番外編 リトとジョンソン
学校で六年間同じクラスで過ごしたリトとライラの父、ジョンソンは親友だった。元々チャップマン家とスコット家は親交があった為か、お互いの家を行き来する事も多く、よく隠れて酒を飲んでは夢を語っていた。
リトがエデルと結婚を強行突破した時も、ジョンソンだけがリトを応援してくれたのだ。結局リトは廃嫡されて家督は弟に譲ったのだが、リトとジョンソンにはある一つ夢があった。
夢と言っても他愛もない事だ。
『俺達さ、これだけ気が合うんだから、前世ではきっと兄弟かなんかだったんじゃないかな』
飲むと必ず先に酔っぱらうのはいつだってジョンソンだ。そしていつも突拍子もない話をしだすのもジョンソンだ。
『また変な事言い出した』
『変な事じゃないんだって。この間読んだ本に書いてあったんだ。現世で気が合ったり、どこか他人と思えない人は、前世で何らかの繋がりがあるんだ、って』
一体何の本を読んだのか、素直を絵に描いたようなジョンソンは昔からこういう話が好きで、すぐに感化される。でもいつも面白いから放っておく。
この夜もそんな話から始まった。
グラスの中に残っていたワインを飲み干したジョンソンは、リトに宣言した。
『もし、この先俺達に子供が出来たら、本当の親戚になろう』
『随分と気の早い話だ』
『そうでもない。あっという間さ。俺には見える……お前には息子、俺には娘が出来るんだ。そして俺達は親戚になる! 俺達の血を引いた孫が出来て……ああ、幸せだな』
ポツリと呟いたジョンソンは、本当に未来を視て来たかのように呟いた。
『待ってくれ。俺も娘がいい』
『いや、残念だが娘は俺の所だ。うん、そんな気がする』
どういう理屈かは分からないが、何故か自信満々な酔っ払いの意見に、一瞬でもそうかな? と流されそうになったリトも大概お人よしなのだが、かくしてそれから五年後。二人には予想もしなかった未来が訪れようとしていた。
リトが廃嫡されてしばらくした頃、エデルの命と引き換えに息子が一人生まれた。時を同じくしてそれから一週間後、ジョンソンの所に娘が生まれた。二人はこれを奇跡だと喜んだ。やはり、ジョンソンの言っていた話は本当だったのかもしれないとさえ思ったのだ。
ところが、事態は二人の思惑から大きく外れて進みだす。
家督を継いだリトの弟、マリオの所には、この頃すでに三才になる男の子がいた。マリオはチャップマン家を立て直そうと必死だった。そのせいで体を壊したのだ。
それからはリトとマリオが一緒に父が作った商会をどうにか守り抜き、かなり早い段階でダニエルに家督を譲って一線を退いた。マリオの体が心配だったのもあるが、リトもエデルを失った事で子育てに奮闘していたのだ。その時にマリオとある約束をした。好き勝手をしたリトをマリオが恨んでいないとは思えない。だからこの先、もしもマリオがどうしようもなくなった時には、必ずマリオを助ける、と。
そしてその時は、思いもよらぬ形で意外と早くにやってきた。
『兄さん、ダニエルが商談に失敗した……スコット家の財産が欲しい。どうにかならないか?』
ストレスと心労ですっかり落ちくぼんでしまった目には、何の光もなかった。そんな弟の頼みを、リトはどうやって断る事が出来ただろう?
『分かった。ジョンソンに話そう』
すぐにリトはジョンソンに手紙を書いた。もう、彼にも合わす顔がない。そう思いながらしたためた手紙は、所々涙で滲んだ。
たった一つの決断だ。あの時、父のいう事を聞いて家督を継いでいれば、こんな事にはならなかったのか。エデルと結婚さえしなければ?
『それは違うだろ、リト。エデルと結婚しなければ、お前の所にリアンは居なかった。話は分かった。お前の所の息子じゃなくても、これで俺達は立派な親戚同士だ! 幸いにもライラもダニエルの事を悪くは思っていないようだし、この話を進めよう』
『ジョンソン……お前はほんとに……』
握りしめてぐちゃぐちゃになったジョンソンからの手紙は、綺麗に伸ばしてアイロンまでかけて、今でも鍵のかかった引き出しに入っている。
真実のままリアンに伝える事が出来ず、それをリアンは勝手に全てチャップマン本家のやった事だと思い込んでいたようだが、実際にはこんな事情があったのだ。
良い返事を貰ったリトはそれからすぐにマリオとその妻のレイシャを呼んだ。
ジョンソンからの手紙を見せると、二人は顔を輝かせてリトの前で抱き合って号泣した。
『兄さん、ごめん、ほんとにごめん。僕が、ちゃんと出来なくて、ほんとにごめん。リアンもライラにもダニエルにも……こんな、こんな親で……ごめん……』
『あなた! 私も……リト、本当にごめんなさい……あなた達の夢を壊してしまって……』
何度も何度も謝罪しながら涙を流す二人をリトは力いっぱい抱きしめた。誰も悪くなどない。ジョンソンは手紙でそう言ってくれた。たとえダニエルとライラが結婚しても、自分達の夢は叶うのだ、と。
『俺に謝る事は何もないんだよ、二人とも。俺は……謝れない。俺が謝ると、リアンの存在を否定してしまう事になってしまう。だから、頼むから、二人ももう謝るのは止めてくれ。そして、ジョンソンには謝罪ではなく、礼を……伝えてやってくれ……』
『分かった。約束……する』
光の無かったマリオの目に、ようやく光が戻った。
申し訳なさからか、二人はダニエルに甘かった。彼はリトよりも好き放題をやって両親を悩ませ、その事で両親はいつも自分達を責めた。
チャップマン家はスコット家の持参金を前借した事で、どうにかチャップマン家は潰れずに済んだのだ。
もう諦めていた事だった。だからノアの作戦を聞いても、正直上手くいくとは思わなかったのだ。
けれど、ルイスとカインに急かされて書いた手紙は、どうやら役に立ちそうだ。
リトは引き出しにしまっていた二枚の手紙を取り出した。ジョンソンとマリオ宛だ。
体を壊したマリオは、今は南の暖かい所でのんびりとレイシャと暮らしている。
最近では少し体力が戻ってきたのか、畑仕事などしているらしい。時間が出来たら遊びに来いとしつこいぐらいに誘ってくるぐらいだから、大分元気になったのだろう。
ジョンソンとは今でも時々お互いの家に遊びに行っては朝まで飲み明かし、互いの従者に叱られるという若い頃のまんまの遊びを繰り返している。
けれど、お互いの子供の話はしない。いつの間にか、暗黙の了解みたいになっていたのだが、それはそろそろ解禁されそうだ。
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