第三十一話  おんぼろ商会と激怒する美少年

「そう言えばアリスから聞いたんだけど、リアン君の従弟は商家なんだって?」


 突然のノアの言葉にリアンは思わず頷いてしまった。


「その商会さ、最近上手くいってないんだって?」

「な、なんでそんな事……」


 ノアが知っているんだ? そこまで考えてリアンはハッとした。


 リアンがアリスの友達だと認定されているのならば、ルイスの近くにいるアリスと同じようにリアンもまた身辺を調査されていても何も不思議ではない。


「言っておきますが、僕とあの商会は無関係ですから! あっちが勝手に落ちぶれただけです」


 あれだけのお膳立てがあったにも関わらず、取引先の令嬢に手を出して大きな契約を打ち切られたのはダニエルのせいだ。


「そうなの? でも、君のおじい様が頑張って作った商会でしょ?」

「……」


 一体どこまで内情を知ってるんだ。流石王家の情報網は凄い。リアンは諦めたようにため息を落として覚悟を決めた。どうせ何でも知っているのなら、隠す事もない。


「ダニエルは引くほど女好きなんです。そのせいでせっかく取り戻せそうだった爵位を棒に振ったんですよ。彼は向こうが迫ってきたんだと言い張ってますが、それでも手を出した事には変わりはない。結局、伯爵位は戻らなくて、今も色んな所から契約を切られてチャップマン商会は虫の息です」


 バカにしたようなリアンを窘めるようにライラがそっとリアンの腕に自分の手を乗せた。


「リー君、おじい様の会社をそんな風に言っちゃ駄目だよ」

「そのおじい様は半年ほど前に亡くなってるけどね! 何が許せないって、自分で招いたツケを何の関係もないスコット家に払わせようとしてるのが許せないんだよ!」


 チャップマン商会を立ち上げた祖父が半年前に亡くなり、ダニエルの一件で家が大きく傾いた事で、ダニエルはライラに目をつけた。


 ダニエルとリアンとライラはいわゆる幼馴染で、小さい頃からよく遊んでいたからお互いの事はよく知っているし、ライラの家は子爵とは言え資産持ちで、家の建て直しに利用するのには都合が良かったのだろう。


 スコット家は何代か前にチャップマン家に多額の借金をした事があり(もちろん既に完済済みだ)、それからチャップマン家には頭が上がらない。


「それに、ライラに目をつけたのだって、どれだけ自分が他の人と遊ぼうが、ライラなら文句を言わないだろうって思ってるからに決まってる。ライラもそれが分かってるから落ち込むんでしょ⁉」


 チャップマン家の説明をしながらだんだんイライラしてきたリアンは、思わずライラに強い口調で怒鳴ってしまった。リアンの怒鳴り声にライラは驚いたように目を丸くしている。


 マズイと思って周りを見渡すと、何故かアリスはニヤニヤしているし、ノアは何かに納得したように口の端だけを上げて笑っている。


ルイスとカインはノアの笑みを見て頷いているし、キャロラインはリアンの話を聞いて怒りをあらわにしていた。突然怒鳴ったから、きっと怒っているのだろう。リアンはそんな風に思っていたのだが――。


「酷い話ね。チャップマン商会にウチから圧力をかけましょうか? 潰してしまえばライラさんとの婚約も立ち消えるのではなくて?」

「えっ⁉」


 驚いた事にキャロラインはライラの現状に対して怒っていたらしい。


「何度もそういうフラフラした男達を見て来たから分かるわ。そういう男はね、本当に懲りないのよ。快楽主義者とでも言うのかしら。あえて! 何故か! 悪手ばかりを選ぶのよ! ねえアリス⁉」


 力強いキャロラインの言葉にアリスは大きく頷いた。


「その通りです! 何故、既に側に居る人を幸せにしようとしないのか! 何故他所に手をつけようとするのか! バカなのか!」

「……」

「……」


 意気込んだアリスとキャロラインにルイスとカインはバツが悪そうに視線を逸らし、何故か二人して壁を見つめている。一体この人達に何があったのか。リアンはそんな思考を追いやって席を立とうとした所で、またもやノアに肩を掴まれた。


「見立て通りだよ、二人とも。合格だ。皆、いいね?」

「っ! ああ、もちろんだ。人選はノアに任せる」

「だ、だね! ノアの人選なら間違いないって」


 助かった! とでもいうようにルイスとカインはホッと息をついて、いつの間にか用意されていたお茶を飲んだ。


「アラン、準備出来てるよね?」

「ええ、完璧です。今からだったら夕食までには見終わるかと」

「ありがとう。キリ、オスカーさん、お願いします」

「了解しました」

「はい」


 不穏なノアの動きにリアンが身構えた時には既に遅かった。両腕をがっちりとキリにホールドされ、同じようにライラもオスカーに抱え上げられていた。


「ちょ、え? な、なに?」

「あ、あの! こ、怖い!」

「すぐ済みます」

「大丈夫ですよ~怖くない怖くない。よ~しよし」


 キリとオスカーはそう言って怯える二人を連れてアランと共に食堂を出て行ってしまった。

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