女神ゼルフ

 結界が消えた。イリスが伝えたこの事実に、俺は悩まされていた。

 通常、都市全体を覆うような結界というのは発動に大きな労力、魔力がかかる。その反面、維持にかかるリソースは比較的少量であるのだが、結界が消えてしまったということは新たに魔術を組みなおさなければならないわけで。


「……どうしよう」


 今にも、泣き出しそうなイリスへ向け声をかける。


「……仕方がない。結界の再起動は俺が手伝ってやる。その代わり、俺たちが元の世界へ帰る邪魔はするな」

「……………無理よ」

「何故だ?この条件はイリス、君にとっても悪くないはずだが?」

「……それじゃあ間に合わないの」

「何がだ?」


 すると、イリスは現状の説明を始める。


「今、この国は魔王に攻められているの。だから魔王軍がこの王都に到達するまでの時間はだいたい3時間ぐらい。そして結界を張りなおすのにかかる時間は――」


 その知らせは俺たちにとって最悪なものだった。


「——4時間よ」


  ◇


「どうしてこんなことに……」


 俺とイリスは、修を異世界潜行の魔術で先に元の世界へ送還したあと、王都を囲む城壁の外側に来ていた。この場所のさらに前方には、結界の消滅を察知した、騎士団がすでに待機していた。

 楠神への現状の報告は、修を送る際に済ませていた。


「なあ、こんな立派な城壁があるんだから魔王軍を迎撃するんじゃなくて、この壁で魔王軍を押しとどめている間に結界を張りなおせばいいんじゃないか?」

「無理よ。この壁には魔術的防御力は0、一撃で抜かれるわ。あなたも少なからず魔術を使うんだったらわかるでしょ」


 そう言われてしまっては、押し黙るしかない。

 現在、俺とイリスの間では、次の3つの契約がなされていた。


1 召喚魔術を使用し、強力な魔術が使用できないイリスの代わりにゼルフが魔王軍を迎撃する。しかし、ゼルフの存在はできるだけ知られてはならないので、迎撃は魔王が姿を現したときのみ行い、早期に決着をつける。


2 ゼルフは結界の修復作業を手伝う。


3 相互は今後互いの世界に一切干渉しない。



「ねえ。やっぱりあの契約、私にとって有利すぎると思うんだけど…」

「そんなことないさ。俺にとって干渉してくる異世界が減るというのは、だいぶ大きいことだからな」

「そう。ならいいわ」


 ……………………


「何なんだよ!言いたいことがあるなら言えばいいだろ!もじもじするな!」

「もじもじなんてしてないわよ!…………でも……その、悪かったわね。こんなことに巻き込んでしまって」

「おう、大いに反省しろ。この世界に来たのが俺だったからよかったものの、ほかのやつだったら戦闘になった時点で殺されてたまであるからな」

「あんたの、仲間ってそんな物騒なのしかいないの⁉」

「半分敵みたいなものだけどな。俺の上司がな、そいつらの上司と超仲が悪くてね」

「……そっちも大変そうね」

「ああ、なかなかにね。と、そろそろだな」


 二人の目にも魔王軍の姿が映り始めた。


「聞き忘れてたが、イリス、回復魔法は使えるな?それも強力なやつ」

「ええ、もちろん。私は女神よ、使えるに決まっているでしょう。だけど魔力が回復すればね」

「なら問題ない。俺が攻撃を放ったのを確認したら、俺のもとに来い。いいな?」

「?わかったわ」


 なぜ回復魔法が使えるか聞かれたのか、疑問に思いつつも、イリスは指示に従った。


 ◇


「聞け、人間どもよ。我は貴様らが魔王と呼ぶ者。王都周辺は既に我が軍が包囲している。抵抗を止め、我らが軍門へ降れ」


 魔王の言葉が戦場に響き渡る。それと、同時にゼルフは行動を開始する。

 魔王にゼルフのしわざだと確信を持たせずに、魔王軍に致命的なダメージを与え撤退させる。そのためにゼルフがとった手段は、遠距離からの超高密度魔力による砲撃だった。


「これは、警告だ」


 ゼルフにとって誤算だったのは、魔王が降伏勧告の直後に攻撃を敢行してきたこと。はて?勧告とは何なのか?と思いつつ、慌てて防御術式を展開。

 魔王の攻撃が収まると、魔王の前方一帯が吹き飛ばされていた。そのせいでゼルフの位置からも魔王を視認することができるようになっていた。魔王に向け歩きながら、ゼルフはつぶやく。


「おー、あれが魔王か」


 見た目は人間に近いが、本質的には全くの別物。発する魔力も、周りの有象無象とは桁違いだった。


「はぁ~~、めんどくさいなぁ…。でもまあ、こんなことになったのは間接的は俺のせいみたいだからな…。

 追い返すぐらいはやってやるか」


 なぜ結界を壊してしまったんだろうと自責の念に捕らわれるも、後悔しても遅いと、活を入れなおす。

 そこに、ゼルフへの言葉が響く。


「おい!お前、この状況が自分のせいとはいったいどういう意味だ!」


 しかし、魔王を見据え集中を始めていたゼルフは、人がいるということは気付いたものの、言葉の中身までは聞いていなかった。


「ん?…あんた、さっきの攻撃を生き残ったのか。運がよかったね。

 しかし、現地人に姿を見られてしまったのは……。まあ君が誰にも言わなければ、問題にはならないか。ということで君、俺はここにいたことは誰にも言わないでね?約束だよ?」

「私の話を聞け!私は、この状況になったのがお前のせいだというのは、どういう意味なのか…」

「あー、それか。話すと長くなるんだよね。魔王ももう待ってくれなそうだしさ、あっちを先に片付けてきてもいいかな?いいよね?うん、いいね」


 ゼルフは、魔王が再度魔力を高め始めたのに気づき会話を切り上げ、砲撃の準備を開始する。


「もしもし?こちらゼルフ。1番のやつお願い」


 楠神くすかみに通信で武装の転送を要請する。


『了解しました。能力拡張武装001転送します。右手前方70㎝の位置に転送します』


 ゼルフの前に転移時の光が発生する。


『転送完了まで3、2、1。転送完了しました』


 ゼルフは転送完了の合図とともに、送られてきた自分専用の武装を右手でつかみ取る。


「転送完了を確認。いつもありがとね~」

『いえ、仕事ですので。それではこれより通信を切断します。通信再開は300秒後です。ご武運を』


 通信を切断するのはゼルフの能力を記録に残さないため。


「照準良しっと」


 その能力は―


「―—仮想神性展開。——魔力炉心起動」


 無から魔力を生み出す能力。通常、大気に存在するものを取り込み、使用する魔力。それを自分で生み出し、使う。これがゼルフがある女神から名前と共に授かった能力だった。


「——我が名は女神ゼルフ。この名をもって我が権能を開放する!」


 この一節の詠唱をもって、ゼルフの持つ借り物の魔力炉心は完全な稼働を開始する。


「——魔力生成率100ギガWを維持。魔力装填開始」


 ゼルフからあふれ出す魔力は、右手の武装へと吸収される。


「魔力装填規定値を突破。照準補助解除、続けて自動照準セット」


 この武装の反動に、ゼルフの肉体は耐えきれない。そのために開発されたのが自動照準機能。自立して空中へと浮かび上がり、反動を受け流す。


『自動照準完了』


 これで発射までの全行程、完了クリア。そして――


「——発射!!」


 すべてを薙ぎ払う一撃が放たれた。

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