第18話 敬虔なる信徒

森の中の一本道を走り続けていると、屋根がぽつりぽつりと顔を出す。どうやら村に到着したらしい。

 深緑の木々に囲まれたそれは、どこか閉鎖的だ。レンガ造りの民家があちこちに建っており、周囲には畑が見られる。ヨーロッパの田舎なんかにありそうな、至って普通の村。ただ一つ、人が全く居ないことを除いて。

 辺りを散策するも、ジャックの言った通り村はもぬけの殻だ。


(手紙は届いた、と認識して良いのだろうか)


 しかし地面には薄らと靴の跡が残っており、先程まで人が居た形跡。牧畜はしていないのか動物は一切居らず、ただ閑散とした風景が広がっている。

 空はやけに澄み渡り、紛うことなき快晴。村の異様な雰囲気と相まって、その青空が少し不気味にさえ感じられた。


「あのー、すみません。どなたかいらっしゃいませんか!」


 大声で呼びかけるも返答はない。窓からチラリと家の中を覗いてみたが、やはり誰もいない。


(手紙の指示通り、ちゃんと逃げてくれてるといいんだが)


 村の中央辺りまで歩いたところ、一際目を引く建物を見つけた。

 白い屋根と黒の壁。十字架、天使、女神などの彫刻が施された外壁に古びた扉。建物自体は大きくないが、この簡素な村では不自然でしかない。

なんとなく、ここに人が集まっていると、本能的に悟った。理由も根拠も無い。ただ己の感覚に従い、扉に手をかけ、開く。


まず目を引くのは、中央の女神像。交差した掌を胸に乗せ、涙を流すさまを彫刻したものらしい。何とも言えない奇妙さが、僅かに柊の恐怖心を煽る。祭壇には経典を片手に祈りの言葉を捧げる神父。その前方に並ぶいくつもの長椅子には、手を組んだ人々が座っている。柊には馴染みのない光景だが、キリスト教など特定の宗教を信仰している地域では普通なのだろう。それにしても、どこか薄暗く奇妙な感覚は拭えない。


 扉の音が響き渡った瞬間、幾つもの視線が一斉にこちらを向いた。その瞳の一つ一つが、紛れもなく自分を見ている。


「あ……」


冷たく、鋭い視線だ。何十もの瞳が今、自分だけを見ている。一瞬で鳥肌が立つほどに、全身の血の気が引いてゆく。

  

 「て、手紙は……届いていませんか」


掠れた声を無理やり捻り出す。人々は首を傾げる様子もなく、ただ柊を見ていた。


「ここは危険です!まもなく蛮族が襲撃にやってきます。避難誘導は俺がします。ただちに逃げる準備を」


ただ見つめるだけの瞳が、途端に敵意を孕み始めるのを、柊は肌で感じた。その誰もが色のない、空虚で暗い瞳をしている。

ステンドグラスから射し込む光が、青白く辺りを照らす。そのせいか、人々の顔はまるで死人のようにも見えた。


 瞬間。


「ふざけるな!」


「儀式の邪魔をしやがって」


「何様のつもり?」


「出てけ」


「気色が悪い」


「蛮族とはお前のことだろう」


「死ね」


「主よ、お許しください」


「いきなり来てなんなんだ一体」


「黙れ黙れ黙れ」


 人々は、柊に言葉の散弾を浴びせた。


「は、話を聞いてくださ」


言葉を発するまもなく、頭部に強い衝撃が走った。直後、頭蓋に強烈な痛み。


「この小僧に、我らの正義を叩き込め!」


そんな暴論とともに、柊へ投げつけられる数々の経典。いや、それ以外のものも混じっているのかもしれない。咄嗟に頭部を覆うも、腕へ、胴体へ、脚へぶつかるそれらの痛みに骨が軋む。


(反発してはダメだ。それじゃアンノウンあいつらと同じになる……!)


