さく笑いを零した。
「ふっ……ほんとに、次から次へとお前たちはやらかしてくれるな。しかし、アリスの力は意識にかかる訳ではないのか」
「そうなんです。僕もそれを試してみたくてつい……」
「つい、で済まないからな? 言っとくけど、ノアにも怒られる覚悟しとけよ?」
「う、は、はい」
「それにしても思考に直接かかるのか。やっぱり洗脳に近いんだな。これを魅了と位置付けていいものか――」
「ですが、それ以外に何、と言われればやはり魅了しか思い当たらないですよ」
「そうなんだよなー。おまけにお前、どんな魔法かけたんだよ?」
イーサンはさっきからしきりに絵を描こうとしているグリーンを突いた。
「表現する、です!」
「表現ねぇ。なるほど? それでこいつはさっきから何か書こうとしてんのか?」
「多分……」
自信なさげに頷いたアリスを見てイーサンは声を出して笑った。
「どこまで学習するんだろうな? どうせなら活性化もかけるか? なんてな!」
「なるほど、面白いかもしれませんね! 脳の限界が見れるかもしれません!」
ポンと手を打ったアランにイーサンは小声で「冗談だ、馬鹿」と小さく呟く。
「まあ、作っちまったもんは仕方ない。大事にしてやってくれ。そしてしっかりノアに怒られるんだな」
「……はい」
「うぅ……はい」
「お前ら、俺より怖がってんじゃねーか。とりあえず、こいつらとは違うの持ってくか?」
そう言って新しい空気人形を出そうとしたイーサンをアリスは止めた。
「い、いい! この子達が手伝ってくれるから! ほら!」
アリスは急いで目の前にいたレッドを指さすと、レッドはコクリと頷いた。それを見てアリスが魔法をかけると、レッドは次々に色を変えて膨らんで、また元に戻る。
「苦しい?」
レッドに聞くと、レッドは首を振った。それを見ていたイーサンは頷くと、それ以上もう新しい人形を作ろうとはしなかった。作ったらまたここに一体増えてしまうと学習したのだ。
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