過去の確執 前編

 現在エレベーターは、研究所の20階を目指していた。

 エレベーターに乗っているのは二人の男。二人の着ている衣服は、彼らが自衛隊の所属であることを表しており、一民間企業である舞浜研究所に、彼らが訪れていることは異常と言えた。


「……霜門しもかどさん、こんな建物で本当にODOと同様の研究が行われているんですか?」


「そうか、お前は来たことがなかったな」


 霜門と呼ばれるこの男の名は、霜門拓海たくみ

 数年前に新設された、自衛隊のある部隊の隊長である。


「この建物の研究設備のかなめは、今私たちが向かっている最上階ではない」


 拓海は自分らの真下を指さした。


「地下だ」


  ◇


 扉をノックしようと、拓海の連れの男は一歩前に出て手を掲げるが、それよりも先に声が響く。


「ノックは結構。さっさと入ってくれて構わまないよ」


 その言葉に従いドアを開けると、椅子に座ったままの部屋の主が彼らを迎えた。


「よく来たね。とりあえずそこに座ってくれ」


 部屋の主、舞浜まいはま花蓮かれんは舞浜研究所の最上階、その最奥に位置する所長室で待ち構えていた。

 拓海たちは、花蓮に言われた通り席に腰かける。花蓮も自身の椅子から立ち上がり、拓海らの座るソファの向かいに腰を下ろした。


「早速だが、本題に入ろう」


 花蓮が切り出す。


「ああ、お茶などは出ないので我慢してくれ。普段この部屋で来客を迎えることはないからね。

 どうしても我慢できないなら水ぐらいなら準備できるので、そのときは言ってくれ」


「そのようなことは必要ない。私たちにも時間がない。早急に用件を済ませたい」


 こうして互いは向かい合う。

 そもそも自衛隊員の二人が、わざわざこのような場所に訪れる用件とは何なのか。それは――


「――ODOの日本支部が襲撃にあった件だが、この場所も今回の相手に狙われる危険がある。今後の対策が必要だ」


「うーん、私はいらないと思うんだけどね。君たちがどうしてもと言うからこのような場を設けたものの、研究所としての総意は依然として、特別な対策は必要ない、だ」


 花蓮の有無を言わせぬ物言いに、拓海は顔色一つ変えないが連れの男はたじろいでいる。

 拓海と花蓮に数瞬の間、静寂せいじゃくが訪れる。


「あっ、遅れてすみません」


 その静寂を破るように部屋に入ってきたのは、研究所の職員と思われる制服を纏った男。


「彼は?」


 拓海の連れの男の質問に花蓮は答える。


「彼は、世界で100人しかいない異世界に行く資格を有する人物――」


 そこまでの言葉で、拓海は男の正体を察する。


「――研究所の最大戦力、ゼルフだ」


 花蓮は続ける。


「では、まずそもそも、研究所に対策が必要ないと言い切れる理由について、説明しよう」


「その前に、ちょっと待ってください」


 花蓮の言葉を遮り、ゼルフが言う。

 ゼルフはそのまま、部屋の奥にある扉に入っていく。そして扉に入る直前、ゼルフは振り向いてきく。


「お二人はコーヒーでいいですか?」


「私たちは結構です。どうぞお構いなく」


 拓海はそう答えたが、ゼルフも食い下がる。


「いえ、そう言うわけにはいきませんので」


「そこまで言われてしまっては……。では、コーヒーを頂きます」


「あなたは?」


 ゼルフは拓海の連れに訪ねる。


「私も同じものを」


「了解です」


 その言葉を残し、ゼルフは奥の部屋へと入って行った。

 ゼルフの背中を見送り、所長室に残された三人は再び向かい合う。


「……まあ、あれでも一応戦闘員なんだが。とりあえず、あいつのことは放っておいて、研究所が対策が不要だという理由について説明する」


 そう言って花蓮は、以前ゼルフに異世界潜行の仕組みを説明する際に使用した、ホログラムを起動した。

 ホログラムは、花蓮と二人の間に研究所の外観を映し出す。


「これが普段の研究所の姿だ。そして、緊急時に発動することが可能な防衛機構が発動した際の姿がこれだ」


 花蓮の言葉に従い、映し出されたホログラムに変化が生じる。


「これは……!」


 それを目にした拓海は、一瞬の間目を見開く。


「確かにこれならば、新たに対策を講じる必要はないかもしれない。だがこの技術は……」


「正真正銘、自社開発だよ。もちろん公表はしていない。今回は君たちに納得して帰ってもらうために、この機能の全容を見せたが、それもここまでだ」


 花蓮はホログラムを消す。


「はっきり言わせてもらおう。私たちは、君たちを信用していない。そして、これからも信用しない。

 異世界潜行の技術、その提供を行っているのはこの世界全体に関わることだからだ。

 魔術の発展と共に生まれた新たな技術が、この世界を狂わせた。それを使いこなすことができずに、を起こした大人たちに、技術を提供するのは全くの無駄だと、私は思っている」


「……………………」


 花蓮の言葉に二人は黙りこくる。


「私はこういう性格だからな。ODOや君たちのところでは、嫌われているのも十分承知だ。

 こんな関係の私たちが協力するのは、不可能だと思わないかい?」


 部屋の中には、ゼルフの入れているであろうコーヒーの香りが漂い、全面ガラス張りの所長室からは、春の青空が顔を見せていた。


「あの~」


 その言葉に、全員の意識が、声の方へと向く。


「これを飲んで、少し落ち着きませんか?」


 コーヒーを入れたゼルフが戻ってきた。

 花蓮は先程から普段とは少し違うゼルフの様子を見て尋ねる。


「誰の入れ知恵だ?」


「………………あ、ばれた?」


「当たり前だろう!

 お前が敬語を使うことでさえ、十分に異常だというのに、コーヒーお入れしましょうか? なんて言って、気を使うとは、ぞっとしたわ!」


「いやー、楠神くすかみさんが、雰囲気最悪だろうからどうにかしてこいって……」


 そこまで言うと、ゼルフは諦めたように、一度体の力を抜くと、その双眸そうぼうで三人を見つめた。

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