しかし痛みは増すばかり。次第に意識も薄れ、膝をつこうとした時。


ざくり。


何かを裂く音が耳に届く。痛い。腹部からじわじわと広がる。痛い。ナイフを握りしめた男が脇腹を刺している。痛い、痛い、痛い。


「かふっ」


乾いた息とともに血反吐を吐き出す。


「我らの神にか、かわ、り……この不届き者に裁きを与えました……神父様、私は間違っているでしょうか」


「いいえ、貴方は素晴らしい善行を成し遂げました。主も貴方の勇姿を見ていてくれていることでしょう」


「ああ、ああ神よ……ありがとうございます」


聞こえる言葉の意味を理解しきれないまま、意識が遠のいていく。この痛み、骨の軋むような苦しみ。これはまるで、あの時のような。いいや。


「少し……ちがう」


また、冷たい床が、倒れ込む柊を迎えた。





「さて、この小僧の言うことが真なら、これから村に襲撃が来ることでしょう。儀式は一時中断し、それに備えてください。貴方は村民に伝達。貴方達はこの小僧を地下牢まで運ぶように」

「はい」 


◇◇◇  


「あちゃ〜誤算だったかなぁ。全然笛の音なんないね」

「だから言っただろう!ナトリシュウは危険だと。ああクソ、何をしているのだ彼奴は!」


 イェルカーは、今世紀最大の苛立ちを見せていた。顔は赤く蒸気し、額には筋が伸びている。今にも暴走しそうなイェルカーを、タルトがなんとか諌めている状態だ。


「合図がない以上仕方ない。作戦変更。村に突撃し、住民が見つかり次第抹殺。おーけー?」

「「はっ!」」

「って、ジャックまた居なくない?もー、あの子ったら」

「彼奴を探している時間はない。さっさと行くぞ!」



 




 村へ到着すると、こちらへ向けてぞろぞろ人が歩いてくる。男、女、子供、老人……この村の住民達が、歩いてくる。手には剣や槍などの武器を持って。


「此奴ら……村人に武装させているのか!」

「なるほどねぇ。シュウくん偵察中に見つかっちゃったってわけだ。死んでないといいけど……」

「タルト、竜化りゅうか出来るか」

「う〜んちょっと難しい。村が狭すぎるよ……」

「……了解した。総員、構えろ!此奴らを排除し次第、四方に散れ!」

「成程、あの小僧の言動は真であったか」


 人の中を掻き分け、奥から老神父が出てくる。神父の装いをしているが、資料にはこの村の村長と記載してあった。


「手厚い御出迎えご苦労。貴殿らの歓迎、こちらとしては想定外だ」

「ふっ、若造が……調子に乗りおって。我らは村人であると同時に、戦士だ。神聖なる儀式を守る、神の使いだ。故に、それを阻む貴様らは排除せねばなぁ。許せ」

「このご時世に、よく信じるよねぇ。神を最大限まで美化した経典や神話だけを盲信して、真実を見ようとしない。君達が信仰してるのってプラアプガだっけ。豊穣の女神とか言われてるけど、こうやって村や集落を栄えさせることで、人々を自分に依存させるのが目的だから、あれ。それ知ってて信仰してるのかな。これだから信者って嫌い」

「世迷言を。貴様らこそ妄言を吐くでないわ。プラアプガ様は我らが光!我らが道標!殺せ!この蛮族共を皆殺しにしろ!」


 住民は一斉に武器を構え、イェルカーらに向かって走り出す。その殺気に満ち溢れた表情は、最早人の心など感じさせなかった。


「俺らが蛮族……?貴様らも十分にそれらしいじゃないか!」

「あらま殺気立っちゃって。皆、お仕事の時間だよ♪」


 刃の交わる音が鳴り響いた。多勢に無勢。無抵抗ならまだしも、村人が武装しているとなれば話は別。ややアンノウン側が劣勢と言えるだろう。イェルカーは悔しさに歯を食いしばっていた。


「……クソっ、調査詰めが甘かったか!」


 


 

 ふと、ある村人は空を見上げた。木々の枝が揺れたからだ。上から、少女が舞い降りる。その様子を、ただ見上げていた。

 それは、あまりに一瞬の事で。紅い剣が空を斬る。…………違う。斬られたのは彼だ。瞳に映るは飛沫する自身の血液。それを認識する間もなく地面に倒れ込む。頭部から股下にかけて二等分された胴体。乾いた地面を、血溜まりが潤してゆく。


「……はっ、はは。はははははははは!ははははははははははぁ!良いことを思いついたぞ。ここを海にするんだ。世界初鮮血の海にぃ、へへ。当方、天才っ!!!」



 


 

 


 

 


 


 

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