大好きなゲームに異世界転生!でも、なりたかったのはヒロインじゃない!

「グォォォ!」

「ウォウォウ!」


 銀で出来た甲冑をつけた動物たちを見てアリスは顔を輝かせた。


「皆ーーーーー! 来てくれたの⁉ ありがとうーーーー!」


 アリスが駆け寄ると、パパベアが乗れと言わんばかりに体勢を低くした。アリスはそんなパパベアに飛び乗ってゴブリンが作った大剣敵を肩に担いで兵に突っ込んでいく。


「わははははははは! 皆、好きに暴れろ! 行くぞ、野郎どもー! 反撃開始だーーー!」


 妖精、動物、鉱夫達。次々にやってくる仲間たちに元気を取り戻したアリスが叫ぶと、どこからともなくドンの声がした。


「ギュギューーーーーーーー!」


 その声を聞いて仲間たちが空を見上げると、南の空から数十匹の色とりどりのドラゴンがこちらに向かって飛んでくるのが見える。


 先頭はドンとスキピオだ。そのすぐ後ろのドラゴン達の頭の上には、今まで全く姿を見せなかったレインボー隊が、まるで竜騎士のように跨ってこちらに向かって手を振っている。


 それを見てアリスは叫んだ。


「レインボー隊! 合体だ! 修行の成果を見せてやれーーーーー!」


 意気揚々と叫ぶアリスの声を聞いて、レインボー隊はドラゴンから飛び降りて空中でレインボーアッシュに合体すると、驚く兵士達に殴り掛かって行く。その動きは驚くほど滑らかで、思わず仲間たちも唖然としてしまった。


 そんな光景を見て、ノアが構えていた剣を下ろしてポツリと言う。


「勝った……ね」

「ええ、恐らく」



 時は遡る事4年前――。



 アリスは震えながら目の前で唐突に始まった、まるで寸劇のような婚約破棄現場を、どこか上の空で見つめていた。


 時折、今しがた婚約破棄を言い渡された目の覚めるような美女がこちらを睨んでくるが、そんな事はどうでもいい。


 アリスはどうにか落ち着こうと深呼吸をして辺りを見渡した。


 天井には豪華なシャンデリア。床はピカピカに磨き上げられた大理石。漫画や映画でしか見た事のない衣装。


 異様に顔面偏差値の高い美男美女の群れ……その中心に居る一際輝く人達に、アリスは何故か見覚えがある……。


 その事に気付いた途端、アリスはある思考に思い至り、あまりにも荒唐無稽でありえない状況にヒュっと息を飲み込む。


 隣にアリスを庇うかのように立っているのは、ルーデリアの王子、ルイス・キングストンだ。そしてその後ろにぴったりと張り付いているのは、次期宰相カイン・ライト。そして今しがたルイスに婚約破棄を言い渡されていたのは、間違いなく悪役令嬢、キャロライン・オーグだ。


 何度も何度もアリスはこの光景を見て来た。そう、テレビ画面の中で! これはアリスが大好きだったゲーム『花咲く聖女の花冠』の世界だ!


 一つ思い出すと、記憶はまるでフラッシュバックのように蘇ってくる。そうだ、思い出した。死んだのだ、自分は。あの日、不慮の事故によって……。


 アリスが護衛に引きずられるようにしてパーティー会場から姿を消したキャロラインを唖然とした顔をして見ていると、ルイスが先程とは打って変わって優し気な視線をこちらに向けた。


「すまない、アリス。怖かっただろう?」

「い、いえ……そんな……」


 突然の問いかけにアリスはぎこちなくルイスを見上げると、ルイスの見事な金髪と夏の空のような透き通った青い瞳が目に飛び込んできた。


 あまりの眩しさに目がつぶれそうである。


 たどたどしく震えるアリスを見てルイスがさらに笑みを深め、愛おしそうに抱き寄せてアリスの蜂蜜色の髪にそっと口付けてきた。


「ひっ!」


 背筋がゾッとして思わず後ずさったアリスを見て、ルイスは不思議そうに首を傾げた。


 それもそうだろう。今までアリスはルイスからのスキンシップを拒んだ事などないのだから。


 前世を思い出す前のアリスは、の話だが。よりによってこのタイミングで思い出すとは、なんたる不運。


 いや、結婚式などで思い出すよりは遥かにマシかもしれないが。


 アリスは混乱する頭で必死に考えた。一体何がどうなっているのかさっぱり分からない。この手の話を沢山読んだが、まさか自分の身に降りかかろうとは思ってもみなかった。


(これ、ヤバくない? このまま行ったら真っ赤な絨毯をこの男と歩く羽目になる? いや、それ以前に色々整理したい。どうにかここから逃げ出す方法……あれしかないか……)


 森の中でクマなどの猛獣に出会った時の事を想像してほしい。一番に思い出す対処法ならほぼ共通だろう。そう、死んだふりだ。


 それを実行すべく、アリスは目を瞑り、膝からガクンと崩れ落ちる。その瞬間、ルイスの驚き焦った声が大広間に響き渡った。



 アリスの前世の名前は佐伯琴子。


 琴子の趣味は乙女ゲーだけでは飽き足らず、少女漫画や少女小説、アニメなど多岐にわたっていた。


 佐伯琴子、享年十六歳。短い人生ではあったが、頭の中に詰め込んだ物語は数知れず。その中でも特に好きだったのがこのゲーム『花咲く聖女の花冠』だ。


 しかし、何故。何故、神は琴子をあえてヒロインの座に転生させたのか! 


