第四十二話  目をつけられたバセット家

 一方、一部始終を見ていた視察隊は言葉を失っていた。


「ロビン、あれはどこの者だ?」

「え? あ、ああ。イーサン先生、あの三人は?」


 ロビンの問いにイーサンは誇らしげに笑みを浮かべた。


「あれはバセット男爵家の兄妹ですね。それと従者ですよ」


 跳びぬけて奇抜な動きをしていた三人は皆バセット家の者だと聞いて、王はなるほど、と頷いた。


「確かに、あの三人は鷹だな」


 あの時にアーサーが進言したのは何も間違っていなかった。戦いという場において瞬時にその数を把握してどう動くかを決めるのは、容易い事ではない。ましてやまだ子供なのだ。それをいとも簡単にやってのけるのは、才能と言わざるを得ない。


 あの日、ルイスは起案書を持ってきてルカに言った。男爵家にとても優秀な者がいるのだ、と。そして、それはもしかしたら彼らに限った事ではないかもしれない。だからこそ、学園への間口を広げたいのだと言ってきた。


 渡された起案書はとてもルイスだけで考えた訳ではないだろう箇所がいくつもあったが、とても良く出来ていた。その夜に起案書の写しを妻のステラに見せると、ステラは華が綻んだように笑って喜んだ。


『ルイスが一人で考えた方が立派だとあなたは思うのかもしれないけれど、私はこれを誰かと作ったという事にこそ感動しているわ。あの子にもそれだけ信頼が出来る友人が居るという証拠だもの』


 それを聞いた途端、ルカは色んな事に納得した。確かにステラの言う通りなのだ。王政は一人で動かす訳ではない。様々な者に支えられながら動かすものなのだ。


 そうか、ルイスはもうそれを理解しているのか。そう思うと、まだまだ子供だと思っていたルイスが途端に誇らしく思えた。


 ルカが今まで色々と好き勝手をやって最近ようやく少し理解し始めた事を、ルイスは既に気付いているというのは少し癪だが、王になるには絶対に無くてはならない資質だ。


 そのルイスは今はバセット兄妹と何かを楽し気に話している。意外なのは、そこにキャロラインも混ざっている事だ。


「あのプライドの高い公爵家の娘がなぁ」


 ポツリと呟くと、横からイーサンが口を挟んできた。


「失礼は承知で発言します。ルイス様とバセット家の者の縁を繋いだのはキャロライン嬢です」

「そうなのか?」

「はい。元々ルイス様とバセット家の長男とは話をするぐらいの間柄だったのが、妹の世話を焼き始めたキャロライン嬢に釣られるように急速に仲良くなったように見受けられました」


 イーサンは誇らしげに胸を張った。


 今日はいいものが見れた。あのバセット家の戦い振りは凄かった。誰が作戦の指揮を執ったのかは分からないが、一歩間違えれば大事故にも繋がりそうなギリギリを見極めて戦うバセット家の面々にイーサンは舌を巻いた。体術だけでこれであれば、魔法の使用も許可したら一体どうなっていたのか。


 イーサンの言葉にルカは深く頷いた。


「そうか。私はどうやら色々と見誤っていたようだな」


 ルカはそう言って席を立った。メイドがお茶の準備が出来たと呼びに来たのだ。


 ルカが立ち去ってもロビンはまだその場に立ち尽くしていた。オスカーの動きにも驚いたが、何よりもそれをカインが許可した事に驚いたのだ。昔からカインはオスカーにべったりで、絶対にオスカーの側を離れようとはしなかった。そんなカインが、オスカーを戦いの真ん中に投入するなど、今までのカインからは考えられない。


「まさか親父が来ると思ってなかったよ」


 いつまでもその場から動かないロビンの耳に、聞きなれた息子の声が聞こえてきた。声がした方を見ると、天幕の隅からカインがこちらを伺っている。


「カイン、久しいな」

「そうかな。半年ぐらいじゃない?」


 そう、カインは何だかんだ理由をつけて長期の休みにも家には戻ってこないのだ。

 シレっとそんな事を言うカインを半眼で睨みつけたロビンは掛けていた眼鏡を外した。


「驚いたよ、オスカーに」

「はは、俺も。あいつあんな動けたんだなぁって。今まで悪い事してたな」

「……」


 何気なくカインの言った言葉にロビンは目を丸くする。悪かった? オスカーにそう言ったのか? ロビンの言いたい事を正しく読み取ったカインは、苦笑いを浮かべて言った。


「まあ、色々あったんだよ。今まで俺はオスカーしか信用できる奴いなかったからさ。でも、ちょっと周り見渡したら案外ゴロゴロ居たんだよね。だからこれからはオスカーにもやりたい事やらせるつもり。バセット家の従者、キリって言うんだけど、これがまた主人に負けず劣らずはちゃめちゃな奴でさ。キリ見てたら自然とそう思うようになったよ」


 そう言って笑ったオスカーは何かが吹っ切れたような顔をしていた。


「そうか。いい出会いだったのか? お前にとって」

「あんまし認めたくはないけど……そうなんだろうね」

「そうか。しかしバセット家の者はそんなにも変わり者なのか? いや、あの動きを見る限り只者ではなかったが」


 ロビンの不思議そうな顔にカインは噴き出した。


「ちょっと言葉では言い表せないけど、兄貴のノアはヤバイ。妹のアリスはもっとヤバイ。それについていくキリもヤバイ」

「全部ヤバイじゃないか! それじゃあ全然分からん!」

「んーそうだなぁ。……あ、俺生まれて初めて、この間夜中に外出して海で釣りしたな」

「……は?」

「そんで、そこで刺身食べた。刺身っていうのは海の魚を生で食べる料理なんだけど、これがめちゃくちゃ美味かった」

「お、お前、生の魚を食べるなんて!」

「俺も最初はそう思ったけど、アリスが絶対大丈夫だって言うから食べたんだよ。そしたら全然いけた。むしろ美味かった。あとイカ。学園では今イカリングがちょっとしたブームになってるよ」


 次から次へと出て来るカインの常識では考えられないような言葉にロビンはずっと驚いてばかりだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る