第六十一話  アリスの魅惑のお泊りセット

「ところで、足はもう大丈夫なの? ちょっと霜焼けになってたでしょ?」

「あ、うん。リー君がくれた軟膏が凄く良く効いてるみたい」

「良かったね。お礼言っておかないとね」

 部屋でそんな話をしていると、リアンが昼食の時間だと呼びに来てくれた。

 食堂に集まると、そこには既に全員が待機している。

「アリス、足は大丈夫なの? 歩いても痛くない?」

 ノアに担がれて帰ってきたアリスの足を手当てしたのはライラだ。皮がめくれて血が滲んでいたアリスの足を思い出して顔色を悪くしている。

「うん、もう全然平気。ライラ、ありがとう。あと、リー君のくれた軟膏、すっごくよく効くんだね。ビックリしちゃった」

「うちでは昔から霜焼けにはあれなんだ。ダニエルがそれはもう、しょっちゅう霜焼け作って泣いてたからね。それ見て僕は絶対に素手で雪には触らないでおこうって心に誓ったんだ」

「お、おい! 余計な事言うんじゃねぇ!」

「ほんとの事じゃん。ほら、アリスもノア様も座んなよ。誰かさんのせいで一食分カーラの食事食べ損ねたんだから」

 意地悪な顔でそんな事を言うリアンを、隣からライラが肘で小突いた。

「ご、ごめんなさい……」

 シュンとしたアリスを見てリアンはフンと鼻を鳴らす。

「あんたが何でそんなに深刻な顔してんのか知らないけど、あんたが野菜を盗んだ畑の人達は人参とかぼちゃが銀貨になったって喜んでたよ。ここらへんは出来る野菜が極端に少ないから、大抵の野菜は外から仕入れてるんだ。その分、ここで作られる野菜は安く買い叩かれてる。銀貨にカボチャと人参が化けたおかげで、今年の冬は少しだけ贅沢が出来るってさ」

「そっか……良かった」

「あ、あとさ、あんた狼倒した?」

「へ?」

 狼? 分からない。というか、夢遊病なので記憶は全くないのだが。首を傾げたアリスにリアンは腕を組む。

「まあ、どっちでもいいんだけど。前からある狼がちょっとした問題になっててね。灰色のおっきい奴なんだけど、羊とかを攫ったりしちゃってたんだよ。それが、昨日畑の裏で気絶してたって。死んではなかったから、朝から戻って来れないように鹿害に悩む遠くの山に放しに行ったみたい。あれ、あんただよね?」

「え、分かんない……けど狼は流石に私もちょっと……」

 倒せないだろう。せいぜい牙を折るぐらいだ。そう言いたかったのに、ノアがポンとアリスの肩を叩いた。

「アリス、今まで黙ってたけど、アリスの事を領地の人が許してくれたの、寝ぼけたアリスが畑でクマと遭遇して倒したからなんだよ。だから僕は狼ぐらいなら、アリスは余裕だと思う」

 それを聞いてアリスは青ざめた。

「……私かもしれない……」

「うん、あんただよ。クマに比べりゃ狼なんて余裕だよ。それについても、感謝してるってさ。朝から謝りに行ったら、逆に感謝されちゃった。その人にこれを、ってカボチャと人参もらってきた。だから、ありがたく食べなね」