 失神している振りをしているアリスの眉間に思わず皺が寄った。


 そんなアリスの苦悶の表情を見て、ルイスが何を誤解したのかアリスの髪をゆっくり撫でる。


「可哀相に……よほど恐ろしい夢を見ているようだ」

「みたいだねぇ。まあ、散々な目に遭わされてたみたいだから仕方ないって。今日はもう、このまま学園に送ろっか」

「そうだな。目が覚めた時、自室の方がアリスも安心するだろう」

「……」


 ルイスとカインの見当違いな心配をよそにアリスはまだ考えていた。


(何故、ヒロイン……モブが……モブが良かった!)


 琴子は自他共に認める生粋のカップリング厨だ。


 ヒロインとヒーローのカップリングがとにかく大好きで、そこに自分はいらないのだ。二人が幸せならそれでいい。そして何よりも……。


(私は、私自身は……あて馬が好きなのに‼)


 言い方は大変悪いが、佐伯琴子はどんな話でも大抵ヒーローより当て馬を好きになってしまうタイプだったので、この転生は本当に迷惑でしかない訳なのだが、それを嘆いていても今更仕方ない。


「カイン、近々フォルス公国に顔を出す予定なんだが、その時の編成を一応お前にも頼めるか」

「俺ぇ? そういうのは親父がやるんじゃない? 大公の即位式だっけ?」

「ああ。突然のレンギル大公の崩御に混乱していたが、どうやらようやく後継者が決まったようだ。お前の親父どのだけでは少々心配なんだ」

「シャルル……だっけ? 確かにそれは親父には無理かもね」

「だろう? 早急に警備を強化しなくては。何せ、あのシャルルが大公になるのだから……」

「ま、了解。アランと相談するよ」

「ああ、頼んだ」

「……(シャルル……私の推し……)」


 恐れていた事が起こってしまったと言わんばかりのルイスの声が、どこか遠くに聞こえる。


 『花咲く聖女の花冠』は通称『花冠』と呼ばれていて、先細りしかかっていた乙女ゲー界隈では近年稀にみる大ヒットを飛ばし、書籍化からメディア化して次は映画化か? とまで言われていた作品だ。それほどまでに大人気作品だった訳だが、ただ一つ、重大な欠点があった。


(何故! どうして! シャルルが攻略対象ではないのだ!)


 『花冠』は大人気作品なだけあって、続編が3まで出た。その後ファンディスク作品が2作出ている。それぞれヒロインも変わり攻略対象も変わるのだが、そのどれにもアリス最推しのシャルル・フォルスは攻略対象としては出てこなかった。


 作品自体には皆勤賞だったというのに、スチルまであったというのに、だ。さらには声まであり、詳細なキャラ設定まであったにも関わらず、隠しキャラでもなく当て馬。何故……。


 他の作品にも言える事だが、琴子は当て馬が大好きだった故、もちろん例に漏れずシャルルが推しだった。


 そこまで思い出したアリスは焦った。


(ちょ、ちょ、ちょっと待って! この流れ、真っすぐルイスエンドじゃない? いや、無理だけど? ルイスとか本気で無理なんだけど⁉)

「アリス? 暑いのか? カイン、少し馬車の窓を開けてやってくれないか? アリスが暑いみたいだ」

「ああ」

「……」


 カインが窓を開けた事で冷たい風が馬車の中に吹き込んでくる。顔にかかった髪をそっと避けてくれるのはルイスの優しい手だ。


 しかし、別に暑い訳じゃない。しっとりと背中が汗ばんでいるのは、未来の事を想っての冷や汗だ。そんなアリスの心を知ってか知らずか、ルイスの愛し気な気配が頭上に近づいてくる。


「アリス、明日、父上に君との事を報告しよう」

「……」

(……詰んだ……このスチル、知ってる……)


 死んだふりをして上手く卒業イベントを回避したつもりだったが、どうやらそうは問屋が卸してくれなかったようだ。


 眠るアリスに、優しいキスを落としてくるルイス。あまりにも見慣れたスチルと同じ行動をするルイスに、アリス・イン・琴子の記憶が今、ありありと蘇った。



――どうやら今、『花冠』のルイスルートが終わろうとしているらしい――と。

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