第五十七話  デバガメするアリス+おまけ

「お待たせ! いや~あれはなかなかの男前だわ。でも大丈夫! ライラ様にお似合いなのはどう考えても君だから!」

 親指を立てたポールはにっこり笑ってアリスとリアンにホットココアをくれた。

「やっぱポールさんもそう思うよね⁉ ライラがあいつとくっつくとか、ありえないよ」

 元々ダニエルもライラも思い入れの無いキャラだったが、今は違う。ライラは大事な親友だ。それをあんなワガママ男に良い様に振り回されるなんて、とてもではないが許せない。

「あのさ、二人とも何か勘違いしてるみたいだけど、僕とライラは別に――あ!」

 リアンは思わず口を両手で押さえて無言で通りを指さした。それに釣られたようにアリスとポールも通りに目をやって、ゴクリと息を飲む。

「修羅場……」

 ポツリと漏れたポールを睨んで通りに目をやったリアンは、恥ずかしそうにノアと手を繋いで歩くライラに意味の分からない嫌悪感が募る。

「なんでノアなの……」

『だって、リー君お芝居できないでしょ?』

『リー君だと、そのまま結婚まで行っちゃうと思うけど?』

「別にいいのに……」

 自然と漏れたリアンの一言は幸か不幸か誰の耳にも届いていなかった。アリスもポールも修羅場に目が釘付けなのだ。

 通りではダニエルとノアが一触即発の状態だった。まず出会いが最悪だった。

 アクセサリー店で楽しそうにアクセサリーを選んでいた後ろで、ノアがわざと言ったのだ。

「ライラ、今日は僕まで誘ってくれてありがとう。まさか君の幼馴染のリアンに紹介してもらえるなんて思わなかったよ。ずっと興味があったんだ。君の話には必ずリアンが出て来るから」

「そ、そんな事!」

「いいや、本当だよ。気づいてないの? 妬けちゃうな。あまりにも君がリアンの話ばかりするから、僕はずっとリアンが君の婚約者だと思っていたよ」

 そんな会話を聞いたダニエルは黙ってはいられないだろう。ノアはそう言っていたが、まさしくそれは大正解だった。 

 その言葉にクルリと振り返ったダニエルは、突然何の前触れもなくノアに掴みかかったのだ。

「きゃあ!」 

 それを見て驚いたのはライラとダニエルの連れの女の子だ。

「お前、誰だ? 俺のライラに何してんだ⁉」

 突然怒鳴りだしたダニエルにノアは表情一つ変えない。それが気に食わないのか、ダニエルはさらにノアの首元を締め上げようとしたが、その手をノアに捕まれた。

 体格はダニエルの方が頭一つ分ほどノアよりも大きいし、全体的にがっしりしている。一方ノアはぱっと見は華奢だし顔も中性的でお世辞にも強そうには見えない。

 だから誰もが思ったのだ。きっとすぐにこのノアの方がさっさと謝ってライラを置いてその場を去るのだろう、と。ところが。

「あんたこそ誰? ちょっと聞き捨てならないんだけど?」

「はあ⁉ 俺はダニエル・チャップマンだ! そこに居るライラの婚約者だ!」

 通りの全ての人に聞こえるのではないかと思う程の大声でノアを怒鳴りつけたダニエルだったが、そんなダニエルをノアは鼻で笑っただけだった。

「ああ、君が。話はライラから聞いてるよ。相当遊び人なんだって?」

「は? モテるんだからしょうがねーだろ?」

 その言葉にアリスとリアン、ポールは頭を抱える。ヤバイ。あいつ本気で馬鹿だ。

 誰も口には出さなかったが、間違いなくダニエルへの見解は一緒だ。そしてそれは、おそらくこの通りに居た人全員が思ったはずだ。

「その理屈で女の子とっかえひっかえしてるの? だったら僕とライラの仲も認めて欲しいな」

「……は?」

 意味が分からないとでも言いたげなダニエルに畳みかけるようにライラが拳を握りしめて大声で叫んだ。

「わ、私! あ、あなたと結婚しても、ノア様とは別れないわ! あなたはあなたで今まで通り、自由にしていてちょうだい! どうせ家が勝手に決めた事だもの。子供は養子でも取れば解決するわ!」

「おっまえ何言ってんだ⁉ お前は俺のなんだよ!」

「そんな事言って、その子はどうするの? 泣きそうな顔してるけど」

「だから、俺みたいな男が一人で満足できる訳ねぇだろ! 大体ライラ、お前みたいなやつには俺ぐらいしか相手になんねぇよ!」

 それを聞いた途端、アリスの目が据わった。

「リー君、あいつ殺っちゃっていい?」

「気持ちはわかる。わかるけど止めて」

「俺は止ねぇぞ。あいつは男の屑だ」

「屑だけど一緒にアリスを止めて」

 今にも飛び出しそうなアリスの肩を押さえて耳をそばだてるリアン。

 ライラの手は遠くから見ていても震えている。きっと、本当はすぐにでも全部投げ出して逃げてしまいたい筈だ。でも、ライラは今すごく頑張っている。

「ライラ……やるじゃん」

 思わず呟いた声にアリスとポールが顔を見合わせてニヤリと笑ったのだが、リアンはライラを見守るのに必死でそれには気付かなかった。

「君は酷い事を言うね? ライラがどれほど良い子か何も分かってない。ライラ、やっぱり君が結婚したら僕の所においで。建前で籍だけ入っていれば誰も文句は言わないよ」

「え、ええ。そうするわ」

「ふざけんな! ライラは俺のだって言ってんだろ⁉ コイツは俺じゃねぇと駄目なんだよ!」




おまけ『リアンとライラ、外堀を埋められる』


 一方、屋敷に残った面々は楽しそうにお茶をしていた。まるで何も心配がなさそうな一同を見てリトが何か言いたげにしていると、先を読んだようにキリが話し出した。

「リト様に一つ、質問があります」

「うん?」

 この子は確かバセット家の従者だ。リトはキリを見て首を傾げた。

「もしライラ様がダニエル様と婚約破棄をされた場合、リアン様が良しと言えばライラ様との縁組を考える事は可能ですか?」

 突拍子もないキリからの質問に、リトは目を最大限まで見開いた。一瞬、何を言われているのか理解出来なかったが、その意味に気付いてリトが頷くと、キリは真顔で言う。

「良かったです。ノア様はおそらくこの機会にリアン様とライラ様の縁も繋いでしまおうと考えているようなので」

「やはりか! ライラはリー君の事が大好きだもんな!」

「リー君も絶対まんざらじゃないはずなんだよ。自分の気持ちに気づいてないだけでさ」

「そ、そうなのですか?」

 リアンからライラの事をどう思っているかなど、聞いた事がないが……。

「間違いなく、お互いに好意を持っている! リー君が少し頑なだが」

「なるほど。そうと決まれば、リトさん、俺達も動きましょう。待ってるばかりじゃ性に合わないし、ノアにばかり恋のキューピッドをやらせるのも癪です」

 立ち上がったルイスとカインを見上げてリトは思わず頷いた。そして思う。

 リアンは、本当に王子様と次期宰相様と友人なのだな、と。

 階級など全く気にしないではっきりした性格は、やはり母親譲りなのだな、とリトは目を細めてルイスとカインに急かされるままにペンを取った。

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