第六十二話  宝の森にて

「うん。長年人が入らなった事で、まあ、あるわあるわ。見える? ここら辺一体に生えてるあの紫の実」

「え、ええ」

「私ね、不思議だったの。この土地では絶対一番メジャーな食べ物が全然無いから」

「イチゴだよね? アリスが前に領地で流行らせた奴。寒い所が本場なんでしょ?」

 ノアがポツリと言った。それにキリも頷く。

「そう。ずっと不思議だったんだ。こんなに寒い地域なのに、どうしてベリー系が無いんだろうって。学園の食堂でも出ないから、きっとこの世界には無いのかもしれないって思ってたんだけどイチゴはあるし、もしかしたらって思ってたら大正解! ライラ、ちょっとこれ食べてみて」

 そう言ってアリスは無造作にブルーベリーをもぎ取ってライラに渡した。それに続いて自身も口に入れる。甘い! すっかり熟れていてこれなら全然ジャムに出来る。

「アリス、どれが食べごろ?」

「どれでも大丈夫だと思う。今が正に旬だから」

 そう言ってアリスは手あたり次第口に放り込んだ。ドンもそんなアリスを見て食べたくなったのか、一生懸命下の方に出来ているブルーベリーをもぎって食べている。たまにブリッジにもやっているのが可愛い。

「甘いね! 美味しい」

「あ、ほんとですね。これはいけます。もっと採って帰りますか?」

 そう言って背負っていた籠を下ろしたキリは、どうやらブルーベリーを大変気に入ったらしい。アリスの返答を聞く前に片っ端からブルーベリーを取って籠に入れだした。

 そんなキリの様子を見ていたライラは、おっかなびっくりブルーベリーを口に入れて、思わず口を塞いで顔を輝かせる。

「お、美味しい! 嘘でしょう⁉ こ、これは何なの?」

「ブルーベリーって言うの。私の居た世界では結構どこでも作れたんだけど、ここでは野菜の品種改良とかがされてないからか、その土地土地で採れるものが結構違うよね? これもそう。ここみたいな気候の所でないとなかなか育たないと思うよ」

「そうなんだ……知らなかった……森にこんな果物が出来てるなんて……」

「とは言え、狼が心配だよね。一番いいのは、お互いの可動範囲を見極める事なんだけど、どこらへんなんだろう? 後はちょっと森に手を入れて――」

 そこまで言った所でノアが苦笑いして口を挟んだ。

「アリス、どれだけここに居るつもり? まずはこれをリトさんとリー君に見せてからじゃない?」

「そうだね! よし! 他にも沢山ベリーあるから今日は色んな種類のを持って帰ろう! しっかし謎だなぁ。キノコは採りに森に入ってたんでしょ? それなのに、どうしてベリーには気付かなかったんだろ?」

「それは、皆お嬢様みたいに目に付いたモノを、とりあえず口に入れたりはしないからじゃないですか? 私だって、こんな紫の物はすぐには口に入れません」

「でも食べたじゃん!」

「お嬢様が食べて大丈夫そうだったので。ドンも食べてますし」

 そう言ってドンを見ると、ただでさえ黒い毛が、ブルーベリーの汁でさらに黒くなっている。時々その手でブリッジの頭を撫でてやったりしているものだから、可哀相にブリッジの頭が紫になってしまっている。

「ドン、汚れた手でブリッジに触るのは止めてあげなさい。ブリッジも嫌がっていいんだよ」

「キュ!」

「ウォウ!」

 まあ、どのみちブリッジも口元がブルーベリーの汁で染まっているので、帰ったらお風呂は決定である。

「アリス、これは食べられるの?」

 すっかりベリーにハマったライラも一生懸命ブルーベリーを取っていたのだが、ふと沼の脇に金色のブツブツの実を見つけた。色がとても綺麗で、これしかないがよく見れば同じ形をした葉っぱは山ほどある。