 ズラリと並んだ料理には確かにふんだんにカボチャと人参が使われている。それを見てアリスは頷いた。良かった。誰も傷つけていなかったようだ。

「うん! カーラさんのご飯、美味しいから好き」

「それを聞いたらカーラも喜ぶよ」

 ようやく笑ったアリスにリアンもホッとしたように微笑んで、食事を開始した。

 食事を終えて、昨日はゆっくりと出来なかった為、今日は観光に回ろうという話になった。

「俺も少し見ておきたい場所があるんだ。ここの氷は随分と質がいいらしいからな」

「真面目だねぇ~ルイスは」

 せっかく来たのだからネージュ地方の有名な氷を見ておこうと思ったルイスをカインがからかう。

「王様になるんだからそれぐらいで居てもらわないと困るけどね。僕達はどうする? アリス」

「あ、うん。私はちょっと土の質調べたい」

「こっちもまた……もうちょっと買い物とかそういう発想ないの?」

 呆れたリアンにノアは肩をすくめて見せた。

「じゃあ、まあ、行きたいグループに分かれようか。買い物班はダニエルと、凍土探索は僕と、地質調査はライラとでいい?」

「うん! ライラ、ごめんね、付き合わせて」

「ううん。その代わり、いつかバセット領に行った時は案内してね」

「もちろん! じゃあ、地質セット持ってしゅっぱ~つ!」

「そんなの持ってきてんの⁉ ほんとあんた、何しに来たの!」

「リー君、アリスにはどこに行くにも絶対に持って行くセットっていうのがあってね?」

「……へえ。一応、聞いた方がいい?」

 特に興味はないのだが。そんなリアンの横からダニエルがひょっこりと顔を出す。

「俺は聞きたいぞ」

「そう? じゃあ――」

1・地質セット  その土地の土を調べて育ちやすい植物を探す。

2・水質セット  水質を調べてそこに生息する魚などの分類をまとめる。

3・お泊りセット  パジャマ、枕、肩が出ない頭から被るタイプの毛布、歯ブラシ。

4・狩猟セット テント、サバイバルナイフ、釣り竿など。

5・採取セット 珍しい植物や虫などを採取する。

6・服 適当に何着か(下着も含む)。

7・アリス拘束セット アリスが暴走した時用。ロープ、網、粘着テープなど(主にノアとキリが使う)。

「一番大事なやつが一番適当なんだけど⁉ あと、7番目おかしいよ⁉」

「アリスの場合、急に遭難するって事が多々あるからね。これは最低限だよ」

 いついかなる時でも、どんな場所でも遭難する恐れがある。それがアリス・バセットである。

 しかし本人に遭難をしているという意識が無いのが厄介で、いつも焦るのは周りの人間だけなのだ。クマを倒せるほど強いが、壊滅的に歌も方向も音痴。案内役は必須なのである。

「兄さま~! 準備出来たよ~」

「はいはい。じゃあ出発しようか。案内お願いね、ライラちゃん」

「はい!」

 こうして、アリス、ライラ、ノア、キリの四人とペットたちは、地質調査に向かった。

ネージュ地方はルーデリアの最も北にあり、一年を通して雪が降る機会が多い山岳地帯だ。

 人々が暮らす町を外れてさらに北へ行けば、氷丘という氷で出来た丘があちこちにあり、そこを掘り進めれば中央には純度の高い氷が現れる。チャップマン家はここも含めて管理をしているので、それを取って生計を立てているが、いかんせん寒すぎて作物が育たないというのが、ここの人達の悩みであった。

 アリス探検隊は今、森の中を進んでいた。ライラは既にアリスについてきた事を後悔し始めていた。

 狼が居るという森の中に入ると、アリスは迷わず歩き出した。ある物を探していたのだ。 

 このネージュ地方は、造りがなんだか北欧にとてもよく似ている。規模は小さいが、北側と南側ではガラリと表情を変えるのだ。温度といい湿度といい、これはもしかしたらアレがあるのではないか。もしもあれば、加工次第でいくらでもこの土地の目玉になるはずだ。ここに来るまでにも既に何種類かのアレを見つけた。片っ端から摘んできたが、これは期待出来る。

「アリス、これ以上は危ないわ」

 突如現れた湿地帯をズンズン歩くアリスにライラが声をかけた。昔から山の奥には行ってはいけない、と言われていたからだ。昔、何人もの子供がこの森で命を落としたのだという。それから怖がって大人もすっかり山に入らなくなってしまった。その話をアリスにすると、アリスはふむ、と腕を組んだ。

「森は確かに危ないんだよね。気づかずどんどん奥に入って迷子になったり、特にここはさっきから沼も草に隠れて結構あるよね? そこに落ちたりしたんだと思うよ。でも、沼の周りに柵立てたり、定期的にちゃんと管理して注意していればそうそう事故は起こらないよ。ライラ、ここは宝の森だよ。もしかしたら、ここの特産物問題が一気に解決しちゃうかも」

「え⁉」

 ここが宝の……森? 

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