第七十八話 アランの魔法

『そう言うリー君は?』

『僕? 僕は4周したよ』

『4⁉』

『まあね。あんたにはそんぐらいでちょうどいいんじゃない? ていうか、それさっきから何なの?』

 そう言ってリアンはアリスの肩やら髪やらに捕まっている小さな者を指さした。

『これはイーサン先生の空気人形だよ。私は二回しか色変え出来なかったから練習しなさいってくれたの』

『へえ。こんな形してたんだね。透明で見えなかったから変な感じ』

 こんな風に人型になって動いていると、まるで意志を持って動いているように見える。

『何だか可愛いわね。ちょこちょこしてて。でも、空気なのよね?』

 人差し指で空気人形を突いたライラは、バランスを崩してアリスの手からコロンと落ちた人形を見て笑った。

『可愛いよね? やっぱりそう思うよね⁉』

『え? ええ、まあ』

『やっぱり! この子達消すなんて出来ないよ!』

 そう言ってアリスは立ち上がった。どうにかして消さなくていい方法を考えなければ!

『ちょ、アリス⁉ ど、どこ行くの?』

『図書室で調べものしてくる!』

『ちょ、午後の授業はどんすんの⁉』

『サボる! お腹痛くなったって先生に言っといて!』

『……』

 そう言ってアリスは食堂を後にした。あんなに元気な腹痛があってたまるか。リアンはそんな事を考えながらライラの肩を慰めるように叩いたのだった。

 こんな事があったばっかりに、アリスは空気人形たちを連れて図書館で苦手な調べものをしていた。イーサンがあっさり消し去った空気人形の事を考えていたのだ。

 イーサンはこれはただの空気で意志などないというが、ではどうして胡坐をかいたり手を振ったりするのだ。意志がなければただ整列するだけではないのか。

 試しに自分の魔法をこの子達にかけてみたいが、きっと二回ほど色を変えて消えて終わりだろう。そこでまずは空気の性質について調べるべきだと考えたのだ。

「……」

(どうしよう……さっぱり分からん)

 アリスは本棚の前で腕を組んで仁王立ちしていた。そもそも空気の本がどれかすら分からない。適当に本を手に取って中身をパラパラと捲ってみても、何を言ってるのかさっぱりである。

「アリス、さん? ど、どうしてこ、こんな所に?」

「?」

 聞きなれた声に振り返ると、そこには本を胸に抱えたアランが立っていた。

「アラン様! そうだ! 魔法と言えばアラン様!」

「え? え?」

 突然アリスに腕を掴まれたアランは顔を真っ赤にしてアリスに従った。今まで見て来た過去のどれにもこんな風にアリスから積極的にアランに話しかけてきた事はない。何だか嬉しいやら恥ずかしいやらで、アランは大人しくそれに従う事にした。

 アリスに言われた通り椅子に腰かけたアランのフードをアリスは取ると、自分もアランの正面に腰かけてにっこりと笑う。

「アラン様に折り入ってお願いがあるんですが!」

「は、はい、何でしょう?」

 勢いが少し怖い。というか、笑顔の圧が凄い。思わずたじろいだアランの手をアリスががっちりと握ってくる。

「あのね、この子達を生き物にするのはどうしたらいいと思いますか?」

「生き物に……する?」

 どういう事かとアリスの指さす先を見ると、そこにはイーサンの空気人形が思い思いに走り回っていた。

「こ、これを……ですか?」

「はい! 先生はこれはただの空気だから意志もないって言うんです。でもね、それならどうしてこんなにも皆違う動きするのかな? って思って」

「……なるほど。空気人形にも意志があるのではないか、とそういう事ですか?」

「はい!」

「うーん……この人形が動くのは意志の力ではないんですよ」

「え⁉」

 こんなに元気に走り回っているのに⁉ アリスは目を丸くしてアランを見た。すると、アランはバツが悪そうにそっと目を逸らす。

「な、何かすみません。これは元は空気です。空気自体に意志があるのではなく、それを受け取ったアリスさんの魔力に呼応しているだけなんです。だから同じ人形を受け取っても、魔力の弱い人が受け取るとここまで派手には動き回らないんですよ」

「そうなんだ……意志じゃないんだ……じゃああやっぱり消えちゃうな……」

「消してしまいたくないんですか?」

「うん。生き物じゃないって分かってるんですけど、こんな風に動くとなんか……なんだろ」

 何と言えばいいのか、アリスにも説明しがたかった。動くから命があるとは限らないし、動かないから命が無いという訳ではない。それは理解しているのに、不思議なものだ。

「少し面白そうですね。実験……してみますか?」

「え⁉」

 突然のアランの言葉にアリスは驚いて顔を上げた。そこには珍しく自信ありげなアランの顔がある。

 そんなアランを見てアリスは大きく頷いた。

「では保健室に行きましょう。あそこなら誰にもバレません」

「はい!」

 そうしてやってきた保健室には、何か見た事もない機材が山のように置いてあった。保健室に入るなりアランは鍵を内側から厳重にかけ、さらに魔法をかけて外から保健室の存在を消し去る。

「厳重なんですね」

「ええ。本当はね、他人の魔法に干渉するのはいけない事なので、あくまでも先生には僕に相談して色々やってたら偶然出来たと言っておいてくださいね」

「う、うん。分かった」

 これから何をしようとしているのかは分からないが、とりあえずやっちゃいけない事をやろうとしている事だけは分かった。

「それに、成功するかどうかも分かりませんしね。その時はアリスさん、ごめんなさい。きっとこの子達は消えてしまいます」

 申し訳なさそうに頭を下げたアランに、アリスは出来るだけ笑ってほほ笑んだ。元々イーサンの魔力が切れれば消えてしまう子達なのだ。それはちゃんと覚悟している。

「まず、この子達は魔法で作られているので、このままでは先生の魔力が切れた時点で消えてしまいます。ここまではいいですね?」

「はい」

「では、どうすればいいでしょう?」

「うーん……?」

 それが分からないから聞いているのだが? そんなアリスの視線にアランは笑った。

「まずは何事も形からです。つまり、この子達に形を与えます。空気には形はない。実際にこうやって人型を保ってますが、これは先生の魔力で分かりやすいようにそう見せているだけなんです。だから本当の形は無い」

「はい」

「この子達をまずは空気ではなくて見えるものに性質を変化させてみましょう。まずは一人目、この子です」

 そう言ってアランは一番手前の空気人形を指さした。それを見てアリスもハラハラしながら息を飲んで頷く。

 アランはアリスが頷いたのを見て一体の空気人形の上に手を翳した。すると、その空気人形からよく分からない文字の羅列がズラズラと零れ落ち、空気中に一列に並んだ。

「おぉぉ! こ、これは何ですか? アラン様!」

「これですか? これはこの子の魔法式です。ほら、ここを見てください」

 アランは魔法式の一部を分かりやすいようになぞって色を変えた。

「これがこの子の性質です。ここを空気ではなくて、そうですね。スライムと同じ配列にしてやりましょう」

「ス、スライム?」

 あのブニョブニョしたやつ? 首を傾げたアリスにアランは頷いた。

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