 ライラの問いかけにアリスは首を伸ばして覗き込むと、はわわわわ! とおかしな声を出して、手を伸ばしてくる。

「こ、これは……金の生る実……クラウドベリー……ああ! 時期が! 時期が悪い!」

「ア、アリス?」

 驚いたライラがアリスを見ると、アリスは急にライラの肩を掴んだ。

「ど、どこにあった⁉」

「え? ここ……だけど」

「よし! ドン、ブリッジ! この実を人数分、手分けして探すのよ! 兄さまたちも早く!」

 そう言うや否や、アリスはその場に這いつくばってクラウドベリーを探し始めた。クラウドベリーの旬は八月上旬の短い間だけである。だが、たまにどんな植物もこうやって季節外れに実が出来るものもある。

 どれぐらいそうやって探していたのか、何とか人数分集まったクラウドベリーを、皆期待に満ちた顔で食べた。琴子時代、その名前と形だけは知っていたクラウドベリー。

 震える手で口に入れたアリスは、ポロリと涙を零した。

「お、美味しい……なに、これ……ヤバ……」

 語彙力が死ぬとはこういう事である。それに続いて皆も一口でクラウドベリーを食べて、驚いた顔をした。

「こ、これは美味しいね」

「ええ。甘さと酸味がちょうどいいですね」

「凄いわ……こんなに甘いなんて」

「ギュギュ~!」

「ウォウウォウ!」

 クラウドベリーは寒い地域にしか自生せず、かなり稀少なベリーである。採れる期間が非常に短いのもあるが、何よりも大量の蚊との闘いだとも言う。

「私も名前は知ってたけど食べたのは初めて! 凄いね! これこそここの特産物だよ! でも八月の頭ぐらいでないと採れないんだよね。また来年か~」

 残念そうに呟いたアリスに、ライラが笑った。

「来年送ってもらいましょう、学園に」

「やっぱそれしかないよね~。いつか生で飽きる程食べたい……」

「卒業したらいくらでも食べに来れるよ。とりあえず今回は他のベリーを取ろう」

「うん! ドンブリッジ(二人を呼ぶときは最近こう呼ぶ)、ライラ、競争だよ!」

「キュ!」

「ウォン!」

「ま、待ってよアリス~」

 どれぐらいベリーを取っていたのか、気づけば日は傾いて既に夕方だ。結局、持ってきていた地質調査セットは何の役にも立たず、一日中山を駆けずり回った結果――。

「うわ、きたな! どこで何してきたの、あんた達」

 帰るなりリアンに強制的にお風呂に入るよう命じられた。ドンブリッジはメイドさん達に丁寧に洗ってもらったようで、いつもキリやアリスが洗うよりも何だかツヤツヤになって戻ってきて、既にリビングに置かれたブルーベリーの前で二人して座って待っている。

「あれだけ食べたのに、まだ食べるの?」

「キュ!」

 先にお風呂から上がってきていたノアが苦笑いすると、ドンはコクリと頷いた。

「でも、まだ駄目だよ。皆が揃ってからね」

「キュー……」

「そっちはどうだったの? ルイス」

 机の真ん中に置かれた紫の実を恐々覗き込んでいたルイスに問うと、ルイスはパッと顔を上げた。

「凄かったぞ! 一面透明のガラスみたいな氷で、その氷で淹れたコーヒーが最高だった」

「へえ、美味しそう。綺麗だった?」

「それはもう。あれは一見の価値ありだね。リー君とも言ってたんだけど、ここを観光地にするのもいいかも、って話をしてたんだよ」

 ルイス達が見て来た氷丘はそれはもう素晴らしかったようで、是非、他の土地の人にも見てもらえたら、という話になったらしい。

「いいんじゃない? 観光客が喜びそうなものがあるのは大事な事だよ。夏には避暑も出来るしね」

「そうだろう? 俺もとてもいい案だと思うんだ。しかし氷丘の話は聞いていたが、実際に行ってみなければ分からないものだな! そっちはどうだった?」

「こっちも手応えあったよ。是非ともその観光に組み込んで欲しいね」

 そう言ってノアは机の上のブルーベリーを指さした。

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